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無敵ヒロインの学園始末記  作者: 桂木 玲
第二章  秋学期 ~俺様王子と悪役令嬢~
21/50

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 ────翌朝。


 登校しようとマンションを出た私は、入口の脇で私を待ち受けていた二人の姿に驚いて声を上げた。

「未緒、飛島君! どうしたの?」

「へへへ、駅でばったり会ったの。ついでだから迎えに来ちゃった」

「だけど、こんなに早く……」

 七時三十分。いつもの登校時間よりもだいぶ早い。

「夏希こそずいぶん早いじゃない。たぶん、考えてることは同じでしょ?」

「…………」


 何やら企みを秘めたような未緒の笑顔を眺めて、私は溜息をついた。

 昨日の今日だ。もしあの先輩方が即断即決タイプであれば、嫌がらせを実行するには絶好のタイミングだろう。考えたくはないが、万一下駄箱や机に被害があった場合、始業時間ギリギリでは何もできない。そんな事態に備えて、対処する時間を確保しようと早めに出てきたのだ。

「朝から嫌なものを目にする可能性もあるからね。そんな時は、一人よりは誰かと一緒にいた方がいいだろ?」

「……ありがとう、二人とも」


 昨日から、この二人にはもう頭が上がらない気がする。それを言ったら五人全員がそうだけど、情報収集やイジメ対策立案の先頭に立ってくれた未緒や、図らずも泣き顔を見せてしまった飛島君には特にその感が強い。俯いた私の腕を引っ張り、未緒は明るく言った。

「そんな顔しないの! さあ、早く行こう?」

「何もなければそれに越したことはない。三人なら大丈夫だよ、夏希」

「……そうね。じゃあ行こうか」

 二人に促されて、私は苦笑とともに歩き出した。



 そして────約十五分後。


「あっちゃー、これはまた……やってくれるわねえ」

 学校に到着した私たちは、一年の昇降口に設置された下駄箱の前で、予想通りの光景を目にして絶句していた。

 絵に描いたように陳腐な嫌がらせ。整然と並んだ一人一人の靴箱、その中の一つだけが、泥で真っ黒に汚されている。言わずと知れた私の下駄箱だ。恐る恐る扉を開けると、中の上履きも泥まみれで見る影もない有り様となっていた。靴の中にはご丁寧に、お約束の画鋲までが入れられている。


「マヌケなお嬢様にして行動が素早いじゃない。やったのは昨日の放課後かな」

「だろうね。金曜の放課後は、先生方も総じて監視の目が緩むから」

 冷静に検分する未緒と飛島君を前に、私はただ唖然と突っ立っていた。覚悟していたとはいえ、実際にやられてみるとそのショックは想像以上のものがある。先手を打ち、こっちが何の対策も取れないでいた昨日の時点でここまでやるとは。

「さあ夏希、呆けてないで、サッサと片付けるわよ。飛島君、購買はもう開いてるかしら。ちょっと見てきてくれない?」

「判った。開いてたら新しい上履きを買って来よう。夏希、靴のサイズは?」

「二十四……」

「意外と大きいんだな。よし、すぐ戻るからちょっと待ってて」


 ボンヤリしたまま反射的に答えた私は、彼が動き出した瞬間我に返った。見ると未緒は、テキパキと鞄から掃除用のシートやゴム手袋などを取り出している。

「中は後回しよ。とりあえず、誰かが来る前に表の扉だけでも拭いておこう」

「……うん。未緒、貸して。私がやる」

 紛れもなく自分のことなのだ。友達に汚れ仕事をさせるわけにはいかない。私は未緒からシートを受け取ると、扉を閉めて前面を拭い始めた。


「それにしても阿呆だよね。こんな状態の靴を履く人なんていないでしょ? わざわざ画鋲なんか仕込んだって意味ないだろうに」

 靴箱の中から取り出した上履きを眺め、未緒が呆れたように言う。

「精神的なダメージを狙ったんじゃない? これでもかっていうダメ押しのやり口だよ、きっと」

「そこまで頭が回るかな? あのバカそうな連中にさ」

 言われてみれば確かに、何も考えずに使い古された手をそのままやっただけ、という方が当たってる気もする。いずれにせよ、気分のいいものじゃない。


 単なる泥を塗りつけただけなのか、汚れはあっという間に落ちた。飛島君が購買部の袋を手に走ってくる。私はお礼を言って、新しい上履きに履き替えた。

「飛島君、お金……」

「後でいいよ。それより早く教室に行こう。この分だと、机にも何かされてるかも知れないから」

「この上履きは証拠品として保管しておくね。後で高杉先生に報告しなくちゃ」

 いまだ半分呆けたままの私をそっちのけにして、二人はしごく的確に事態に対処している。彼らに引きずられるようにして、私も次第に頭が回り始めた。


 案の定、教室の机も似たような状態だった。違いは汚れの種類が泥だけでなく、チョークやマジックなど、数種類の筆記用具によって付けられていたことくらい。泥なら簡単に落とせるが、これはちと厄介である。

「泥とチョークは雑巾でいけるわね。鉛筆の落書きは消しゴムで消せるでしょう。マジックは油性かな?」

「そうらしいな。なら、これの出番だ」

 今度は飛島君が、何やら液体の入った瓶を取り出す。

「父に頼んで、うちの会社から貰ってきたんだ。油性のインクを綺麗に消去できる特殊な薬品だそうだよ」

「やった! さすが飛島君」

 彼のお父さんは、そこそこ名の売れたグラフィックデザイナーだ。社員十人ほどの小さな会社を経営していて、お母さんも非常勤ながら、時たまデザイナーとして活躍している。この手の特殊薬品に関してはプロだ。


「ねえ、待って。消す前に、この状態を写真に撮っておいた方が良くない?」

 ふと思いついて言うと、未緒があーっと声を上げる。

「しまった、私としたことが! 下駄箱の写真、撮るの忘れちゃったわ」

「あっちは大丈夫でしょ? 証拠の靴があるんだから」

「それはそうだけど……よし、今後は気を付けよう。夏希、ありがとね」

「とんでもない」

 お礼を言うのはこっちだ。昨日の作戦会議、そして今日二人が一緒に来てくれたことで、いつの間にか被害に遭うことへの覚悟ができていた。それがない無防備な状態でこの机や下駄箱を目にしていたら、今とは比べものにならないほどの甚大な精神的ダメージを受けていたに違いない。


 三人でせっせと机を掃除すると、十分もしないうちに粗方の痕跡が消え失せる。その頃になってようやく、他のクラスメイトたちが登校してきた。



「もうやられたのか。死角を突かれたな」

 久々に見る委員長の険しい表情。名村君と香奈子がロッカーや更衣室を点検しに行ってくれたが、そちらは取り立てて被害がなかったらしい。初日にしてはまあ、予想の範囲内だと言えるだろう。

「よし、今日の放課後すぐに動くぞ。高杉先生にはショートホームルームの後で、僕が話をしておく」

「でも委員長、今日は球技大会のメンバー決めをするんでしょ? あなたはそっちに専念してよ。これ以上、私のせいで水野さんに迷惑はかけられないわ」

「ああ……そうだった。忘れてたよ」

 未緒や委員長、いつもなら水も漏らさぬほどの気の回り方を見せる彼らが、怒りのためか今日に限ってあちこち抜けている。彼らだけでなく、私も含めた全員が、多かれ少なかれ動揺しているようだ。


「いっそのこと、まずみんなでそっちを手伝おうか。その後で対策の方をやれば、結果的に早く終わるでしょ?」

 未緒の提案に、全員がハッとしたように顔を見合わせた。確かに、その方法なら両方とも早く片付くだろう。もとはといえば私のせいでメンバー決めが遅くなったのだから、私もできれば水野さんたちを手伝いたい。

「賛成。私にも手伝わせて、委員長」

「夏希、それはありがたいけど……でも、一刻も早く何とかしないと、今日もまた下駄箱が汚されるかも知れないぞ?」

「一時間やそこら、遅くなっても変わらないでしょう。何なら先生に頼んで、その間だけ警備員さんを昇降口に配備してもらえばいいんじゃない?」


 名家の子弟が多く通うセレブ校ということで、この学園にはプロの警備員さんが一定数常駐している。通常はもちろん規定の配備位置が決まっているのだが、特に生徒からの要望があった場合、先生の許可をもらえば、一時的に個人の警備を依頼することができるのだ。


「ねえ、そうしようよ、委員長。どうせ今日は部活も休みだし。ね?」

 未緒が部活組の二人に問いかけると、香奈子が即座に頷いた。

「そうね、私はいいわよ。名村君も大丈夫よね?」

「ああ、構わないぜ。優は?」

「俺ももちろんOK。今日はもともとそのつもりだったから」

 改めて、この仲間たちのチームワークの良さに感心する。誰かが何かを言い出すと、皆が可能な限りそれに応えようとする。こんな素敵な仲間はなかなかいない。



 高杉先生は私たちの話を聞くと、間髪を入れず対策の許可を出してくれた。

「今朝、夏希の机と下駄箱が汚されました」

 ショートホームルーム後の僅か五分の休憩時間、教室を出た先生を私と委員長が追いかけると、先生はすぐさま足を止めてくれた。委員長の第一声に、彼は僅かに目を見開く。

「イジメか?」

「ええ、おそらく。昨日の先輩方の仕業でしょう」

「あいつらか……厄介だな」

 未緒から借りてきた携帯で机の写真を見せると、先生は苦虫を噛み潰したような顔で唸っている。時間もないため私たちは手短に昨夜の作戦会議のことを報告し、今日の放課後、必要と思われる対策を取らせてもらえるよう頼み込んだ。


「……判った。あの状態でよく、そこまで考えられたな。さすがは俺の生徒だ」

 独り言のように自画自賛し、顔を上げて私の目をまっすぐに見る。

「八木沢。お前、大丈夫なんだな?」

「はい、平気です。みんながついていてくれますから」

 はっきりと答えて微笑む。先生はニヤリと笑い、掴むように私の頭を撫でた。

「よし、その意気だ。こんな阿呆なやり方に負けるなよ」

「もちろんです」


 イジメは総じて不快なものだが、それが最もこたえるのは、味方になってくれる友達が一人もいない場合だ。イジメそのものに加え、周囲の人々からも苦境を無視されることで、ますます精神的に追い詰められてゆく。クラス内で孤立した、気の弱い人が標的にされるケースが多いというのも、そんな背景が影響している。だが私の場合、それはまったく当てはまらない。


「都築、警備の件は了解した。二時間目終了直後からお前たちが来るまで、昇降口の見張りを頼んでおこう。お前らはメンバー決めが終わり次第、まずは下駄箱対策からかかれ。いいな?」

「判りました」

「下駄箱の鍵付け、机やロッカーの覆いなんかはすべて許可する。有効だと思えることは何でもやっていいぞ。大勢でこれ見よがしにやってやれば、あのバカどもも少しは自粛するだろう」

「ありがとうございます、先生」

 私たちは深々と頭を下げ、慌ただしく教室へ戻った。




 放課後、皆が帰った後の教室に残ったのは、私たち六人と副委員長の水野さん。おとなしい彼女は、教室の真ん中でいつもワイワイやってる、何かにつけて目立つグループの中にひとり入って、ちょっとばかり不安そうだ。


「水野さん、私のせいで余計な手間をかけさせちゃって、本当にごめんね。お詫び代わりに、メンバー決めの作業、私たちにも手伝わせて欲しいの」

「八木沢さんのせいじゃないでしょ? どっちかっていうと、榊原さんのせいだと思うけど……」

 昨日のホームルームを思い出したのか、苦笑いする水野さんに皆も頷いている。その榊原嬢はというと……当然のことながら、授業終了と同時にサッサと帰宅してしまったらしい。そんな雑用は一般生徒にやらせておけばいい、とでも思ってるんだろうか。どこまでも自分本位な人だ。

「でも、手伝ってくれるんなら嬉しいわ。よろしくお願いします」

「こちらこそ。それじゃ、何をすればいいか指示して下さいな」

 彼女と委員長の指示で、まずはクラスメイトたちから提出された希望種目の紙を競技ごとに分類していき、それを元に男女各々、種目別の名簿を作る。総勢七人もいるとあっという間だ。


 球技大会は男女それぞれ三種目ずつ。バレーボール、バスケットボールの他に、男子はサッカー、女子は卓球が加わる。一クラスの人数が少ない学校だから、それ以上競技の数を増やすのは無理なのだ。特に男子はすべてがチーム戦となるため、何人かが競技を掛け持ちしてもなお人数が足りない。


「こうして見ると案外偏りが少ないわね。うまくバラけてるし、早く決まりそう」

 女子側の種目ごとのリストを見ながらそんな感想を漏らすと、水野さんが頷いて解説してくれた。

「仲のいい人同士は、たいていが事前に打ち合わせて同じ種目を希望するからね。女子は特に判りやすいわよ。榊原さんのグループがバスケ、美咲さんのグループがバレー。その他の人と一般生徒が卓球、かな」


 うちのクラスのお嬢様方は、概ね二つのグループに分かれている。前に私に文句をつけてきた榊原さんや柏木さんを中心とした、いかにもステレオタイプなお嬢様ばかりのチームと、彼らとは一線を画し、品良くお高くとまった美咲梓(みさきあずさ)さんという女子生徒が率いるチームだ。榊原さんたちはとにかく騒がしくて、休み時間ごとに集まってはどこそこの家の社交パーティーがどうだっただの、どこの家の御曹司がステキだのと四六時中きゃあきゃあやっているが、美咲さんの方はそれに比べればもの静かで、成績も悪くない。榊原さんが一般生徒たちから陰で「アホお嬢様」と呼ばれているのも、密かに美咲さんの成績の良さと比べられているからだ。意外なことに、当人同士は別に張り合っているわけでもなく、仲もさほど悪くはないようだが、いかんせんタイプがあまりに違い過ぎるため、日頃の行動はどうしても別々になってしまうらしい。


 水野さんが言う「その他の人」というのは、おそらく昨日のホームルームで中立の立場を取った人たちのことだろう。ほんの二、三人だが、極度におとなしくて目立たない、名家組のイヤらしさを感じさせない女の子たち。私は話したことがないので良く知らないが、そんな人畜無害なお嬢様もいることはいるのだ。


「へえ……それで水野さんや香奈子たちも卓球希望なのね」

「そりゃそうよ。バレーもバスケもお嬢様軍団だもの。そんなとこに入りたくないでしょ、誰だって」

 未緒がズバリと一刀両断する。見ると、香奈子と水野さんも同意見のようだ。

「なるほどね。えーと卓球は……水野、宮原、鈴谷、芹澤、榛名、佐倉……?」


 一瞬、ドキリとした。

 宮原(みやはら)さんは水野さんと仲がいい一般生徒だが、それに加えて二人のお嬢様の名前がある。その一人目、榛名さん。明らかに覚えがある名前だ。最近ではドサクサに紛れて忘れかけていた────あの乙女ゲームに出てきたご令嬢の名前。

 榛名(はるな)麻衣子(まいこ)。私と同じクラスだったのか。ゲームキャラも実物の方も、どんな人だったかまるで思い出せないんだけど。


「夏希、どうしたの?」

 急に手を止めて考え込んでしまった私に、香奈子が訝しそうな声をかけてきた。その声にハッとして、慌てて笑顔を取り繕う。

「ごめん、何でもない。────じゃあ、女子はこれで決まり?」

「そうね。人数のバランスもちょうどいいし、これでいいんじゃない?」

 水野さんのひと言で、女子は早々に出場メンバーが決定した。問題は男子の方。リストを清書した私たちは、そのまま教室の逆端で議論を戦わせていた男子三人の元へと向かう。



「そっちはどう? まだ決まらないの?」

「いやあ、参った。サッカー希望者だらけなんだ」

「……あらま」

 サッカーは、現代の高校生にとっては一番の人気スポーツだ。希望者が多いのも頷けるが、委員長としてはたまったもんじゃない。

「一応、第二希望までは出してもらったんでしょ。そっちで決めれば?」

「ところが、第二希望を書いてない奴が多くてさ。サッカー人気が高いのは周知の事実だから、両方書くと自動的にそっちに回される、と思ったんだろうな。ヘンなところにばかり頭の回る奴が多くて困るよ」

 委員長は諦めたように笑っているが、その横で名村君はかなりご機嫌斜めだ。

「くそ、何で野球がねえんだ。日本人なんだから、サッカーなんぞより野球の方を競技に入れるべきだろうが」

 野球こそは正しきニッポンの国技である。野球オタク共が大真面目に唱えるその主義主張を、彼も同じく受け継いでいるらしい。今ここでそんなこと言ったって、どうにもならないだろうに。

「まあまあ名村君、抑えて抑えて。あなたは何を希望したの?」

「俺? そりゃあ『全種目希望』に決まってるだろ」

「…………」

 春の体育祭と同じく、複数の競技を掛け持ちする気らしい。とことん脳筋だ。


「とにかく、サッカーはひとまず置いて。まずは他の二種目のメンバーを先に決めよう。その上で、サッカーはやりたい奴全員でチームを作ればいいさ」

 何とも雑な結論だか、この状況ではそれが一番、現実的かも知れない。ひとたびメンバーを決めてしまえば、後は試合に出るも出ないも委員長ではなく、チーム内の人間たちによる決定となる。別名、『丸投げ方式』とも言う。

 委員長は私たち女子にも手伝わせて、提出された用紙を再度分類し始めた。とりあえず第二希望でも何でも『バレー』『バスケ』の文字がある紙だけを選び出し、その人たちで強制的にチームを作る。人数が規定に満たないところは、メンバーと仲が良さそうな人を中心に、適当に人員を配置してゆく。ジグソーパズルにも似た並べ替えを何度も行った結果、ようやく二つのチームが形になってきた。


「優、お前確か、サッカー経験者だったよな?」

「ああ。小学校の時だけどな」

 指示されるまま、おとなしく委員長の作業を手伝っていた飛島君は、彼の問いに素直に頷いた。飛島君とサッカー。似合いすぎる。

「なら、サッカーチームはお前が決めてくれ。僕じゃ誰が上手いのか判らないよ。希望者全員だと何人になる?」

「えーと……第一希望だけなら十四人。第二希望まで入れると……十六人だな」

「そんなにいるのか……」

 うちのクラスの男子は全員でも十八人だ。そこまでいくと、逆に希望しなかった二人が誰なのか、そっちが知りたくなる。委員長の溜息も無理からぬ話だろう。


「じゃあとりあえず、第一希望の十四人で1チームだ。誰が補欠かレギュラーか、それはチーム内で決めてもらおう。優はサッカーだけにしといたから、お前が中心になって無理にでもまとめてもらうしかない」

「面倒だけど仕方ないな。判った、何とかやってみよう」

 もともとの血筋のこともあり、飛島君は日頃から名家側の男子とも比較的うまく付き合っている。何と言っても、この人好きのする容姿と穏やかな人柄が決め手となって、相手に嫌悪感を抱かせないのだ。彼に任せておけば、十四人ものメンバーをまとめることも不可能ではない。


「良は、悪いがバスケチームを何とかしてくれ。僕はバレーの方だから、一番厄介な連中はこっちで引き受けるから」

 現時点でのメンバー表を見ると、確かに男子バレーチームは一筋縄では行きそうにない。名家組の男子の中でも日頃から選民意識の強い、榊原さんたちのグループに繋がる連中がほぼ全員入っている。名村君に言わせると、『お嬢様方の腰巾着』だそうだが。


「バスケかあ……おい、夏希。お前バスケ部だった、って言ってたよな?」

「うん。そうだけど?」

 突然問いかけられ、私は小首を傾げて答える。

「ポジションはどこだった?」

「ポイントガード。俗に言う『司令塔』だね」

「ならお前、バスケチームのコーチをやらないか? 俺、バスケってあんまり良く知らないからさ。司令塔っていったら、作戦立てたりする役だろ?」

「はあ? 私が男子チームのコーチ?」

 突拍子もない提案に驚く。そりゃあ当日の仕事は応援だけだから、暇といえば暇なんだけど。だからといって────私にできるの?


「でも……私じゃみんな嫌がるんじゃない?」

「大丈夫だろ、このメンバーなら。中心は周防たちだし」

 ────昨日のホームルームで、こちら側についてくれたという人か。

「あいつ、体育の時なんか、俺たちにもけっこう親切だぜ。少なくとも、経験者の助言を無視するとは思えない。頼むよ」

 まあ、それなら……やってみてもいいかも知れない。私で役に立てるかどうか、それは判らないが。

「じゃあ、チームの他の人たちからも要望があれば、ってことでいい?」

「うん、早速聞いてみるよ。女子のバスケはあのアホお嬢様だろ? 夏希のコーチなんか、どうせ受け入れないだろうしな」

「その前に、練習そのものをしないでしょ、お嬢様たちは。春の時も、わずかでも大会前に練習してたのは男子だけだったじゃない」

 香奈子が口を挟む。運動会なんて所詮、セレブ学校ではその程度の扱いなのだ。

「使えねえなあ、お嬢様ってのは。────とにかく、せっかくの経験者なんだ。利用しなきゃもったいないぜ」

 ────ハイ、利用されます。責任は持ちませんけど。



 ようやく、男女全チームの編成が決まった。私たちはそのまま水野さんと別れ、リストを職員室の高杉先生に提出しがてら昇降口へと向かう。


 それにしても────球技大会のメンバー決めといい、日頃の教室内の雰囲気といい、この学校では何をするにもまず、実力以前にその出自が問われる。名家か、一般人か。同じ高校生であるにも関わらず、すべてにおいてその一点のみが、最大の問題点となるのだ。

 私は改めて、秋本会長の言う『両者の和解』がいかに困難なことか、それを思い知らされていた。彼と約束したことを、私はまだ何一つ成し遂げてはいない。学園を観察する前に自分自身がトラブルの焦点となってしまったせいで、解決の糸口はおろか、定期報告すらも怠っている状態だ。いつになったらこの状態を脱して、彼との約束を果たせるのだろう。このままではダメだ、ということだけがひしひしと感じられ、焦る心にさらなる影を落とす。


「夏希……大丈夫? 顔色が良くないわ」

 そっと傍に寄り、香奈子が声をかけてきた。優しい彼女は、私の悩む心をいつも敏感に察知する。この仲間たちに余計な心配をかけてはならない。

「大丈夫よ、香奈子。ありがとう」

「………」

 微笑んで答えると、彼女はなおも心配そうな顔で、じっと私を見つめていた。



 その後、私たち六人は協力して嫌がらせ対策の作業を行った。今朝は時間がなくてそのまま放置していた下駄箱の内部を掃除し、飛島君がこれも家から持ってきてくれた、ラップの親玉のような特殊透明シートを靴箱の扉に貼り付ける。素人には簡単に剥がせないような細工が施されているため、イタズラする人間もその上からしか落書きできないだろう。今後はもう、泥だろうがペンキだろうが、汚されたら即、剥がして張り替えれば済む話だ。

 扉にごつい南京錠を取り付け、下駄箱と同じシートを教室の机やロッカーの前面にも貼り、ロッカー内部を整理して余計な私物を撤去する。今朝使った油性インク消しや、未緒が持ってきてくれた多彩な掃除用具をそのままもらい受け、ロッカーに配備すれば完了だ。途中、警備員さんを連れた高杉先生が様子を見にやって来たが、私たちがしごく冷静に対処していることに安心したのか、しばらくの間作業を見守ると、やがて小さく頷きながらどこかへ去って行った。


「よし、これでしばらくは大丈夫だろう。今後、少しはマシになるといいけど」

 作業が終わった教室で、委員長が皆をねぎらう。私一人のために、貴重な土曜の時間を割いて助けてくれた仲間たち。心からの感謝を込め、私はみんなに向かって最敬礼した。

「みんな、本当にありがとう。これからも迷惑かけるかも知れないけど……」

 言いかけたとたん、誰からともなく「気にするな」の声が上がる。未緒と香奈子に両側から抱き付かれ、私は泣き笑いしながらお礼の言葉を繰り返した。



 週が明ければいよいよ、十月の授業が本番を迎える。先が見えない不安の中でもなお、往く道を照らしてくれる仲間たちの存在が、今はただ嬉しかった。




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