小鳥の囀り
ただオネルヴァの父、ヴェシサーリ侯爵には、それほどの余裕はない。三番目の王妃が決まってから、毎日のように手紙を届けさせている。
自分の意見が通らなければ癇癪を起こすオネルヴァの機嫌を損ねないよう、うまく遠回しに書かれてあるが、言ってしまえば、子供はまだか、という事だ。
ヴェシサーリ侯爵にとって大事なのは、オネルヴァが王の子を産むこと。その為に育てた娘である。むしろ、その為だけに育てた。国王にも半ば無理矢理、王妃として輿入れさせた。
多少甘やかしたと思ってはいるが、それは最早後の祭り。大事なのはこれから、いかに国王の心を掴むか。それを何度も何度も、侯爵は諭して来た。時には怪しげな薬を買い、国王に飲ませろと脅かしもした。
なのにオネルヴァと来たら、いつまで余裕があると思っているのか、何の問題もありませんわ、という返事しか寄越さない。父といえど後宮に足を踏み入れる事の出来ない侯爵は、その度に苛立ちを募らせる。
王妃となって三年。当然、その分歳を取るということを理解しているのか。王は自分より三つ年上のオネルヴァより、自分で選んだ年下の王妃を寵愛するのでは無いか、という懸念があるのだ。
それに、何かとアハティアラ家に対抗したいヴェシサーリ侯爵は、決して負けたくないと思っている為、焦っているのである。対抗したい理由は、ただ単に気に食わないから。しかし貴族社会では、それもよくある事。一族のため、国王の覚えがめでたいというのは重要だ。
だというのに、さらにそこに、ザヴィカンナス家が追加されようとしている。国王自身が召した以上文句も言えず、だからこそ腹立たしい。せっかく競争相手が一人減ったと思っていたのに、と侯爵は地団太を踏む勢いだ。
第一王妃マリッカはすでに一男一女をもうけているが、寵愛を得ればどうとでもなる。第三王妃は入ったばかりなのだから、まだ十分間に合う。だからその日も侯爵は、オネルヴァに同じような内容の手紙を送った。
しかしながらその手紙は読まれることなく、密かに葬り去られた。気を利かせた侍女の手によって。王妃宛ての手紙は全て文官が精査し、それぞれの宮へと届けられる。しかしまさか国王も、瑠璃の宮ではそれがすぐに塵と消え失せるなど、思っていないだろう。
これ以上、オネルヴァの平穏を妨げるものはいらない。それが、瑠璃の宮の侍女たちの総意だった。オネルヴァの機嫌をよくするために、囀り続ける。それが瑠璃の宮の侍女の、唯一の役目なのだから。