願わくは
ファビアーノは、そんなラウロの秘め事に気が付く事も無く、黙って頷く。
そもそもエヴァルドがいかに抗議しようと、アイリは既に王妃なのだから。自分がいつまでも悩んでも仕方がない、と思い直した。悩んだところで、堂々巡りになるのは目に見えている。
さらに、ファビアーノにとって重要なのはアイリの気持ちであるから、エヴァルドには悪いが、それはひとまず横に置いておくことにした。過去の二人がどのようにして過ごしていたのか気になる所ではあるが、大事なのはこれからの事である。
一緒に過ごしている時、アイリはよく笑ってよく喋る。先ほどのように喋りすぎて恥ずかしそうにする仕草も、可愛らしいと思う。素直で優しく、細やかな気遣いの出来るアイリを、好ましく思う。
髪色だけで選んだにしても、彼女の事をもっとよく知りたいと思っている。だからこそ、今アイリの心が誰に向いているのか知るのが怖くて、躊躇ってしまうのだけれど。先ほどのように、目に見えて緊張されるとなおさらに。
これでは王と言うより、ただの一人の男だな、とファビアーノは苦笑した。
「とにかく、まだ早い気がする。もう少しゆっくりと時間をかけて、アイリが落ち着くまでは今のままがいいだろう。焦る事は無い」
「逃げてばかりいては、誰かに取られてしまいますよ」
「は?」
「昔、不貞を働いて離宮に閉じ込められた王妃がいたでしょう」
意味ありげに笑うラウロを、ファビアーノは睨みつけた。エヴァルドとアイリはそんな事はしない。二人を知っていれば、間違いなくそう思える。だからと言って、言われて気持ちの良いものでもないが。
「あんまりな事を言うと、いくらお前でも許さんぞ」
ファビアーノがいつになく低い声で言ったにも拘らず、言われた張本人はひょうひょうとしている。ラウロにとって恐ろしいものなど、この世には存在しないかのようだ。空から槍が降ろうが、今のように涼しい顔をしているのかもしれない。
貴族たちの間でそんな話が持ち上がれば、氷のように冷たい視線で黙らせるくせに、自分で言うのは構わないらしい。焚きつけるためとはいえ、ラウロの発言は不敬罪に問われてもおかしくはなかったのだが。
それでも口にしたのは、情けない主の姿を見ていられなかったからだろう。手紙の事を黙認している時点でラウロも、エヴァルドとアイリを疑ってはいないのだから。
「これくらい言わねば、あなたは動きそうにありませんのでね」
笑って言われたファビアーノは、深いため息を吐くしかなかった。