誕生日の客人
それから数日後。アイリは十九歳の誕生日を迎えた。
王妃への贈り物は家族であろうと禁じられているため、届けられたのは手紙だけ。それでも、家族や友人からの真心のこもった手紙は、アイリの心を慰めてくれた。大事なのは物ではなく心なのだと、改めて感じたアイリである。
そんな中誕生日のお祝いと称して、珊瑚の宮を弟のヴィルヘルムが訪れていた。もちろんファビアーノの許可は取得済みである。でなければ、たとえ弟といえども王妃の暮らす珊瑚の宮へは入れない。
ヴィルヘルムは、アイリと違って父の血が強いのか、淡い栗色のふわふわした髪をしている。幼顔ながら背は高く、いつも口元に微笑を湛えていて、令嬢たちから熱い視線を浴びていた事を、アイリはよく知っていた。アイリの二つ下の十七歳。その見た目に違わず、物腰柔らかな青年である。
二人は、アイリが居間として使っている部屋で、向かい合って腰を下ろす。テーブルの上には紅茶と、フルーツケーキにパイ、スコーンとクッキーが並べられていた。いつもより豪華なお茶の席は、誕生日と初めてのお客様を迎えるという事で、侍女たちが張り切ったらしい。
紅茶を飲んで一息ついた所で、アイリが口を開く。
「お祝いをありがとう、ヴィル。とてもうれしいわ。みんなは元気?」
「ええ、元気ですよ。でも、姉上がいなくて寂しい限りです。兄上などはせいせいする、などとおっしゃっていますが。あれで寂しがり屋さんですからね。きっと陰で泣いていますよ」
「あら。お兄様をそんな風に言ってはいけないわ」
そう言いつつも、アイリは笑っていた。兄が二人に甘いのをいいことに、からかって遊んでいた事を思い出す。ヴィルヘルムも笑みを返しながら、続けて口を開いた。
「姉上も元気そうで安心いたしました。後宮で姉上はやっていけるか心配していましたが、杞憂だったようですね」
にこりと、人好きのする笑顔で言ったヴィルヘルムに、アイリは肩を竦めてみせる。それに関しては、アイリにはどうしようもなかった事だ。やっていけるかではなく、やっていかなければならないのだ。
これから先もずっと。
それが、王妃に選ばれた者の運命なのだから。悲観するばかりでは前に進めない。王妃となった以上、弱音を吐くのは止めにする。アイリは密かにそう誓って、王妃としての務めを果たす事を受け入れた。
未だ、過去を懐かしんでしまったり、言い知れぬ不安に襲われたりして、涙を流してしまう事もあるけれど。