弟という存在
エヴァルドは前第二王妃の子で、ファビアーノとは五つの年の差がある。他に今は嫁いでいる妹姫もいたが、この二人は一番仲が良かった。
ファビアーノはいつも後をついてくる弟を可愛がっていたし、エヴァルドもそんな兄を追いかけながら成長した。お互い長じてからはあまり会う事が少なくなってしまっていたが、将来について語り合ったこともある。
見た目は穏やかで優しい男だが、自分の意見はきちんと言う。そこが、ファビアーノも気に入っているところだ。
しかし、アイリを召し出そうと思うと告げた時、てっきり反対するものとばかり思っていたのに、エヴァルドはそうしなかった。ただいつもの静かな顔で、そうですか、と言っただけだった。
もしもあの時、エヴァルドが反対していれば、ファビアーノは止めてもいい、とさえ思っていたのに。そうすれば今頃、王族は結婚したら王宮から離れて暮らす、という慣習の元、アイリはエヴァルドと結婚して遠くに行っていただろう。
今そう思うと悔しい気もするが、あの時、アイリの人柄を知らないままであれば、そう思うことすらないはずだ。
現実的には、そんなことを考える必要もなく、アイリは王宮へやってきたけれど。毅然とした瞳の奥に、僅かな愁いを宿して。
披露目の舞踏会でも、エヴァルドの様子は普通に見えた。祝いの言葉を言いに来てくれた時も、よく見る微笑みを浮かべていたのだ。だが、心の底から喜んでいるのかどうかが、ファビアーノには今もわからない。怖くて直接聞くことができない自分に、苦笑もしてしまう。
「……最近のエヴァルドの様子はどうだ?」
「自分でお聞きに、……は、ならないですよね、はい」
言葉の途中で睨まれ、ラウロは思い切りため息をつく。仕事は完璧なまでにきっちりとする王なのに、そういったことはまだまだ若いのだな、と、大して年も変わらないくせにラウロは思う。
「毎日普通に仕事をしていらっしゃいますよ。悲観しているようにも見えませんし、取り立てて言うべきことはありませんね」
王と貴族間の調整役であるエヴァルドは、ラウロと接する機会も多い。だからファビアーノも聞いてきたのだろうが、本当に何も言うことは無かった。
ただし、エヴァルドとアイリが手紙のやり取りをしていることは、黙っておくことにする。念のため中身を見分しているラウロには、これくらいは目を瞑っておこう、と思えるようなものだからだ。
天気の話や日常のことを綴った、何の変哲もない手紙。それに最近は、ファビアーノの話題が増え始めている。いつか折を見て話そうとは思っているし、ファビアーノも怒ったりはしないだろうと思って。
それがまさか、あの夫婦喧嘩に繋がろうとは。この時のラウロは、夢にも思っていなかった。後になって、自分にも若くて甘いところがあったのだな、としみじみと思い返すようになる。