友人のような人
「うちの子たちを誑かしたわね、ヴィルヘルム」
ここで言ったうちの子たちとは、珊瑚の宮の侍女たちの事である。彼女たちは全員侯爵家に元々仕えていた者たちの為、ヴィルヘルムとも当然顔見知りであった。
年若いものから年配の者まで、おおよそヴィルヘルムに甘い。それはヴィルヘルムが、貴族にしては珍しいほど気さくな性格をしているからかもしれないが。アイリが背後に控える侍女たちに目を向けると、さっと逸らされた。
それを見たヴィルヘルムが、思わずと言った風に笑い声を零す。
「あはは。嫌ですね姉上。誑かしたなんてまさか。少し聞いたら教えてくれましたよ」
にこりと笑うヴィルヘルムに、アイリは思わず深いため息を吐いていた。ヴィルヘルムが少し聞けば、それ以上の答えが返って来るだろう。その自覚があってしていたら、恐ろしい事だ。
ヴィルヘルムを前に、秘密など無いようなもの。喋った侍女たちも悪いが、それを咎めようとは思えなかった。主人として本来は咎めなければならないのだろうが、ヴィルヘルムになら仕方ない、とアイリも思ってしまうからだ。
そんなアイリの思いを知ってか知らずか、ヴィルヘルムは口を開く。
「姉上。僕は心配しているのですよ。あなたはまだ、エヴァルド様の事を想っているのではないかと。いえ、そうなのでしょう?」
「それは……、分からないわ」
確信を持って問いかけてくるヴィルヘルムに、アイリはそう答えた。そんな答えが返って来るとは思っていなかったのか、ヴィルヘルムは虚を衝かれたような顔をしている。懐かしい弟のその表情に、アイリは気が抜けたような顔でふにゃっと笑った。
以前のアイリにとってエヴァルドは婚約者で、結婚後の生活について話した事もある。けれどそれは、実感のない夢物語のようなものだったのではないか。彼と結婚するという自覚があったのか、今となっては怪しい。一人きりで過ごす静かな夜に、そればかりを考えている。
「本当に分からないのよ。エヴァルド様は好きよ。今でもあの頃を思い出す事もある。でも、私が彼を好きなのは、人としてなんじゃないかしら。そればかりを考えていると、だんだんとそう思うようになったわ。手紙は嬉しいし、会えたらいいなとも思うけれど……」
「待ってください。エヴァルド様と手紙を交わしているのですか?」
「些細な事よ。日常の話。それくらいなら許されるでしょう?」
それに関してさすがに何も言えなかったヴィルヘルムは、黙って続きを促す事にした。