分からないことがたくさん
「オネルヴァは危険です。何を考えているのかが、いつもよく分からないのです。お茶に呼んでいたのは、何も仲良くしようと思ったからではなく、少しでも探りたかったからなのですが。お父様から聞いたところによると、ヴェシサーリ侯爵は相当無理やり輿入れさせたそうですし。だからこそ、王子や王女を預けるなら、素直なあなたがいいと思ったのですよ」
マリッカはそう言って、優しく微笑んだ。初めて見るその笑顔に、アイリは少し驚いた。気の強そうな印象しかなかったのだから、当然だ。
きっと、厳しいが優しい母親なのだろうと思った。王子と王女の姿を、アイリは何度かしか見かけたことはないが、二人ともいつも楽しそうに笑っていた。
「それは光栄ですわ。身命を賭して、お守りいたします」
生真面目な返事がおかしかったのか、マリッカは声をあげて笑う。思わず、アイリが目を丸くしてしまうほど。
「あなた、お人好しって言われない?」
笑いながら砕けた口調で言われ、全部嘘だったのか、と愕然とする。しかし、そうでは無い事はそのすぐ後に分かった。くすくすと笑っていたマリッカが次第に、苦しそうな息をし出したからだ。
アイリはすぐさま椅子を下りると、マリッカの側に寄って背中を擦る。マリッカは口元を歪めて、ため息のように小さな笑みを溢した。アイリのような友人がずっと前からいてくれたらよかったのに、とふと思う。
王妃となる為に育てられたマリッカには、友人と呼べる人がいない。むしろ、自分で遠ざけていたから、同年代の女の子たちには嫌われていたことを知っている。自分は王妃になるのだから、と常に自分を律して来た。
そんな強がりも、ファビアーノには見抜かれてしまったけれど。王太子時代に結婚してから今に至るまで、そんなファビアーノの側に居られて、二人の子供も儲けて、幸せだったとマリッカは自信をもって言える。
「優しいのね……。陛下以来に久しぶりに、そんな人に会ったわ。優しいあなただから陛下も、あなたの元へ毎日通うのね」
マリッカの背中をさすりながら、アイリは首を傾げた。
「陛下はここ最近ずっと来ておりませんわ」
刺々しい口調になったのは、ファビアーノに苛立っているからか、マリッカの言葉に苛立ったのか、アイリには分からなかった。
少し楽になったのか、マリッカはもう大丈夫よ、と顔を上げた。アイリも椅子に戻ったが、いつでも動けるようにしておく。その優しさにまた、マリッカが笑みを浮かべた。