幸せを噛みしめる
「疲れてないか?」
気遣うファビアーノに、アイリは笑って首を振った。確かに疲れる事もあるが、それは心地よい疲れであった。そして、マティアスとエヴェリーナの笑顔を見れば、疲れなど吹き飛んでしまうのだ。
ただ静かに暮らす事を望んでいた、輿入れ当初の自分とは大違いだ、とアイリは少し笑う。もうエヴァルドの事で悩むことは無くなり、前向きに考えられるようになってきた。
相変わらず時々手紙のやり取りをしているが、書く事と言えば子供たちの事ばかり。幸せそうで何よりです、というエヴァルドからの返事を読んだ時、ああそうか、と納得したのを覚えている。自分は今、幸せを感じているのだと。
「以前よりも忙しいですけれど、毎日楽しいですわ」
「それならいいが。無理はするなよ」
「はい。ありがとうございます」
その言葉に頷いて、開け放たれた扉の向こうから聞こえてくる笑い声に耳を澄ませる。楽しそうな笑い声は、毎日聞いても飽きる事は無い。
マリッカもこうして過ごしていたのだろうか、と思うと胸が痛んだ。あの儚い笑顔で、最後まで子供たちを気にかけていた。だからこそ、マリッカの想いを無駄にしてはいけない、と墓前に花を捧げて誓ったのだ。
自分は母親にはなれないが、せめて、姉のようでありたいと願っている。一緒に学んで、一緒に成長していけるような。そんな家族になりたいと。
「あの子達はよい子です。マティアス殿下は幼いながら気遣いの出来る子ですし、エヴェリーナ殿下は笑った時のえくぼが愛らしく、お二人とも将来が楽しみですわね」
「その為には、俺たちもお互いに頑張る必要があるな」
「本当に。責任重大ですわ」
「そうだな」
ふ、と口許に笑みを浮かべたファビアーノを見つめ、アイリは今の素直な気持ちを口にした。
「陛下。私を養育係にしてくれたこと、感謝しております。今の私は、とても幸せ者ですわ」
「アイリ……」
感慨深げに囁き、ファビアーノはそっとアイリの頬に触れると、静かに唇を重ねた。離れた時、アイリは照れ臭そうにはにかんだ。
しかし、ファビアーノは何故かわずかに顔を歪めて立ち上がる。手が離れた事に、アイリは物足りない思いがしていた。同時に、そんなことを思った自分に苦笑を零す。
「……陛下。お戻りですか?」
「明日は、皆で湖に行こう。準備しておいてくれ」
そう告げると、ファビアーノはまるで逃げるように部屋を出て行った。
戸惑いながらそれを見送り、一人取り残されたアイリは、物憂げなため息を吐いたのだった。