穏やかな時を
ゆったりと会話をしながら歩みを進めていた二人に、やがてファビアーノの従者と侍女たちが追い付いた。青く輝く湖のほとりで、侍女たちが昼食の用意を整え、二人は並んで座る。敷かれた柔らかい布の上で、このままお昼寝をしてもいいくらいだわ、とアイリはこっそり考えた。
用意された昼食は何種類かのサンドウィッチと、アイリの好きなアップルパイ、小さなエッグタルト、そしてファビアーノが好んで食べるオレンジなどの果物類。本当に好物だというアイリと違って、ファビアーノのそれは単に、手早く食べられるから、という理由ではあるが。
従者と侍女たちは少し離れた別の木陰に座り、楽しそうにお喋りをしている。この場にいる誰もが、久しぶりの外出を大いに楽しんでいた。職務だからという以上に、常日頃お世話になっている侍女たちの笑顔が、アイリの頬も自然と綻ばせる。
こうして二人が一緒に外で過ごすのは初めてで、普段は珊瑚の宮に訪れるファビアーノと他愛もない会話をすることが多い。小さい頃の事、好きな事、嫌いな事。そんなありふれた話題から、二人の交流は始まった。
すでに輿入れして一ヶ月。ファビアーノは、週に一度は必ず姿を見せる。そうやって過ごすうちに、少しずつであるが、ファビアーノが優しい人であるという事を、アイリは理解し始めていた。
最初の夜以来、瑪瑙の宮への夜のお召しはないが、その方がいいとさえ思っているアイリにはありがたいことである。そんな事を考えているなんて事は、ミーナにさえ内緒にしていたけれど。
第一印象と違い、ファビアーノは優しく気遣いの出来る人だ。一緒にいるのも楽しくて、嫌ではない。今も特に会話はないが、沈黙が苦にならない。目が合うと柔らかくなる瞳は、アイリにとって好ましく映る。
それでもまだアイリは、エヴァルドのようには想えないでいるのだ。ファビアーノを知ろうとする度、エヴァルドと比べてしまうせいで自己嫌悪に陥ってしまう。気がつかれないように努めているが、それもいつまで保つか。
そんな事もあり、実家の方から届く手紙の返事は、いつも当たり障りの無いものを心掛けている。父からのいかに王の心を掴むかが重要だ、とばかり書かれている手紙には、正直もううんざりしていた。母や兄弟からの労りの手紙より、後回しにするのも仕方がない。
こっそりため息を吐きながらアイリは湖を眺めるふりをして、数日前の出来事を思い返す。
期せずして、エヴァルドと再会した日の事を。