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亡国の宝珠  作者: まきや
4/6

4.



「ジャーゲルト、この子はもう駄目だわ」イブリースは弱々しく明滅する犲の、脇腹を撫でた。

「送ってあげていい?」

 精霊師がうなずくと、イブリースは自らの剣を抜き、精霊の脈打つ心臓に突き立てた。風にのって遠吠えが聞こえ、しもべは異界の彼方へ逝った。

 いままで精霊の体が灯していた通路は、途端に暗黒に包まれた。

「待っていろ。いまを明かり灯す」

 精霊師が指で小さな蛍光色の陣を描くと、中心から淡く光る蝶が二匹、舞い出てきた。汚泥の中に伸びる狭い古代の通路が、再び浮かび上がる。

「こんな蝶を出すだけでも、息が乱れている。この空間の重圧のせいだ」

 ジャーゲルトは息を整える為に、慎重に呼吸する。先ほどの雷竜にやられた胸の傷がうずいた。

「お互いにもうボロボロね。子供の頃、訓練のせいで毎日の終わりには、こんな風になってたっけ」

 そしてジャーゲルトに癒やしてもらったわ――そう続けようとしたが、イブリースは咳き込んでしまい、話は中断された。血の味が彼女の口の中に広がった。

「あまり喋るな、力を消耗するぞ」

 歩き出したジャーゲルトの態度は冷たかったが、歩みの速度はイブリースに合わせていた。

「ねえ兄。私たち、どうせ拾われた命だけれど、宝珠を持ち帰ったらどうなるのかな。蛮国からヒムレンを護った栄誉なんていらない…でも少しぐらい何かもらってもいいよね」

 イブリースは微笑んだ。


「静かに…イブリース、何かの気配を感じる」

 ジャーゲルトの言葉に体は反応したが、女戦士は話し続けていた。

「私は家が欲しいの。ジャーゲルト兄と私の住む家よ。小さくてもいいから」


 暗闇が波うち、蝶の作った光を飲み込んでいく。闇は通路をふさぐ幕のように広がり、そこに一対の巨大な目が現れた。開いた瞳が二人を見つめた。

 ジャーゲルトはそれに見られる感覚に、覚えがあった。

「汝はわが宝珠を望む者か。是か否か」

 言葉は直接、精神に響いてきた。

「是」

 精霊師は答えを念じ返した。

「ではその為にいかなる犠牲も厭わぬか。是か否か」

「是」

「よろしい、では儀式の場に案内する。転移を受け入れるがよい。ただし運ばれるは一人のみ」

 ジャーゲルトはその奇怪な目の言葉に悪寒を覚えた。そして本能的に意図を悟った。

「やめろ!」

 術の詠唱は間に合わないと察した精霊師は、必死になって腕を伸ばし、イブリースを突き飛ばそうとした。

 目の中の瞳孔が十字の形に割れた。そして一条の光が飛び出した。

 光はジャーゲルトのまとう風の防御を簡単にすり抜け、彼の左腕をえぐっていった。さらに勢いは衰えず、イブリースの銀の胸当てを正確に突き破った。

 女戦士は焦げた胸の穴を手でおさえた。夢の続きを見るようにジャーゲルトに語りかける。

「わたしと(にい)の…」


「イブリース!」ジャーゲルトは倒れていく女戦士に向かって叫んだ。しかし彼が伸ばした血まみれの手は届かなかった。

 精霊師の体は空に浮かんだのち、暗い洞窟から完全に消え失せた。


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