些細なお願い
「陛下?私、何かお気に障る事を言いましたか?」
言いながら次第に不安そうな顔になるアイリに、ファビアーノは慌てて首を振った。ただでさえ、初めての出産を控えて不安になっているのに、さらに不安にさせてどうする、と心中で自分を叱る。
「そうじゃない。不満もあれば言ってくれて構わない。ただ、一つ頼みがある」
「何でしょうか?」
「……俺の事も、名前で呼んでくれないか」
真剣な顔で、しかし少し躊躇うように言われ、アイリはキョトンとした。そして、確かに呼んだ事が無いと気が付いて、ふふ、と思わず声を出して笑った。
先ほど、自分だけ名前で呼ばれなかったから、拗ねているのか。六歳も年上なのに、子供みたいだ、とアイリは思った。もちろん、口に出しては言わないが。
「笑い事じゃない。これは極めて重要だ」
ファビアーノはそう言ったが、さらにアイリを笑わせる結果になっただけだった。アイリは泣き笑いを浮かべながら、言葉を続ける。
「そうですわね。確かに、重要ですわ」
そう言いながらも笑いが残っているアイリに、ファビアーノは目を細めた。
「まさか、知らないなんて言わないよな?」
「もちろん知っておりますとも」
頷いたアイリは何とか笑みを収めると涙を拭い、間近にあるファビアーノの顔を見上げた。
エヴァルドと同じ色の瞳。以前はそれに心を揺さぶられていたが、今は違う。これこそ自分の求めていた、愛しい瞳だ。