12
翌朝、私が教室に入って行くと、すぐ後ろから追いかけてきた名村君に軽く肩を叩かれた。
「よっ、八木沢。オッス!」
「あ、名村君、おはよう。昨日はどうもありがとう」
そのまま、二人連れ立って席につく。すると、彼とは逆の左隣の席にいた女生徒が、私たちの会話に割り込んで来た。
「あら名村君、八木沢さんと仲良くなったの?」
「おう、香奈子。昨日ちょっとな、八木沢が野球部の練習を見に来てくれたんだ」
「へえ、なんでまた……八木沢さん、もしかして野球が好きなの?」
「うん、実は大好きなの。それで、二人してすっかり盛り上がっちゃって」
私は改めて、その隣の女の子に向き直った。スラリと背の高い、ショートカットのクール系美少女。名前は確か……鈴谷香奈子さん。
「鈴谷さんは何か、部活やってるの?」
「ええ、私は美術部。といっても、この学校はあまり、部活には理解がなくてね。活動そのものが停滞気味だから、けっこう一人で描いてる方が多いかな」
美術部か。確かこの学校、そっち系もなかなか優秀だって聞いた気がするけど。
「でも美術なら、ここの売りの一つじゃなかった?」
「まあそういうことになってるわね、一応は。だけどそれって、美術部とはあまり関係のない話なのよ」
「……どういうこと?」
彼女が小声で話してくれたところによると、確かに星城学園は美大への合格率も高いし、その方面で優秀な人材を輩出してもいる。だがそれはあくまで、お嬢様方の道楽というか、単に「星城の卒業生が後に美術方面で有名になった」だけの話。お金と暇があり余っている良家の子女が、自宅で専属の教師に付いて絵を勉強した結果、たまたま才能が開花した、ということであって、別にこの学園の美術教育によって絵の実力に目覚めたわけではないらしい。
「それでも、学校側としてはその評判を落としたくないから、美術関係の奨学金を出したり、特待生を募集したりしているの。私はそれに引っかかっちゃったわけ」
「……引っかかった?」
キョトンと問い返すと、逆隣から名村君が、身を乗り出すようにして私に教えてくれる。
「鈴谷は勉強と美術、両方での特待生なんだ。だから学費も部費も全額免除」
「へえ、すごい!」
思わず感嘆の声を上げる。一分野だけでも大変なのに、両方で特待生とは。
「まあ、うちは皆と違って貧乏だからね。学費はかからないし、絵を描くのに使う画材なんかも奨学金で無料にしてくれる、っていうからこの学校に来たのよ」
「そうだったんだ……。でも、特待生って大変なんでしょう?」
実は編入試験の後で、私にも話があったのだ。あの成績なら、特待生扱いにすることもできるがどうするか、と。
だが秋本会長は、即座にその話を蹴った。特待生になれば確かに学費は全額免除されるが、その代わり常に成績を学年二十位以内に保たなくてはならず、そこから二回続けて落ちれば、直ちに資格が剥奪されてしまうらしい。
「そんなプレッシャーを夏希ちゃんにかけたくはないからね。君ならそれくらいの成績、楽に残せるだろうが、先のことは判らない。たとえば、病気などで長期入院となって、そのせいで定期試験を受けられなかった場合も、やはり資格は取り消しになってしまうんだ。そんなリスクを負ってまで、無理に特待生になんかならなくたっていいよ」
それに、と彼は続けた。────特待生というのはもともと、成績は優秀だが家が貧しくて、星城学園の高い学費を払えない生徒を対象としたものだ。単なる後見役とはいえ、普通に学費を払える私がついている君を特待生にしたら、その資格を本当に必要としている学生から機会を奪うことにもなりかねない。だから、必要のない資格は受け取らない方がいいよ────彼の言葉に、私はなるほどと納得したものだ。その意味では、鈴谷さんのような人こそが、まさに特待生にふさわしいと言えるだろう。
「大丈夫よ。香奈子はメッチャ頭いいから!」
突然、元気な声が響いた。鈴谷さんのすぐ後ろの席にいる小柄な女の子だ。
「中学時代は三年間、ずーっと一位から落ちたことがなかったんだから。このまま行けば、芸大の美術学部だって夢じゃないわ」
「ちょっと未緒。やめてよ、大きな声でそんなこと」
鈴谷さんが慌てて後ろを振り向く。が、未緒────芹澤未緒ちゃんは、そんなことはまるで気にする様子もない。
「鈴谷さんと芹澤さんは、同じ中学だったの?」
「『未緒』でいいよ、八木沢さん。そう、昔からの親友なんだ」
「私も『香奈子』でいいわ。そうね、親友というよりは……妹分、かなあ」
「あーっ、ひどい! 私、背は低いけど同じ歳なのにィ!」
賑やかで可愛い子だ。フワフワの髪をツインテールにしていて、ちょっと前世の親友だった莉子を思い出させる。
「じゃあ、私も『夏希』でお願い。そうか、いいなあ。中学の友達がいて」
「八木沢さん……夏希は転校生だから無理だよね。でもこれから、たくさん友達を作ればいいじゃん。とりあえず、私たちでどう?」
「それはありがたいな。二日間誰とも喋らずに黙ってたら、なんか透明人間にでもなったような気がしてたところだったから。どうぞよろしくね、未緒、香奈子」
私は心底、ホッとしてそう言った。これも会話のきっかけを作ってくれた名村君のおかげか。それとも、気軽に話しかけてくれた香奈子たちの優しさだろうか。
「おはよう、みんな。朝から賑やかだね」
その時、また新たな人物が登場した。教室の前方から歩いてきて、私のすぐ後ろの席に荷物を置く。
「八木沢さん、良かったね。今日は何だか楽しそうだ」
「お、おはよう……飛島君」
爽やかな笑顔、優しい声。均整の取れた長身に長い足、まるでアイドルのような美少年が、私の顔を横から覗き込んでいる。名前は飛島優君。初日、初対面の時点ですでに、思わずドキリとさせられたイケメンだ。
「良、何を話してたの? 俺も混ぜてくれよ」
「オッス、優。別に何ってこともないけど……八木沢と香奈子たちが友達になったらしいぜ。女三人、これから姦しくなりそうだ」
「あはは、そりゃいい。賑やかなのは大歓迎だよ、俺は」
さりげなく髪をかき上げ、楽しそうに笑うと、彼はそのまま私と名村君の席の間に立った。我知らず、全身が緊張する。
「あら夏希、急にどうしたの? 顔が赤いわよ」
「香奈子!」
なんつーことを言い出すんだ、この子は。男慣れしていない────というか、イケメンにはまるで免疫のない私をからかってるのか。
「夏希みたいな美人でも、飛島君の笑顔にはやられちゃった? しょうがないよ、我がクラスが誇るダントツのイケメンなんだから!」
未緒までが尻馬に乗ってそんなことを言う。飛島君本人はまるで気にした様子もなく、単なる冗談としてにこにこ笑っているだけだが。
私は困り果てて、ちらっと彼の顔を見上げた。本当に、滅多にないほどの綺麗な顔をしている。飛島優……どう記憶を探っても、そんな名前はあのゲームには登場してこなかった。ということは、モブキャラ? この顔で!?
「夏希、いいこと教えてあげる。飛島君はね、世が世なら夏希の後見人さんと同じくらい、凄いおうちの出だったはずなのよ。それが、今では単なる一般生徒。人の運命って判んないもんよねえ」
「……どういうこと?」
未緒が得々として語る意味不明の言葉に、私は首を傾げた。その様子を見た飛島君は、やれやれ、と言いたげな顔で説明してくれる。
「うちの両親は、親に逆らって結婚したんだ。だからどっちも、実家からは未だに勘当されてるわけ」
「つまり……駆け落ちってこと? ご両親が?」
「そう。父は長男だし、母はひとり娘だったから、当時、実家の方はとにかく大変だったらしいよ。まあ今ではもう、うちとは全然関係ないからいいけど」
ひどく軽い調子でそんなことをうそぶく。
「そういうこと。もとはと言えばご両親とも、美男美女の家系で有名な名家の出身だから、その血を引いた彼もこんなすごいイケメンだ、ってわけよ。判った?」
つまり………ご両親はもともと、この学校で言えば『七割』側の人だったのに、駆け落ちして勘当されたから、今の飛島君は『三割』側の人になってしまった、ということなのか。
「未緒。なんであなた、そんなこと知ってるの?」
他人の家の事情まで。一般人である(と思われる)未緒ちゃんが。
「おい、八木沢。お前も気をつけた方がいいぞ。未緒の奴は『情報屋』だからな」
「情報屋?」
うんざり顔の名村君の言葉に、またしても首をひねる。
「ああ。誰がどこの家出身か。あいつとこいつが仲悪いのはなぜなのか。誰と誰がいつくっついて、いつ別れたのか────およそこの学校の人間のことで、こいつが知らないことはない」
「つまり未緒は、学園一の情報通、ってこと。敵に回すと怖いよ、八木沢さん」
「…………」
男子二人の解説に、私は絶句した。話には聞いたことあるけど、実際にそういう人っているんだねえ。
「ひょっとして未緒……私の後見人が誰なのか、とかも知ってるの……?」
「もっちろん! 日本を代表する大企業グループの総帥、秋本聡一郎氏でしょ? そのくらい、私が知らないはずないじゃん」
平然と言い返され、今度こそ私は言葉を失った。さっきはてっきり、単なる噂で私が「すごい家の人」に後見してもらっていることを知ったのかと思ってたのに。名家側の連中ならともかく、一般生徒の未緒までがそれを知っている、とは思いもしなかった。これは本気で注意しないとヤバいかも。
ワイワイがやがやと、そのまま五人で他愛ない雑談に耽りながら、私はようやく多少は頭が回り始めてきていた。
名村君と香奈子が一般家庭出身者であることは判った。その香奈子と同じ中学の出身で、こうして気安く軽口を叩いている未緒も、十中八九同じ一般生徒だろう。そして、クラス随一のイケメンである飛島君も、ご両親はともかく本人は一般人。わずか三十五人のクラスメイト中、私の席のまわりにこれだけ一般生徒が集まっている、というのは………とても偶然とは思えない。
見たところ、このクラスの座席は、身長や視力などの関係で多少の調整はされているものの、基本的には名簿順────あいうえお順だ。香奈子と未緒のいる列が『さ』行。そこから折り返し、隣の列が飛島君のいる『た』行。さらに、私の隣が『な』行の名村君。私は『や』行だから、本来の四月からクラスに入っていたら、たぶん彼らと近くの席にはならなかったはずだ。私以外は、こんなふうに一般生徒が固まっているのは偶然なのかも知れないが、そのど真ん中の席に私を放り込んでくれたのは……もしかすると、あの高杉先生の配慮だったのかも知れない。
「ねえ、未緒。あなた、高杉先生のことは何か知ってる?」
「高杉先生? あの先生がどうかしたの?」
「いえ、特に何でもないんだけど………ちょっと、この学校の先生らしくない気がしたもんだから」
あの飄々とした態度、気さくと言うには雑すぎる言葉遣い。あの先生なら、普通の公立高校の方がよほど似合いそうな気がする。
「夏希、いい勘してるよね。あの先生は、この学校では例外中の例外よ」
「例外って、何が?」
「彼はこの学園のOBじゃないの。確か、神奈川県かどっかの公立高校出身だったはず。それに大学も星城とは無関係で、国立の有名どころを出てたと思うよ」
さすがに詳しい。どうやって情報を集めたのか、聞くのが恐ろしいけど。
「それって珍しいの?」
「そうね。出身高校がこの学園じゃない、ってところがまず珍しいかな。そういう先生も何人かはいるけど、その人たちはだいたい、大学が星城系列のところを出てるのよ。高校も大学も国公立なんて先生、おそらく今現在は高杉先生一人だけじゃないかしら」
「そう……」
────何だろう。何か違和感がある。
私にとってはある意味、とてもありがたい担任教師。ちょっと話しただけでも、あの先生が私に対しておかしな偏見を持たず、ざっくばらんに、気持ちよく接してくれていることはすぐに判った。
この学園における例外中の例外。その人が私の担任になった、というのは、何か特別な意味があることなんだろうか。あるいは……誰か特定の人物の意思が働いていた、ということも考えられるのではないだろうか。
それが秋本会長である、とは思えない。彼は大きな力や資産を持ってはいても、基本的に謙虚で常識的な人だ。その人が、一理事に過ぎない学園の人事にまで口を挟むようなことは、まずあり得ないと思っていい。
すべてが偶然、と片付けてしまっていいものなのかどうか。まさかとは思うが、これほどまでに『私に』都合のいい展開は────ヒロインに対するあのゲームの強制力だ……なんて言わないよね?
「失礼、皆さま」
「!」
周りの喧噪の中、一人物思いに沈んでいた私は、突如響いた場違いな言葉遣いに不意を突かれて顔を上げた。すると目の前で、クラスメイトと思われる女子生徒が二人、私を奇妙な目つきで見下ろしている。
「ご機嫌よう、八木沢様」
「……? おはようございます」
────八木沢さま? それに『ご機嫌よう』って……何語だ、いったい。
「ご歓談中失礼いたしますわ。わたくし、榊原瑞穂と申します。こちらは柏木静乃様。ご存じかと思いますが、わたくしたちあなたと同じクラスですのよ」
「はあ……それはどうも。よろしくお願いします」
他に何と言えばいいのか。この人たちが何を言いに来たのか、私には皆目見当がつかない。名村君や香奈子たちも、中途半端な姿勢のまま傍で固まっている。
「それで、何か私にご用でしょうか?」
「まあ!」
向こうから話しかけてきたくせに、私がそう問い返すと、榊原さんは目を瞠り、口元に上品に手を当てて驚いてみせる。
「わたくしたちの名前をお聞きになっても、思い当たることがございませんの?」
「ええ、皆目わかりません。たぶん、初めてお話しする方だと思いますし」
「それはそうですわ。ですがあなたは、秋本聡一郎様のご支援を受けておられる方なのでしょう?」
「はい。それが何か?」
そう返したとたん、彼女は俄かに険しい目つきになった。何だってんだ、一体。
「わたくしどもも柏木様のところも、秋本様には常日頃から、大変お世話になっておりますの。ですから、ご一緒のクラスになったのを機に、夏希様にもご挨拶を、と思ったのですが……どうやら無駄のようでしたわね。秋本様のお身内ともあろうお方が、まさかわたくしや柏木様の名前さえもご存知ないとは、夢にも思いませんでしたわ」
「…………」
これは……もしかしなくても、いちゃもんを付けられているんだろうか?
『わたくしども』というのはおそらく、彼女たち個人ではなく、実家の話をしているんだろう。榊原さんちや柏木さんちの人が、秋本おじさんの世話になっている────つまりは、彼の会社とか仕事とか、そういった話をしているのだ。それを何だって、学校で私に言ってくるんだ? 会長が仕事でどこの誰と付き合おうが、そんなこと私にはまったく、何の関係もないというのに。
「あの、榊原さん。何か誤解なさっているようですけど」
「榊原……さん!?」
────あれ、『様』って言わないと怒られるのかな? 知るか、そんなこと。
「ええ、榊原さん。私は別に、秋本会長の『お身内』じゃありません。あの方は単に、私がこの学園に入るための後見人になって下さっているだけで」
「…………」
「それに、会長がお仕事で誰と付き合おうと、誰の世話をしようと、そんなことは私には一切関係ありませんから。もちろん、相手の方のお名前を聞かされることもありませんし、私の方からもそんなことは訊きません。っていうか、そもそも思いつきもしません。ですから、そういったご挨拶をなさりたいのなら私にではなく、然るべき場所で会長に直接仰って下さい。学校で私にそんな関係ないことを言われても、こっちだって困ります」
「そんなこと、ですって!?」
────ああ、これはキレたな。お嬢様のヒステリー発症、二秒前だ。
「何ということでしょう! わたくしや柏木様の感謝の気持ちを、『そんなこと』と仰るのですか!?」
私は大げさに溜息をついた。
「別にそうは言ってませんよ、落ち着いて下さい。ただ、私には会長の仕事のことは完全に無関係だ、と言っただけです。ちょっと考えれば解りませんか?」
「……!」
「ここは学校です。仕事の場でも社交の場でもありません。私たちはここに、勉強するために来てるんです。親の付き合い云々の話は、どこかよそでやって下さい」
言っててだんだんバカらしくなって来た。何なんだ、このアホお嬢は。
「勉強のため? それにしては先ほどから、下世話な無駄話ばかりが聞こえて参りましたけど。耳障りで仕方ありませんわ。他の皆様方だって、不快な騒音をずっと我慢していらっしゃいましたのよ!」
「それは申し訳ありませんでした。ですが、ここは勉強の場であると同時に、友人と話し合い、親睦を深めることが許されている場でもあります。しかも、今はまだ始業前。授業時間以外なら、非常識な大声でも出さない限り、お友達と楽しく会話することまであなたにとやかく言われる筋合いはないと思いますが」
「くっ……」
まったくもう。この私に口で勝てると思ってるんだろうか。身の程知らずめが。
言いたいことを言って溜飲を下げたとたん、穏やかな声で仲裁が入る。
「はい、両者ともそこまで。榊原さん、八木沢さん、そろそろ始業時間だよ」
「委員長!」
名村君の声に驚く。私の目の前の席から立ち上がった男の子が、私たちを振り返り、宥めるように笑っていた。この人がクラス委員長?
「榊原さん、柏木さん。君たちには残念だろうけど、僕は八木沢さんの言う通りだと思うよ。彼女が自分の後見人の仕事のことまで知らなかったとしても、君たちにそれを責める権利はないだろう。家に帰ってから、お父さんとよく話し合った方がいいんじゃないのかな」
「都築様……」
「何度もお願いしてるけど、その呼び方は勘弁してくれ。『都築君』で十分だし、どうしても呼びづらかったら『委員長』で構わないから。いいね?」
「……判りました。ご迷惑をおかけして……」
「これくらい気にしないで。さあ、席に戻ろう。そろそろ先生が来る頃だ」
鮮やか! 私のように相手を怒らせることもなく、見事に事態を収拾してみせた都築委員長。あくまで穏やかなその表情に、私は思わず舌を巻く。
「私もごめんなさい。クラスで騒ぎを起こしてしまって」
私はその場に立ち上がり、委員長にひとこと謝った。悪いことをしたとは思わないけれど、彼に迷惑をかけてしまったことは事実だ。
「構わないよ、八木沢さん。君の言い分の方が正しい。彼女たちは学校を、なにか別の場所と勘違いしているんだ。だから気にしないで」
去って行く榊原さんたちに聞こえないよう、身をかがめて小声で囁く。これほどの気遣いができる高校生って、滅多にいないんじゃないだろうか。
「直也、ありがとな。それにしてもハラ立つなあ、あの言いがかり」
「おい良、お前も言い過ぎだ。喧嘩っ早いお前が出る前に、場を収めたかっただけだから……もうこだわるな」
私の横から同じくお礼を言った名村君の肩を軽く叩き、委員長────都築直也君は、何ごともなかったかのように笑って席につく。
「災難だったね、八木沢さん。大丈夫かい?」
「ええ、大丈夫よ」
心配そうな表情を浮かべて気遣ってくれる飛島君に、またしても顔が赤くなる。
「だけどよく言ったわよ、夏希。理性的でいい啖呵だった。胸がスッとしたわ」
「ありがとう、未緒。委員長のおかげで何とかなったから助かったけど」
「都築君は調整能力が高いのよ。こういったトラブルを捌かせたら天下一品」
「そうなの? すごいね。感心した」
香奈子の囁きに小さく答え、ふと思いついて聞き返す。
「こんなことがよくあるの?」
「あるわよ。坊ちゃん嬢ちゃんたちのワガママと、私たち庶民の常識の戦い、ってところかしら。彼がいなかったら、とっくにクラスが分裂していたわ」
聞けば都築君は、ちょうど『名家』と『一般人』の中間くらいに位置する家から来ているらしい。だからその双方の事情やら、プライドやらを良く理解していて、どちらの顔を潰すこともなく事態を解決してくれる、というのだ。何と得難い人材だろう。このクラス、もしかするとすごい人材の宝庫なんじゃないだろうか。
そんなことを思ってると、始業のチャイムと共に高杉先生が教室にやってきて、朝のショートホームルームが始まった。