思いやる心
「マリッカ様!?」
真っ先に駆け寄ったのはアイリだった。侍女たちは真っ青な顔で立ち尽くし、オネルヴァは椅子から立ち上がりはしたものの、動く気配はない。アイリは躊躇う事なく床にしゃがみ込み、マリッカの顔を覗き込む。
「大丈夫ですか、マリッカ様。顔色が悪いですわ」
アイリはマリッカに声をかけながらその背中をさすり、侍女たちを振り返った。
「何をしているの!早く医者を呼んで来なさい!それから陛下に……」
しかしその言葉は、マリッカが強く腕を掴んだ事で遮られた。苦しそうな息の中で顔を上げ、アイリを見つめる。青白い顔をしながらも、その瞳の強さは健在だった。
「いいえ、なりません……」
「ですが」
「いつもの事です。すぐに治まります」
それが事実か確かめようと、咄嗟に近くに居たオネルヴァを見上げたアイリは、ぞくりとした。マリッカを見下ろすオネルヴァの瞳は、氷のようだった。まるで何の感情も無いかのような、冥い瞳をしている。
オネルヴァはアイリに見られているのに気が付くと、にこりと笑った。それがさらに恐ろしくて、何も言えなくなる。
しばらく互いを見つめていた二人だったが、マリッカに呼びかけられて、揃ってマリッカに顔を向けた。マリッカは侍女に支えられてゆっくりと椅子に腰かけ直し、安心させるようにか微笑みを浮かべる。
その笑みは引きつっていたけれど、本人はおそらく気が付いていない。
「もう大丈夫です。見苦しい所を見せましたね。これでお茶会はお開きにしましょう。二人とも、自分の宮へお戻りなさい」
その言葉にオネルヴァは頭を下げると、さっさと部屋を出て行った。マリッカを気遣うそぶりも見せない事を、アイリは不思議に思う。先ほどの瞳を見れば、マリッカを快く思っていないのは、これではっきりしたわけだが。もはや、隠す気も無くなったのだろうか。
と、そんな事を考えている場合ではない、とアイリはマリッカの顔を見つめる。確かに呼吸は落ち着いているようだが、顔は青白くいつもの覇気が足りない。侍女の一人が慌ただしく水と薬を運んできて、震える手でマリッカが受け取っている。
「……本当に、大丈夫ですか?陛下が駄目でも、知り合いのお医者様に見てもらった方が。王子や王女も、お母上が苦しんでいると聞けば、きっとそうして欲しいと言うと思うのですが」
マリッカは少し目を丸くしたが、次の瞬間にはいつもの顔で、まるで犬を追い払うようにアイリの退室を促したのだった。