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委員長によると、ロングホームルームの冒頭、まずは高杉先生が今日の出来事に絡んでこれまでの経緯や現在の状況を一通り説明し、初っ端からクラスのみんなを牽制したらしい。私が帰った直後、教室では名家組の生徒たちが一斉にヒソヒソとやり出したらしく、すでにそれを目にしていた先生が、こりゃダメだ、とばかりに機先を制したのだそうだ。
その後、全員による話し合いとなったわけだが────これがまた、一筋縄では行かなかったのだという。
「まあ簡単に言えば、現状、うちのクラスは意見がほぼ二分されている。僕ら一般生徒を中心としたグループと、名家側の連中とね。一般生徒の方はもちろん、あの騒ぎを『ヒステリーお嬢様の見苦しいヤキモチ』としか思ってないが、もう一方の連中はなぜか、『そもそも桜庭先輩に近づいた夏希が悪い』っていう理不尽な考えで凝り固まってる。そのグルーブの急先鋒が榊原さんだ」
────ああ。編入四日目で私に難癖をつけてきた人か。
「彼女に言わせると、君が『身の程知らずに』桜庭先輩に近づき、『親切な先輩につけ込んで』自分を売り込んだからこんなことになってる、というわけなんだな。高杉先生がいくら、『そうじゃない』って言っても聞きゃしないんだ。結局今日のホームルームは、彼女のトンチンカンな屁理屈を延々と聞かされて終わったようなもんだ。いくら僕でもさすがにウンザリしたよ」
「そう……」
予想はしていたが、鷺宮先輩たちの言い分を鵜呑みにする人もいるんだ、と思うと穏やかな気分ではない。お嬢様ってのはどうしてこう、訳のわからん理屈を簡単に信じ込んでしまうんだろう。
「あのお嬢様、最初の衝突以来ずっと夏希の悪口ばっかり言ってたからねえ。言い負かされたことがよっぽど悔しかったんでしょうよ。あの程度のオツムで、夏希に勝てるわけないのにさ」
憎々しげに言う未緒に、委員長が苦笑を漏らす。
「それだけじゃないよ。僕に言わせれば、おそらくはあれも一種の嫉妬だな」
「嫉妬? 誰が誰に?」
きょとんと問い返す私に、飛島君が横から解説してくれる。
「あの子、悔しいんだろ。秋本さんとの関わりは自分の家の方が古いのに、後からやってきた君が、いわば『秋本家の娘』みたいな立場に収まったわけだから。君が秋本先輩の婚約者になるかも知れない、っていう学内の噂にも、焦りを感じているんだろう」
「…………」
「それに桜庭先輩のことだって、君が巻き込まれたのは、はっきり言って彼の一目惚れが原因だ。それだけを見ても、あの子じゃとうてい顔でも頭でも君には勝てない、ってことの証明みたいなもんだろう? 夏希、解ってないようだけど、君は今現在、学園の噂の中心人物なんだよ。自意識過剰のお嬢様なら、嫉妬しないわけがない」
その論理に、私はただただ呆気に取られるしかない。頭ならともかく、私が顔で勝ってる? 和樹さんの婚約者? ────どう考えてもあり得ない。
「……私、別にそんなたいした顔じゃないのに」
思わずボソリと呟くと、間髪を入れず未緒に窘められた。
「ハイ、それ禁句。夏希、あなた自覚なさすぎよ。だから鷺宮遥香だってあんなに怒ったんじゃない。解ってないの?」
「………へ?」
驚いて顔を上げる。その私に、未緒は諄々と諭すように語りかけてきた。
「夏希、あなたはうちのクラスでも一番の美人よ。香奈子も綺麗だけど、夏希の方が華がある。清楚な美貌、って言うのかな。あの取り巻きどもと違って化粧っ気のカケラもないのに、あの中の誰よりも目立ってたわ。育ちだの何だの、そんなこと関係ない。もっと自信を持ちなさい」
「…………」
考えてもいなかった話に、返す言葉がまるで出てこない。見回すと男の子二人も未緒の意見に賛成なのか、ウンウンと大きく頷いている。
「情報が遅れて悪かったけどね。鷺宮先輩はどうも、自分の容姿にかなりのコンプレックスを持ってるようなのよ。確かにすごく可愛いけど、いかにも幼い女の子って感じがするじゃない。だから、夏希みたいな理知的で大人っぽい美人のことは、まるで天敵みたいに思ってるらしいの。そのあなたから、面と向かって『先輩の方がずっとお綺麗です』なんて言われたら────言われた方は、ただのイヤミだとしか思わないでしょ?」
「はあ!?」
……知らなかった。人とはかくも、けったいな理由で劣等感を抱くものなのか。
私はただ、仮にも二年の先輩に向かって『可愛い』じゃ失礼だと思ったから、『綺麗』って言葉を使っただけなのに。
「噂によれば桜庭先輩の好みもそういうタイプだ、って話だし。現に、今まで彼が引っかけた女の子もみーんなその部類。化粧美人とか、巨乳で色っぽいとか、成績優秀なオトナ女子とか。もしかすると彼女、桜庭先輩から直接そう言われたことがあるのかも知れないわ。だからあなたを見て、あんなに怒ったのよ」
目眩がした。女の子の美しさなんて、本当に人それぞれだろうに。幼かろうが、色気がなかろうが、あんだけ可愛ければそれでいいじゃないか。
頭を抱えて呻いていると、飛島君が宥めるように笑った。
「まあ、そんな天然なところも夏希の良さの一つだけどね。悪いけど、こと女心に関しては、俺たちよりもさらに疎いみたいだな」
「女心って……それじゃまるで、私が女じゃないみたいじゃない。飛島君ひどい」
私の弱々しい抗議も何のその、彼は声を上げて笑い出す。乱暴に頭を撫でられて私はますます深く落ち込んだ。
「だけどまあ────今日唯一の救いは、あの屁理屈に真っ向から逆らう名家組もいた、ってことかしら。私もあれにはちょっと驚いたんだけどね」
「え? そうなの?」
意外な話に半信半疑で委員長の顔を見ると、彼は苦笑して頷いた。
「ああ。主に男子生徒たちだけどね」
「男の子たちが、あの榊原さんに逆らったの?」
「逆らったというよりは、鼻で笑ってバカにした、って言う方が正しいかな。この一週間の君と桜庭先輩の様子を見ていれば、まともな男なら、さすがにあの屁理屈には同意できないよ。特に一ノ瀬君とか周防君とか、日頃から名家組のバカ騒ぎとは無縁の、成績優秀な男子はね」
一ノ瀬君に周防君か。確かに彼らはいつも物静かで、社交の話題できゃあきゃあ盛り上がっているお嬢様たちとは一線を画している。周防君とは席が近いため私も一度だけ話したことがあるが、特に妙な偏見もなく、ごく自然な態度で接してくれているように感じられた。孤高の姿勢を貫き、冷静というよりはむしろ冷笑的に、みんなの背後からクラス全体を睥睨しているような印象がある。
「優、お前は名家間の序列についても少しは知識があるだろ? あいつらはどんな立場の人間なんだ?」
委員長に尋ねられ、飛島君は記憶を探るように考え込んだ。
「そうだな。俺もあまり詳しくはないけど………周防家は確か、規模こそ小さいがそこそこ名の知れた名家だよ。現在の当主、つまり周防の父親がなかなかの人格者らしくて、事業も堅実に業績を伸ばしてるし、社交界でも一目置かれる存在だ、と聞いたことがある。一ノ瀬の家のことは良く知らないな。確かIT関連の、新興の一族だったと思う。あの業界なら古くから続く社交界の名家とは違って、実利本位で動く気風があるんじゃないか? だから俺たちにも、おかしな差別意識を持たずに接してくれるんだろう」
その話を引き継いで、未緒がさらに情報を付け加える。
「うちのクラスには、いわゆる『王子様』『お姫様』的立場の、飛び抜けた存在がいないからね。一説によると、今年の一年はどうやら、社交界的には『不作』の年だ、って話よ。桜庭先輩とか現生徒会長の門倉先輩、二年で言うと秋本先輩や鷺宮先輩、高科先輩みたいな名家中の名家、もしくは大金持ちの有力者、ってのが一人もいないんだって。そのせいで、学年内での派閥争いみたいな、無益なトラブルが少ないのよ。一ノ瀬君や周防君があんなふうに堂々としていられるのも、そのへんが大きいんじゃないかな」
「まあいくら名家でも、男にとっちゃ家柄なんて、さほど大きな問題ってわけでもないからな。そんなことで大騒ぎしてるのは、主に女子生徒たちだけだ。まともな男なら実家の名前なんぞに頼る前に、自分を磨くことに専念するだろう。それこそ一ノ瀬や周防たちみたいにね」
「……なるほど」
飛島君の解説に、全員が納得したように頷く。言われてみれば確かに、派閥だのグループだの、誰がボスだのという話は、男子生徒に関してはあまり聞いたことがない。あの和樹さんだって、「僕の派閥? ないない」と笑ってたし。
「そういうわけで、彼らをはじめとする男子生徒が数人、榊原さんに鋭いツッコミを入れてくれたのは本当だ。そしてそれに引きずられるように、名家側の男はその半数以上が、何となくだが夏希の方に同情している。その反面、お嬢様たちの方は相変わらず、そのほとんどが夏希に対して批判的だな。ごく僅か、例外的に中立というか、どちらにも賛同しなかった女の子もいることはいたけど」
多数決を取ったわけでもないだろうに、都築君はいつものごとく、的確に状況を把握している。議事の司会を務めながら教室全体を見渡し、ひとりひとりの顔色を読んでその結論に辿り着いたんだろう。私たちは全員、彼の人を見る目に絶大なる信頼を寄せているのだ。
「ええ、そんな感じね。でも、中立派の女子はほぼ全員が極端におとなしい人たちだから、あまり私たちの味方にはならないと思うわ。言葉通りの『中立』止まり。別に無関心ってわけでもなさそうだったけど、自分の方から積極的に関わろうとはしないでしょうね」
「それでいいわ。私だって無闇にクラスメイトと争いたいわけでも、全員を無理に巻き込みたいわけでもないもの。関わりたくない人には極力関わらない。もともとこんな騒ぎ、私の方から起こしたくて起こしたわけじゃないんだから」
ただでさえ、自分の問題にクラスのみんなを巻き込み、日々の平和な学園生活を脅かしているのだ。これ以上の面倒は御免被る。
「それで『二分』ってわけか。こっちは一般生と男子の半分以上、向こうは女子の大部分と残りの男子。そして女子数人が中立」
「うん。まさに真っ二つだな。僕としてはちょっとやりにくい」
飛島君の総括に委員長が苦笑いで答えた。返す返すも彼には本当に申し訳ない。
「話は逸れるけど、ツッコミついでに周防君たちが指摘したことの一つが、二週間後の球技大会に関することでね。こんな下らないことを言い合ってる暇があるならその話し合いをするべきだろう、ってさ」
「……あ!」
ヤバい、完全に忘れてた。そろそろ出場メンバーを決めなきゃいけないのに。
私の心を読んだように委員長が頷く。
「そう。僕もうっかりしてたんだけど、今日のロングホームルームではもともと、そのメンバー決めをする予定だったんだ。高杉先生も最初は、この問題にサッサとケリを付けてそっちの話し合いに入れるように、って意味で話をしてくれたんだと思うけど、そこに榊原さんたちが食いついてきて離れなかったもんだから。直前の騒ぎもあったし、僕自身すっかり頭から飛んじゃってたんだ」
「どうするの? 今日決めなきゃ間に合わないじゃない!」
慌てて叫ぶ私を、彼が手を上げて制する。
「しょうがないから話し合いじゃなく、希望者を調整する形で、僕らクラス委員が決めることにしたよ。水野さんには申し訳ないが、明日までに各自、希望の競技を書いて提出してもらって、その中からこっちで勝手に決めるしかない」
「……いいの? 調整がうまくいかなかったらあなたが恨まれるんじゃ……」
恐る恐る尋ねたが、委員長は笑って首を振った。
「大丈夫だよ。もともとあの学校は、この手の行事にはみんな関心が薄いからね。春学期の体育祭の時も、メンバー決めはいい加減だし、出場する人も全然熱心じゃなくてさ。張り切ってたのは良ひとりだけだった」
────名村君。さすがは体育会系。
星城学園では、運動関連の行事が年に二回ある。春学期は陸上のトラック競技を主体とした体育祭、そして秋学期の球技大会。どちらも各学年ごとのクラス対抗戦だ。他の学校なら、該当する部に所属する生徒はその競技に出場できない、というルールがあるのが普通だが、運動部が極端に不振な学校だけあって、そんな規則はまったく存在しない。競技の掛け持ちも事実上無制限。運動部員や、体育の得意な生徒にとってはまさに、一世一代の晴れ舞台だ。
「凄かったわよぉ、彼。いろんな競技を掛け持ちしたあげく、クラス対抗リレーのアンカーまでやったんだけどね。ドンケツから四人ゴボウ抜きで見事一位」
「はあ!?」
秋入学クラスが発足する前だから、一年は確かにAからEの五クラスのみ。ビリから四人抜いて優勝!?
「うちのクラスが一年の総合優勝を取れたのは、間違いなく名村君のおかげだわ。私もちょっと見直しちゃった」
「…………」
────どう言えばいいんだろう。さすが私の友達、と言うべきだろうか?
私の気分を的確に察知したのか、未緒は彼の活躍を語りながらニヤニヤとたちの悪い笑みを浮かべている。開いた口が塞がらない、とはまさにこのことだ。
噂の名選手から到着の連絡が入ったのは、まさにその時だった。
「夏希!」
「か……香奈子? どうしたの!?」
顔を見るなりいきなり抱きつかれて、私はうろたえた。常に冷静沈着、仲間内の誰よりもクールな香奈子が、紛うかたなく泣きべそをかいている。
「ごめんね、遅くなって! 大丈夫だった? もう、心配したんだから!」
「香奈子……」
胸の内に暖かなものが広がってゆく。出会ってわずか一月、それだけのまだ短い付き合いなのに、こんなにも私のことを心配してくれたのか。私もつられて目に涙を滲ませながら、大切な親友をしっかりと抱きしめる。
「ありがとう、香奈子。心配かけてごめんね」
「ううん、夏希のせいじゃないわ。悪いのはあいつらよ。絶対許さない!」
本格的に泣き出した彼女の頭を、共にやってきた名村君が後ろからかき回した。
「コラ、香奈子。それはみんな同じだ、って言ったろ? そのための作戦会議だ。いいからもう泣き止めって」
香奈子越しに私を見下ろして、彼は苦笑いしきりだ。
「来る途中、ずーっとこんな調子だったんだぜ。優がついてるから大丈夫だ、って言ってんのに、まるで聞く耳持たねえんだから」
名村君と香奈子は特に波長が合う。時に繰り広げられる漫才は、いつも私たちを笑いの渦に巻き込んでくれるのだ。未緒は「名村君一人じゃ心配だから」と言ってたけど、今日に限ってはどうやら、取り乱す香奈子を彼の方が支えてここまで連れてきたらしい。その相方から頭を撫でられ、ようやく彼女は照れくさそうな笑顔を見せた。
「さあ皆さん、お食事の用意ができましたよ。すぐに召し上がりますか?」
「おーっ、ありがてぇ! 腹ペコなんだ!」
私たちの様子を窺いながらタイミングを見はからっていためぐみさんの言葉に、名村君が歓声を上げて飛び上がる。時刻は夕方の五時半。ドッと沸いた爆笑の中、ようやく私たちに普段の明るさが戻り、全員で食卓の準備に取りかかった。
いつもの静かな部屋が、今夜ばかりは賑やかな宴会場に変わる。何せ私とめぐみさんの二人に、五人もの高校生が加わったのだ。予備のテーブルと椅子を引っ張り出して何とか全員が腰掛けると、そのテーブルの上一杯に並べられたご馳走の数々に皆が目を輝かせ、さっそく夕食が始まった。図体のデカい男の子も、日頃はダイエットに気を遣う女の子たちも、今日ばかりは等しく飢えたケモノと化し、大量の料理に一斉に襲いかかる。
名村君の豪快な食べっぷりは、めぐみさんをことのほか喜ばせた。誰でもそうだけど、一生懸命作った料理を美味しい、美味しいと言って食べてくれる人は、それだけで料理人から愛されるものだ。予め警告しておいたので、いつもとは比べものにならないほど大量のお米を炊いたようだが、「まあまあ、ご飯が足りますかしらねえ」などど言いながら嬉しそうにソワソワしている。飛島君や委員長の大人びた賢さ、礼儀正しい気づかいにもいたく感銘を受けていた彼女だったが、今日一番のお気に入りは、まず文句なしに名村君だろう。
ちなみに……食事の前、私に促されて自宅に連絡を入れた彼は、電話の向こうのお母さんとひとしきりやり合った後、ケロッとしてこうのたまった。「おふくろが喜んでた。これでお前の分が一食浮くから、今月分の家計が楽になる、だってさ」────思わず、あんたどんだけ食べんのよ、と全員から突っ込まれたことは言うまでもない。何とも愉快な親子だ。
暗黙の了解のもと、食事の間は避けていた当面の厄介事について話が出たのは、食後のお茶を手に全員が居間に場所を移してから。まだまだ食べ足りなそうな名村君を「足りなかったらあとでまた何か作るから」ととりあえず宥め、勉強部屋から引きずってきたホワイトボード(秋本会長はこんなものまで用意してくれていた)の上に、これまでに得た情報を整理しながら書き出していく。
「まあ、とりあえずはこんなとこかな。あと何か、付け加えることはある?」
未緒の問いかけに、香奈子が手を上げた。
「今日ね、美術部の花房先輩から聞いたんだけど。彼女、二年生で鷺宮遥香と同じC組なのよ。花房先輩自身も名家側なんだけど、物静かで優しい人だから、私にもいつも親切にしてくれてね。先輩自身はグループが違うらしくて、日頃あの人とはほとんど付き合いがないんですって。ただ、今日の午後はあの人、かなり落ち込んでいたらしいわ」
「落ち込んでた? 鷺宮先輩が?」
私たちの中でも一番怒っていた様子の香奈子は、もはや鷺宮嬢に『先輩』の敬称を付ける気もなくしたらしい。大胆に呼び捨て、そして「あの人」呼ばわりだ。
「ええ。うちのクラスから戻った後、昼休み中ずっと机に突っ伏して、取り巻きの誰とも話そうとしなかった、って。先輩の話だと、鷺宮遥香自身は日頃からあまり口数が多い方じゃないらしくて、のべつペチャクチャ騒いでいるのはむしろ、取り巻きたちの方だけだそうよ。まるでお姫様に仕える騒がしい侍女軍団みたい、って言ってたわ」
「へえ……ちょっと意外ね。それでよく、あれだけの取り巻きを仕切れるなあ」
暢気な私の感想に皆が呆れたような顔をしているが、人々を御すにはそれなりの言葉が必要だろうに、と思うのだ。そうでなければ人間の集団なんてものは、実にあっけなく瓦解してしまうだろう。人心掌握の初歩だ。
「もしかすると────仕切ってる、っていうのは正確な表現じゃないのかも知れないな。彼女が取り巻きを仕切ってるというよりは、むしろ取り巻きの方が彼女をコントロールしてるんじゃないのか?」
「……どういう意味?」
飛島君の意味深な言葉に、未緒が小首を傾げて問い返す。彼は考え込みながら、言葉を探すようにして話し始めた。
「今日、あの連中を見てて思ったんだけど……鷺宮さんはあまり、自分から矢面に立とうとはしなかっただろ? 夏希を責めていたのは、ほとんどが取り巻き連中の方だ。口下手なせいもあるだろうけど、ボスの割には連中に引っ張り出されるまで皆の後ろに隠れて、夏希に何も言おうとしなかったし」
────確かにそうだった。もしかして、意外と気が小さいのか?
「つまり優は、あの騒ぎ自体がボスである鷺宮さんの意思ではなく、取り巻きたちの暴走だった、と言いたいわけか? お姫さまの気持ちを代弁するために、周りの連中が彼女をうちのクラスまで引きずってきた、って」
「いや直也、俺もそこまではっきりとは言い切れないんだけどね。どうも、それに近い感じがして仕方ないんだ。鷺宮嬢が夏希に怒ってることは確かだし、言いたいことだっていろいろあるだろう。それを察知した取り巻き達が、彼女を焚きつけてあんな騒ぎを起こした。でも彼女自身は結局、言いたいことも上手く言えず、夏希や周りにいた俺たちに言い負かされて、スゴスゴと退散するしかなかった」
「だから午後中落ち込んでた、ってわけか……」
飛島君と委員長の問答を聞きながら独り言のように呟く。確かにそう考えれば、今日の彼女の態度にもある程度は納得できるのだ。
「だいたいねえ、『取り巻き』なんてものは『友達』と違って、ボスのためというより、自分のために取り巻きやってるわけでしょ? スクールカーストの上位者にゴマを摺って、その庇護下に入れてもらう。所詮は打算なわけよ。その意味では、飛島君の言うことにも一理あるわね。ボスをおだてて上手に動かせば、回り回って自分が得するわけだもの。『コントロール』ってのもあながち間違いじゃないわ」
未緒の鋭い指摘に全員が納得する。なんとまあ世知辛いこと。高校生のうちからそんなサラリーマンみたいなことをやってて、イヤにならないんだろうか。
「でも……そうすると、飛島君の言ったことがますます現実味を帯びてくるわね。今後私に対してイジメをしてくるとしたら、遥香嬢本人じゃなく取り巻き連中の方だろう、ってやつ」
ここしばらく、彼女のことを話題にしていていい加減ウンザリしてきた。何がって────名前が長すぎて言いづらいのだ、とにかく。「さぎのみやせんぱい」はもうたくさん。「遥香嬢」で十分だろう。
皆にそう提案すると、彼らも同意見だったようで、一も二なく受け入れられる。まあ香奈子だけは、「『嬢』なんて敬称、いらないわよ」とふて腐れてたけど。
「確かにね。あのお嬢様、育ちだけは良さそうだから、チマチマと自分で嫌がらせするような才覚なんか持ち合わせてないんじゃないの? それこそ、取り巻き連中をアゴで使ってやらせる方がずっとお似合いだわ」
その香奈子からのきついツッコミ。今日一日でよーく学んだ。今後はもう、何があってもこの子を怒らせてはいけない。
「けど、イジメって……具体的には何するんだ? 俺、小学校も中学も野郎どもとばっかりつるんでたから、女の嫌がらせなんてどんなのか判んねえぞ?」
名村君の、いかにも彼らしい発言に女の子たちが一斉にずっこける。でもそれは私だって同じだ。今考えると、私はつくづく周りに恵まれていたと思う。いじめたこともいじめられたことも、この十六年間で一度もない。
「この中で誰かいる? 今までイジメに遭ったことのある人」
「…………」
互いに顔を見合わせる。人当たりが良く成績優秀な委員長、美人で賢くしっかり者の香奈子。立ち回りが上手く情報操作に長けた未緒────誰ひとり、イジメの対象になる要素がない。体育会系健全男子である名村君や、アイドル顔で誰からも好かれる飛島君をいじめる人がいたら、顔が見てみたいものだ。
「私、思ったんだよね。まるで昭和の少女マンガみたいだ、って」
「……え?」
ポツリと呟いた私に、その場の全員が注目した。慌てて顔を上げ、取り繕うように説明する。
「あの連中が、集団で私を糾弾した時に。昔の古臭い少女マンガだったらこういうこともありそうだな、ってね。別に読んだことがあるわけじゃないんだけどさ」
「……確かに。私も聞いたことあるわ。清純派のヒロインをいびるお嬢様の話」
────私が清純派? 勘弁してよ、未緒。
「なら夏希、経験者に訊いてみればいいだろ?」
「経験者? 誰のこと言ってるのよ、名村君。経験者はいなかったじゃない」
「イジメの経験者じゃねえよ。昭和の少女マンガ愛読の経験者」
────はい?
キョトンとした私たちそっちのけで、彼はキッチンを振り返る。あっと思った時にはもう遅い。めぐみさーん、と呼ぶ暢気な声が部屋中にこだました。
「めぐみさん、昔の少女マンガって知ってます? 読んだことありますか?」
「え? ええ、それはまあ……」
「その中で、ヒロインをいびる意地悪お嬢様とか、そういうのってありました?」
「………は?」
振り返ると、彼以外の仲間たち、四人全員が盛大に頭を抱えて俯いている。私は笑っていいのか怒っていいのか判らず、右倣えして同じく頭を抱えた。