たった一人の存在。
キーンコーンカーンコーン。
チャイムが鳴り、唯一長く休憩することが出来る昼休みが訪れた。
いつもなら、コンビニで買ってきた弁当を黙々と食べるのだけども……。
「ねぇ、一緒に食べない?」
「え……。」
僕は、女の子の言葉に、目頭が熱くなるのを感じる。
ずっと、一人でお弁当を食べる毎日。
誰とも話さずに、話すことさえも出来なかった毎日。
クラスメイトから僕のことを、「ぼっち君」と陰口をたたかれる毎日。
本当に辛かった。
僕は、みんなを呪うように、必死にお弁当を食べていた。
イヤホンを耳に挟みながら……。
「ねぇ、涙がこぼれそうだよ。大丈夫?」
「大丈夫……。」
ワイシャツで涙を拭う。
「本当に、僕でいいの……? 僕、つまらないよ……。」
「はぁ、君ってねー……。」
肩を落とす女の子。やれやれと、首を横に振っていた。
「君は私の仲間に加わったんだよ。昼休みぐらい一緒にいたって、構わないでしょ。」
すると、にこっと、また眩しい笑みで、僕の目を見つめる。
「私はね、君と一緒にお弁当を食べたいの。つまらないなんて二の次だよ。まずは、私と君の関係を深くするの。だからね、親睦を深めるためにも、一緒に食べよう。」
女の子の優しい言葉に、またもやも涙を流してしまった。
もう、おさえられそうになかった。
温かい気持ちが、胸の中で広がっていて、この感情は初めてで、どうしたら、押し込めることが出来るのか、分からなかった。
「もー。本当に泣き虫なんだね。」
女の子はポケットから、ポケットティッシュを取り出して、はい、と渡してくれた。
「ありがとう……。」
「もう、本当に世話が焼ける人だね。」
僕、いつからこんなにも泣き虫になったのかな……。
きっと、何年も、人の温かみに触れることがなかったからだと思う……。
「今日から、私が君のことを守ってみせるからね。」
「うん……。うん……。」
女の子は、優しげな眼差しで、手を差し伸べる。
僕は、その手をつかもうと、手を差し伸べた。
そして、女の子は、ぎゅっと優しく包み込むように、僕の手をつかんだ。
「さて、一緒に、ご飯を食べよう。」
「うん……。」
女の子の手は、とても、温かかった。
「いただきます。」
「いただきますー。」
机をくっつけあったあと、向かい合うような形で、ぼくと女の子は、同時に手を合わせ、頂きますの挨拶をした。
ぼくは、メロンパンを手に取り、口に頬張る。
「あれ、君は、メロンパンが好きなんだね。」
こくこく。
小さく頷く。
女の子は、まだ弁当箱から手を伸ばそうとせずに、興味深そうに見つめてきた。
その純粋な目に、胸がドキっと跳ね上がる。
「君って毎日メロンパンを食べているよね。そんなにも美味しいの?」
メロンパンは、ぼくの大好物。
どうして、メロンパンが好きになったのか、あまり記憶にはないけど、きっと、誰かの影響で、好きになったんだと思う。そのことを女の子には伝えていないのに、女の子は、ぼくが毎日メロンパンを食べていることを知っていることに、つい、驚いてしまう。
ぼくは、自然にメロンパンを口から離して、呆然と女の子を見つめた。
「あれれ、その顔は、どうして、自分の好きなものを知っているのかって、顔に書いてあるよ。」
悪戯っぽく笑う女の子。
どうして、そんなにも簡単に見透かされるのかな……。
「私はね、毎日、昼休みに、君のことを見ていたからだよ。君って、毎日、メロンパンを食べてるから、絶対に好きなんだろうなぁ……と、当たり前の答えを出したわけなのですよ。」
得意げに胸をそらす女の子。
ぼくは、女の子が毎日、ぼくのことを見ていたという真実を知って、恥ずかしい思いでいっぱいだった。
ぼくのことを、ずっと、見ていたのかな……。
それだったら、消えてしまいたいほど恥ずかしいかも……。
きっと、汚い食べ方をしていたかもしれないから……。
「もしかして、君って、恥ずかしがりやさん?」
「きっと、そうかもしれないかも……。」
だって、ぼくは、君のことを、好きになってしまったんだから……。
恥ずかしく思うのは当たり前だと思う……。
「とっても可愛いね。君って。」
「か……。可愛い……?」
「うん。なんだか、女の子みたい。」
初めて女の子から「可愛い」という言葉。
みんなからは、理不尽な言葉ばかりを浴びてきたから、物凄く嬉しかった。
だけども、ちょっぴり、恥ずかしい……。
「そういう、もじもじしているところも、可愛らしいね。」
「うぅ……。」
ついつい、俯いてしまう。もう、顔全体が、蒸発でもするんではないかと思うほど熱い。
「もっと、ほめてあげようか?」
「ううん……。もう、だいじょうぶ……。」
これ以上褒められると、ぼく自体がおかしくなってしまうので、断ることに。
頭の中で「可愛い。」と「女の子らしい。」という言葉がぐるんぐるんと、メリーゴーランドみたいに回っていて、気が狂いそうになった。もう、恥ずかしくて、このまま逃げ去りたかった。
「じゃあ、私も食べようかな。」
女の子は、クススと笑ったあと、弁当箱の蓋をあける。
弁当箱の中身は、香ばしい匂いが漂う卵焼きと、湯気が立ち昇っている、ホカホカの白ご飯。その上には、鮭が盛り付けられていて、とても美味しそうだった。
女の子は、卵焼きを口の中に頬張る。
モグモグモグと、咀嚼している音が聞こえるように感じた。
「君も、卵焼きを食べてみる?」
「え……。でも……。そんなに美味しそうに食べている姿を見ちゃったら、申し訳ないですし……。」
「そんなに悲観的に考えちゃって。私は、君に食べてほしいの。」
「僕に……?」
「うんうん。君に食べてほしくて、つくったんだからね。せっかくつくったんだから、もったいないでしょ。」
わざとらしく口を尖らす女の子。
僕は、まだ女の子の気持ちが分からなくて、戸惑ってしまう。
どうして、僕のために、作ってくれたのかな……。
ただ、女の子の食べているところを見たいだけなのに……。
「食べないんなら、私一人で食べちゃうよ? それでも、いいのかな……?」
もう一つの卵焼きを箸でつかみ、魚をおびき出すみたいに、それを目の前に、ぶらぶらと小さく上下に振る女の子。
「分かった……。食べてみる……。」
もう降参とばかりに、幸せそうに頬を緩ませている女の子に見せるように、肩をすくませる。
ここは、食べるしかなさそうかな……。
好きな人から卵焼きを食べるなんて、胸が満たされる思いをすると思うけども、きっと、これ以上にない恥ずかしさが襲ってくると思う……。
「正直になったね。よかったよかった。」
安堵の息をはき、とても喜んでいるようだった。
僕は、その様子に、心の中で、安心感が広がっていく。
「それじゃあ、はい、あーん。」
突然、女の子は、箸でつかんだ卵焼きを、そのまま僕の口元へと近づけてきた。
僕は、その思いもよらない言動に、反射的に、顔をそらしてしまう。
「え……。あーんをするの……?」
「もちのろんだよ。そのために、ここまで粘ってみたんだからね。」
「そんなの……。聞いてないよ……。」
「お願い。してほしいなぁ……。だって、私、初めて、手作り料理を作ってきたんだから……。」
しょんぼりとした顔で指を絡ませている女の子。
今度は、わざとらしくない、自然な表情だった。
僕は、その嘘偽りのない表情に、こう言うしかなかった。
「分かった……。あーんする……。」
その声に、女の子は、大きく目を見開き、満面の笑みを浮かべた。
よかったぁ……。という、安堵の声を漏らしている女の子の姿が目に浮かぶ。
「本当に食べてくれるの……?! だって、私、料理、はじめてだし……。口に合わないかもしれないんだよ……? それでも、いいの……?」
さっきの勢いはどこへやら。女の子は、目をうるませ、指をもじもじとしていた。
意地悪っぽく僕のことをいじっていた女の子とは対照的で、とても可愛らしくて。
ずっと、その姿をさらけ出して欲しいとも思ってしまった。
「うん……。だって、君が、僕のために……。作ってきてくれたんだから……。味なんて関係ないと思う……。」
僕は、性欲とは違う、何か不思議な感情になった。
女の子を喜ばせたい。女の子の悲しい顔を見たくない。
その思いが強くなっていく。
きっと、僕は、女の子に夢中かもしれないと思った。
「ありがとね。」
女の子は、ぱっと笑みを弾けて、また、卵焼きを僕の口元へと、ゆっくりと近づけてきた。
次は、顔をそらせないようにしようと、僕は、小さく口を開ける。
「……。」
「……。」
女の子は、卵焼きを口の中へといれようと、前のめりになっていた。
顔と顔がぶつかりそうなほどの距離。
女の子の甘い息が、鼻先にあたり、卵焼きの香ばしい匂いがした。
「あーん。」
「あーん……。」
そして、女の子は、口の中に卵焼きを入れ、かたんと首をかたむける。
その顔には、緊張の色が見え、美味しい?と、弱々しい声色で、そう小さく呟いた。
「うん……。美味しい……。」
「え、本当に……?」
「うん。本当だよ。」
「よかったぁ……。」
女の子は、やったーというポーズで、安堵の息を漏らした。
本当に、女の子が作ってくれた卵焼きは、とても美味しかった。
ちょっぴり甘かったけど、その甘さも僕の舌を刺激して、旨みが口全体へと広がっているように感じた。
きっと、好きな女の子から、あーんをしてもらえたから、さらに美味しく感じたんだと思う……。
そう思うと、また、顔が真っ赤になってしまう……。
「食べてくれて、本当にありがとね。私、幸せだよ。」
今まで見せたことのない満面の笑顔。
僕は、その笑顔に、さらに女の子のことを好きになってしまった。