不意の再会
アイリが一人きりで、庭園を歩いていた時の事。後宮内であれば、侍女を連れていなくても不思議はない。ミーナを始めとする侍女たちは一緒に来る様子を見せていたけれど、アイリがやんわりと断ったのである。
その時アイリは、珊瑚の宮から玻璃の宮の方へゆっくりと歩いていた。庭園には色取り取りの花々が咲き誇り、よい香りを漂わせている。その花たちの間を、甘い蜜を求めて蜂や蝶が踊るように飛んでいた。
アイリが庭園を見ようと思い立った訳は、それほど広いというわけではない場所を、いかにして美しく整えるか。珊瑚の宮の中庭に植える花を考えるため、それをしっかり見ておこう、と思ったためだった。
自らの宮を美しく整えるのは、そこに住まう王妃の仕事。国王が訪れた際に、少しでも安らいで貰うため。歴代の王妃たちは皆それぞれに、心を砕いてきたのだ。庭を自ら作るのは初めてのため、アイリは手探りの状態である。
それでも、何かに集中できるのはいい事だと思ったのだ。これは王の為では無く、自分の為である。それはもしかしたら間違っているかもしれなくても。その頃のアイリにとっては、それが最も安心を得られることだったから。
そうして、長方形をした庭園をぐるりと巡る、その途中。瑪瑙の宮の端に辿り着いたところで、ちょうど出てきたエヴァルドに出くわした。庁舎へ行くところだったのだろうか、その手にはいくつかの書類を持っている。
「アイリ……」
思わず呟いてしまったのだろう。ハッとして、エヴァルドはすぐに頭を下げた。王妃へ臣下が捧げる、最敬礼のそれがアイリを寂しい気持ちにさせる。無邪気だった時は、遥か彼方に堕ちて消えた。
「申し訳ありません。王妃様」
続いたその言葉に、アイリはきゅっと唇を引き結ぶ。好きでなった訳じゃない、と言いたくなるのを、ぐっと堪えた。
ここは王宮。滅多なことは言えない。それでも。
「……アイリで構いませんわ」
義弟とはいえ家族同然。それくらいは許されるだろう、と思っての発言だったが、エヴァルドは困ったように笑うだけだった。その顔が、アイリは好きだった。困ったように笑った後は決まって、しょうがないね、と照れ臭そうに笑ってくれるのだ。
だが、今日は見られないことくらい、アイリにも、エヴァルドにも分かっている。もはやあの日々は戻らず、二度と取り戻す事は出来ない。アイリが何とか前向きになろうとしてるのと同じように、エヴァルドもまた振り返らないと決めていた。