三度笠の旅人
俺は仕事を失った。
仕事をさぼった俺の後釜には違う誰かが据えられていた。
四角い顔をしたそいつがどこから現れたのかは知らない。しかしさも当たり前のように、そいつは俺と同じトラックを運転し、俺の使っていた袋と同じものを使い、俺の代わりのパンを配達していた。
村の人たちは善意の塊のような人たちで、突然消えた俺を責めたりはしないかった。しかしパン工場の爺さんも、助手の女の子も、俺にパンの配達を頼まなかったし、村人も俺からパンを受け取りたいとは思っていなかった。何しろ、もうすでにパンを配達する人間がいるのだ。俺がする必要はない。
パンを配達するのが、俺である必要はないと知ったとき、俺はこの村をあとにした。
トラックに乗って俺は進む。給油の必要もない、何で動いているのか分からないトラックだが、今の俺にはちょうど良かった。
そうして色んな所に行った。
寒い国に行った。そこには氷の女王様がいた。
砂漠にも行った。そこにはピラミッドがあった。
魔法の島なんてとこにも行って、そこには魔法の学校があった。
意外だったのはどこに行っても嫌われ者と人気者の二人が騒動を起こしていたということだ。嫌われ者はいつも楽し気でいつも最後には負けて、人気者はいつも勝っていた。俺はそんな彼らを少しだけ羨ましく思ったが、自分にはこんな仕事は出来そうにないと思い、いつも遠くから眺めていた。
長い間、放浪して様々な場所に行った。だがどこに行ってもひと月までと決めていた。どんなにいい所で、どんなに善良な人たちがいても、オルゴールのように繰り返す毎日を見続けるのは辛いものだった。それに何より仕事をしない俺には人の中に居場所なんてないのだ。
トラックで移動し、時おり街や村に入り、それを何度も繰り返した。徐々に山や野原で過ごす時間の方が長くなっていったが、それでも人里に降りてくるのを止めることが出来なかった。
その日も俺は火を焚き、トラックの前で野宿していた。別にトラックの中で寝てもいいのだが、外で寝ても問題はない。何しろこの世界には危険など何ひとつないのだ。だから俺は焚火を前にぼんやりと火を見つめる。赤い火が揺れる度に俺の影がゆらゆらと踊る。
何度目かのパチリという薪が爆ぜる音が聞こえたとき、その二人はやって来た。
おにぎりみたいな三角顔についた梅干しみたいな赤い団子鼻、その頭に三度笠を被った、特徴的な風貌の男だった。一度見たら忘れない。だから俺はこの男に見覚えがあった。それはかつて俺がいたパン工場のある村。そこに時おり現れていた旅人だった。
もうひとりは見覚えのない子どもだ。だが丸顔であることを除けば三度笠の男によく似た風貌をしていることから、彼の子どもなのだろうと推測できた。
「火を借りに来たつもりが見覚えのある人がいたもんだ」
「俺を覚えているんですか?」
「そりゃ、一度見たら忘れないさ」
「どういう意味ですか?」
男は視線だけで俺に許可を得てからどっかりと腰を下ろす。隣にいる子どもも同じように座るのだが、その直後、三度笠の男はとんでもない言葉を口にした。
「だって、あんた地球人だろ?」
「え!?……何で?」
「俺もそうだからな。お前さん、大方あの村での仕事が嫌になったんだろ」
「な、何で!?」
「俺もそうだからな」
三度笠の男は自嘲的に嗤った。
「俺の場合は薬屋だったよ。おかしいよな。誰も病気になんてならないのにな。まぁ、もったのは2年くらいだったな。しかしあれは驚くよな。ちょっとさぼったら知らない間に誰かが俺の代わりをしているんだ。そんで俺の居場所はなくなっちまった。それからは風来坊の根無し草よ」
呵々大笑と言った笑い方だった。
「それにしては楽しそうですね」
「ああ、楽しいね。アンタは楽しくなさそうだな」
「そうですね……楽しくはないです。アナタはどうして楽しいんですか?」
「そうさね。仕事をしてるからかね」
「仕事?……でも、さっき仕事は??」
「ああ、辞めたよ。薬屋の仕事はね。今は違う仕事をやってるんだ」
「違う仕事!? そんなのがあるんですか?」
「ああ、あるよ。旅人さ」
「旅人?」
そういえばこの男は以前から何度も旅人として村を訪れていた。前まではそういう仕事なのだと思っていたのだが、実は違うんだろうか。
「それは自分で旅人と言う仕事を選んだということですか?」
「いいや、違う。気づいたら旅人になっていたんだ」
「?」
意味が解らない。それは自分で旅人という仕事を選んだということではないのだろうか?
その答えを示すように三度笠の男は隣で寝息を立てる子どもを一瞥した。
「コイツ、何だと思う?」
「何って、アナタの子どもでしょう?」
「オレの子ども? ハハッ、馬鹿言っちゃいけねえ。アンタ、この世界で一度でも妊婦を見たことがあるかい? ないだろう。この世界じゃ子どもは勝手に発生するんだ。産まれたりはしない」
「発生する? じゃあ、この子は?」
「旅してたら知らない間にいたよ。俺はどうにもコイツの師匠らしい」
「師匠って何の?」
「知らないよ。だがそれが俺に与えられた新しい仕事らしい。とりあえず旅の仕方と、剣術まがいの技は教えてるがね。だからって別に神様とかに認められたから旅人をやってるんじゃないぜ。その逆だ。認めさせてやったのさ。今の俺の仕事は誰かに与えられたんじゃない。自分で勝ち取った仕事さ」
誇らしげに男は言う。
それで良いのかと思う反面、羨ましく思う自分がいる。形はどうあれ、この人は自分で自分の仕事を見つけたのだ。
「俺にも自分の仕事が見つかりますかね?」
「さぁね、あの村を出てからどれくらい経つんだい?」
「ええっと……よく分かりませんが1年とか2年じゃないと思います」
「なら、アンタの仕事は旅人じゃねぇな」
「アナタはどれくらいで旅人になったんですか?」
「さぁね、俺は最初から旅が好きだったからね。そういう意味じゃ最初から旅人さ。そもそもアンタ、別に旅が好きじゃないだろ」
確かにそうだ。
俺は長い間、放浪しているが、別に旅が好きだからやっているわけじゃない。
「まぁ、別に急がなくてもいいんじゃねぇの。仕事がしんどくてこの世界にやってきたんだろ。スローライフしようぜ」
「そ、そうですね」
「ああ、そうさ」
焚火に照らされ男は笑う。俺はまだこの余裕のある笑みを真似れそうにない。




