いつか見た夢
カタ、と微かな音がして、マリッカは目を開けた。
目を動かして、自分が居間のソファに横になった事を思い出す。どうやらそのまま、うたた寝をしてしまったようだ。
ゆっくりと身を起こして、見えた後ろ姿に首を傾げる。侍女たちはどこにもおらず、自らお茶を入れようとしているその姿。普通ならありえないので、夢かと思ったほどだ。
「……陛下?」
不思議そうに呼びかけると、振り返ったファビアーノが苦笑を浮かべた。お茶を入れるのを中断して、マリッカの元へやって来る。
一人掛けの椅子を引き寄せて、側に腰を下ろした。
「すまない。起こしてしまったな。気分はどうだ?」
「今日はだいぶいいようにあります。お気遣い、ありがとうございます」
アイリからの勧めもあって、病の事は既に伝えてあった。その日からこうして、よくお見舞いに来てくれるのだ。
それが嬉しいといえば嬉しいのだが、マリッカには別の考えがある。そしてそれをマリッカは、最後の自分の仕事だと思っていた。
「けれど陛下はお忙しいのですから、そう何度も来られなくても」
「俺がそんなに薄情に見えるのか?」
「いいえ。ただ、そうしょっちゅう来られては、アイリ様が寂しいでしょう」
はっきりと名前を出せば、ファビアーノは曖昧に笑う。
アイリの元に行っていない事など、アイリ本人から聞いているのだ。マリッカは、夫に対しても容赦なく言った。
「陛下。今すぐ、アイリ様の元へ行ってくださいませ。あの方もいつまでも待っている訳ではありませんわ」
それはマリッカが、自身で思っていたことだ。子供達に会いに来る事はあっても、自分を求められる事はない。それもあって、いつからか待つのは止めよう、と思ったのだ。
ファビアーノは苦虫を噛み潰したかのような顔で、口を開く。
「前から聞こうと思っていたのだが、いつの間に二人は仲良くなった?」
「それは内緒ですわ」
「何か入れ知恵をしたのではないか?」
「それも内緒ですわ」
ふふ、と笑うマリッカに苦笑して、ファビアーノは立ち上がる。
「仕方がないから行ってくる」
そんな事を言って本当は行きたかったのだ、とマリッカは当たりをつけた。実際、きっかけが出来て嬉しそうな様子を隠せていない。
その様子を前に、自分の病を理由に引き留める程、マリッカもひねくれてはいない。
これがオネルヴァなら引き留めただろうけれど、アイリにそんな真似は出来ないのだ。そう思えるほどに、マリッカはアイリが好きになっていた。
叶うならもう少し、話をしてみたかった、と思えるほどに。
「アイリ様を泣かせたら、承知しませんからね」
そんな言葉を言えるのも、アイリだからだった。