表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/103

微かな灯火

二人の間に、沈黙が落ちる。二人の間では初めての、重苦しい沈黙。


王宮は、舞踏会や儀式などがない限り、本当に限られた人物しかいない。庁舎と玻璃の宮を行き来する文官や侍女たちを除けば、王や、王の家族たちである。


だから、こうして言葉を交わす事は、不自然ではない。そう考え直し、アイリは口を開いた。もう少しだけ、エヴァルドと話をしたかったのだ。それはかつての婚約者に助けを求めるためではなく、ただ、懐かしさから。


「初めて会った時の事を、覚えていますか?」


唐突な問いかけに、エヴァルドは目を見張ったものの、すぐに柔らかい笑みを浮かべる。ファビアーノと同じ深い緑色の瞳が、懐かしむように細められた。


「もちろん覚えているよ。私が訪れた時、君は馬に乗っていたね。とても楽しそうで、すぐに筆を取りたくなってしまった」


エヴァルドは、趣味で絵をよく描く。だからこその表現に、アイリは微笑んだ。しかし次の瞬間には、その微笑みは翳る。


絵を描いてくれるという約束を、思い出してしまったからだ。エヴァルドもそれに気がついたであろうが、なにも言わない。


兄の、王の妻に、どうして言えるだろうか。言ってはいけない事を言ってしまうほど、エヴァルドは愚かでは無い。エヴァルドに許されるものは、アイリの幸せを願う事のみ。


「……そろそろ行かなくては」

「手紙を書いてもよいですか? 友人として」


その提案に少し迷っていた様子だったが、エヴァルドは頷いて去っていった。心優しいエヴァルドの事だ。それが気休めになるのなら、と考えたのだろう。


アイリも背を向けて、珊瑚の宮へ戻っていく。その顔はどこか晴れやかで、浮かんだ微笑は清々しい。これからも思い悩むことはあっても、塞ぎこむことは無いだろうと思われた。


その日から交わす手紙は、本当に細やかな日常を記した手紙だ。天気の話や、侍女から聞いた楽しい話。ここ最近では、ファビアーノの話題も。アイリにとっては、大切な手紙となっているが。


ああ言ったのはただ、何か拠り所が欲しかったから。王宮で心細く感じた時に、友人がいてくれたら、どれだけ心強いか。ただそれだけの理由。他意などある筈もない。


アイリにとって、エヴァルドは友人だ。婚約していた間もそうであった事に、手紙を交わしながらようやく気が付いた。それでもまだ、踏み出す勇気が無い。それは、ファビアーノに内緒で元婚約者と手紙を交わしているという、罪悪感からか。


それでも断ち切れないのが自分の弱さなのだと、アイリはよく理解していた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ