好きになること
「でもね、陛下と過ごす時間も楽しいの。陛下が来てくれることが嬉しい。お茶の時間に陛下が来るかどうか、いつもそわそわしてしまうくらいにはね。この間初めて外出した時も、久しぶりにたくさん笑った気がするわ。でもだからこそ、ふと考えてしまうのよ。エヴァルド様の事を」
それを聞いて、ヴィルヘルムは合点がいったように頷いた。たとえ自らの意思で王妃になったわけでなくとも、罪悪感があるのだろう。ヴィルヘルムとしても、庁舎でエヴァルドに出会うと少し気まずい気がするのも事実だった。
「つまり、エヴァルド様に薄情な女だと思われたくないのですね」
核心をついた言葉に、アイリはゆっくりと頷く。最初の日にミーナにも言ったが、そう思われたかどうかが、ずっと心にかかっているのだ。王の訪いを楽しみにしている自分に気が付く度、後ろめたさのようなものが頭をもたげ、ついどこかで一線を引いてしまう。
アイリのそんな心境を見透かしたようにヴィルヘルムは小さく息を吐き、まるで幼い子供を諭すような口調で言った。
「いいですか、姉上。あなたは王妃です。三番目はおまけのようなものだから大した役割は無いと人が言おうと、れっきとした王の妻です。王を好きになる事に、誰が反対しましょうか」
「でも」
「でもじゃありません」
ぴしゃりと言われ、アイリは首を竦める。これではどちらが年上か分からない。
「冷たい事ですが、エヴァルド様にどう思われようと関係はありません。両方にいい顔をするなど、不可能です。エヴァルド様に嫌われる勇気をお持ちください。姉上は遠からず、王を好きになるでしょう」
その自覚は、アイリにもある。それをまだ駄目だと押さえつけているのは、アイリ自身だ。このまま、友人同士のような夫婦でいたいと。エヴァルドを裏切ったと、思われたくないから。
それが勝手な願いだという事は解っている。それでもアイリの心にはまだ、エヴァルドが住んでいるのだ。ただ、王よりも一緒に過ごした時間が長いからというだけかもしれなくても。未だエヴァルドの方が、存在は大きかった。
しばらく真面目な顔でアイリを見ていたヴィルヘルムだったが、突然微笑みを浮かべる。
「生意気な事を言いました。お茶のおかわりをいただいてもよろしいですか?」
その変わりように、アイリもつられて笑みを浮かべる。いつまでも深刻な雰囲気を引きずらない切り替えの早さが、ヴィルヘルムの良い所かもしれない、と思いながら。