1.
「ちくしょう! なんて所だ、ここは!」守護者のレブナントは初めてこの任務に就いたことを後悔した。
時は一時間前に遡る。
レヴナントは崩れ落ちた教会の天井の廃材を、憎しみをもって踏みつけた。泥土と血にまみれたブーツが重い音をたて、焦げ跡の残る木材を砕き散らす。
その様子を背後で見ていた猫目のジュビアも、自らの武器である右手の爪の出具合を確かめながら、同情のため息を漏らした。仲間の古戦士が苛立つのも無理はない。もう一昼夜、我々はこの廃墟で時間を無駄にしているのだから。
セヴェル自治領所属の【守護者】の隊員たち六名は今、天井のくずおれた廃教会の中央に集まり、周囲からの襲撃に備え、陣を張っていた。実際には陣とは名ばかりのもので、疲弊し傷ついた男女がよせ集まっているに過ぎない。さらに守護者のうちニ人は重篤で、起き上がれない状態だった。
「カウシマ、答えをくれ。結界はあと何時…いや何日保つ?」
レヴナントの問いに、剃髪の導引師は無言で答えた。指で数字の「1」を形作り、次に下線を引くような仕草。ジュビアはそれが数字の未満の意味だと知っていた。
「ではお前の最後の導引は、この陣を維持する為に使え、いいな」
導引師はうなずき――カウシマはいつも無言だ――さっそく大地から生命を引き入れる儀式に入った。
「ジュビア。陣を出るぞ。先に偵察に行ったニ人を追う」
レブナントは仲間の守護者の、人猫に声をかけた。
「レヴ」
ジュビアが柔らかい黒毛に覆われた頭を横に振る。
「出るのはいいけど、ニ名を追うのは諦めて。時間の無駄よ」
ジュビアがレヴナントに反意をしめす――二人の会話では珍しかった。彼女は陣の外側に立つ四つの結界樹に目をやる。
「急いでいきましょう。ここが保つうちに」
レヴナントは小さく頷いた。そして今度は暗闇に背を向けて座っていた、大きな影に向けて訊いた。
「ポプリスマ、行けるか?」
影は最初、反応しなかった。レヴナントがもう一度呼ぶと、剛人の女性は振り向き、赤い瞳で古戦士を見返した。
割って入ったジュビアが、人間の方の手で、傭兵同士で発達している手話を使い、ポプリスマに出発の指示を伝える。
剛人は口が利けないのではなく、上位大陸語が喋れないのだ。通訳の使い魔が闘いの犠牲となったいま、ポプリスマはチームから孤立していた。
意味を汲み取った女戦士は、ゆっくりと立ち上がった。剛人のしなやかで強靭な浅黒い筋肉。数々の闘いを物語る勲章も、今は切り傷だらけだった。
彼女は地面に刺していた短く太い種族独特の槍を手に取り、準備ができたことを態度で示した。
三人は陣を出て、廃教会奥の暗闇に向けて歩き出した。




