灰金色の娘
――レトニア王国。
ここは水と緑が豊かな、一年を通して穏やかな気候の国である。他国との交易も盛んであり、王都は日々多くの人で賑わっている。
そんな都から北に向かった閑静な街に、役人の勤める庁舎と王の宮殿はある。馬車で向かえば、都から三十分ほどで辿り着くだろうか。以前は荒れた道のせいでもう少しかかっていたが、現国王が街道を整備したおかげで、苦も無く行けるようになった。
そして。あるよく晴れた日のこと。
この国有数の貴族、ザヴィカンナス侯爵家の紋章が刻まれた豪奢な馬車を先頭に、何台かの馬車が街道を北進していく。その馬車の列の前後左右に騎馬がずらりと並ぶ様は華やかで、その様子を一目見ようと、街道には人が溢れていた。
あれは何、舞踏会があるの、と子供が聞くと、あれは王様の新しいお妃様のお輿入れの列だよ、と誰かが答える。
やがてその行列は、無事に宮殿へと入った。
豪奢な馬車から降りてきたのは、ふんわりとした青色のドレスを着た女性だった。すらりと背が高く、大きな淡青色の瞳は毅然と前を見据えている。そして何より目を引くのは、彼女の髪の色。
濃い栗毛や黒髪が多いこの国にあって、彼女は珍しい、青みがかった灰金髪をしていたのだ。たまに淡い髪色の者もいるが、彼女ほど珍しくもない。
彼女は、王宮へと続く階段を見上げて大きく息を吸うと、意を決したように一歩を踏み出した。スカートの裾を軽く持ち、一歩一歩慎重に。その後ろを、数人の侍女たちが続いて行く。
正面玄関にたどり着き、衛兵に侍女が名を告げると、両開きの大きな扉が開かれた。ここでも彼女はまた深呼吸をしてから、足を進めて行く。
エントランスホールを潜り抜ければ、大階段が目に飛び込んでくる。総大理石の美しいその階段上には、王家の紋章が刻まれたレリーフがあった。
王の侍従の案内で階段を上がってすぐにある扉を通って、廊下を歩く。その少し先に、植物の描かれた黄金色の扉が見えてくる。いよいよ、ここまで来たのね、と彼女は目を伏せた。
扉の前で王の侍従が来訪を告げると、内側から扉が開いて行く。彼女は促されるまま、その部屋に足を踏み入れた。
そこは、床一面に真紅の絨毯が敷かれた部屋だった。王が式典や謁見を行う部屋である。
彼女は目を伏せたまま、静かに足を進めた。美しい壁画も、天井から淡い光を投げ掛けるシャンデリアの明かりも、彼女の目には映っていない。ただただ、足を進めることに集中している。
そうしなければ、足が震えて、歩けなくなりそうだったからだ。