マリッカ・アハティアラ
「――お疲れではございませんか?」
心配そうな侍女の声に、マリッカは微笑みながら首を振った。それに合わせて、艶やかな黒髪が揺れる。その黒髪はマリッカの自慢であり、誇りでもあった。この国ではその烏羽色の髪こそ美しいと言われ、ファビアーノも褒めてくれたものだから。
だが、今後は違う髪色も人気が出るのではないだろうか、という予感がマリッカにはあった。王が新しい妻を髪の色で選んだという噂は、そのうちこの国の全体へと知れ渡るだろう。
アイリとオネルヴァは自分の宮へと戻り、マリッカも室内へと引き上げている。そして、先ほどの事を侍女たちと話していた時に、ふとそう思ったのだ。
「それにしても、第三王妃様はしっかりなさっていたと思わない? もっとおどおどしていたほうが、からかい甲斐もあったというものなのに」
いたずらめいたマリッカの言に、侍女の一人が微笑みを浮かべる。彼女は、侍女の中でも古参である。だから今、自分の主が何を考えているか、手に取るように分かった。
「お気に召したようですね、マリッカ様」
「ええ。オネルヴァよりはね」
にこりと笑って、マリッカは答える。初めてオネルヴァと相対した日を、マリッカはよく覚えている。お茶会に招かれたオネルヴァはしきりにマリッカを誉めそやし、自分なんて足元にも及ばない、と発言したのだ。
それが逆にマリッカの不信感を煽った。度々お茶会に招くのは、オネルヴァを気に入っているからではない。
「髪色で選んだ陛下も、それを幸運だったと思う日が来るかもしれないわね」
決してあの二人の前では言わないセリフを口にして、マリッカは微笑む。
「かあさま?」
と、可愛らしい声が聞こえ、マリッカは扉のほうを振り返った。扉の陰からひょこりと顔を出しているのは、カールした黒髪と大きな瞳が可愛らしい少女である。今年五歳になる第一王女のエヴェリーナだった。
マリッカは王妃の顔から一転して、母親の顔になる。
「どうしたの、エヴェリーナ。いらっしゃい」
「あのね、これ、かあさまに……」
そう言いながらはにかみ、差し出してきたのは一枚の画用紙。そこに描かれているものは、マリッカの絵だろう。最近のお気に入りの遊びだ。
「まあ。よく描けているわ」
「本当?」
「ええ」
「本当はね、お兄様と一緒に行こうって言われてたけど、早く見せたくて」
「そうなの。ありがとう」
マリッカがそう言いながら抱き上げると、嬉しそうな声を出して笑う。それとほぼ同時に、また一人扉の陰から姿を現す。