8,ままならぬ子
昼餉の時間を追えた菓子作る神官こと勇者(笑)一行。神官様の養子の一人が勤める鍛冶工房へと歩みを進める。先に行った食堂で店主たる義息子の影の薄さは見なかったことにしている、地域の交流の場としての一面や寡婦という社会的弱者救済の場としての一面を見て、まぁいいかと問題を見て見ぬ振りをしたとも言う。
とりあえず奴も幸せそうだし、気がつくというのは幸いとは限らない。そういうものである。
食堂に食べに来た面々の中には件の鍛冶工房の若い衆がいたので評判を聞いてみると、皆に出来が良いと可愛がられているとの事。親方(工房長)にも、彼がいると仕事が捗るとか・・・・・・・・技の方はと聞けば、『まぁ、まだまだなのは仕方ない・・・・・・・・』と口を濁された。
養い親である勇者(笑)も半年くらいでは鍛冶の深奥に至るにはと納得する。が普通に評判は良い事に気を良くしているのは親バカなのだろうか。
「神官さん次の兄弟分はどんな奴なの?」
新入りの孤児っ子は質問してくる、口が悪いが気にすることはなく
「次に向かうお前等の兄貴分は近隣の村の野鍛冶(農具などの生活用品を主にする)の子なんだが、親父さんが死んで再婚したのが行商人。行商人は彼の素質を見て商人として育てようとしたのだが、反発してな鍛冶として生きるんだと家出して私の所に駆け込んだんだ。読み書きとかは私が仕込んだ縁なんだが・・・・・・・・中々意地っ張りな奴だぞ。腕の良い鍛冶の親方の所に弟子入りしたいから紹介状を頼むと言ってそのまま押しかけ弟子になったんだ。」
「行き成り弟子にってその親方大丈夫なんかい?」
「読み書きそろばんは中々出来が良かったから商人としては大成しないまでも暮らしていけると思われていたんだろうな。だけど本人に流れる鍛冶師としての血は鉄と語らう事を望んでいたんだ。その辺で親とぶつかってな・・・・・・そのままでいるよりは鍛冶として仕込んだ方がと私が紹介したんだ。親子とは言え道を違う事もあるんだ、それでいがみ合ったままだと不幸だろ。鍛冶としての筋は悪くないはずだ、悪かったら今頃追い返されているだろうし。」
「鍛冶以外の腕がよくてそのままだったらお笑いだね。」
「それ笑えないから・・・・・・・・・・・・・・」
それって旗立て?(by文芸神)
「そんなのやめぇい!」
「神官さん何叫んでいるの?」
「世の中には叫んででもとめなくてはならないものがあるのだ。」
それが無理だと知っていてもか?(by盗賊神)
「うぐっ!」
「おにーちゃん、何か心当たりあるの?」
「ぐぬぬ、ちょっと読み書きそろばんと作業工程の効率化と会計業務を・・・・・・・・・・・・・ちょっと教えたらすぐに飲み込んで楽しくなってつい・・・・・・・・・」
職人系の必須技能である。作って終わりならばどれだけ腕がよくても素人である。職人は自分の作品を売るのである。売れる作品を数多く作らないとだめである、ひとつの工程が終わると同時に次の工程に速やかにつなげられないとだめである。職人は段取りが命である。
「師匠、それは普通に即戦力用の教育では?」
「ついつい教え甲斐があるから色々仕込んだのは否定しない。職人だからって騙されたり馬鹿にされるのは癪だしな。」
ついつい勇者(笑)は遠く遠く離れて帰ることのできない故郷の職人達の置かれている状況を思い起こして防護策を過剰に教えているらしい。職人馬鹿では飯は食えない、最低限経営を覚えなさいと・・・・・・・・・・・
その経営で職人から道を離れてしまっている子供達はそこそこいる。商家に雇われていたり役人になっていたり、昨日の小役人もその一人である。彼も左官に弟子入りしていたのだが街の青年団を差配しているのを目をつけられ役人にと推挙されたのである。大事なことなのでもう一度いうと彼の本業は左官である。
彼等は駄弁りながら街を往く。道往く街の衆の挨拶を受けたり雑談を交わしたりゆるりと進む、目的地はあるのだが急ぐ必要はない。勇者(笑)は孤児っ子達の顔見せも兼ねて連れまわしているのである。孤児だから胡乱な者だと思われては宜しくない、街に受け入れてもらえるように連れまわし色々な事をさせている。今では神官さん所の子と認知されており近所の悪餓鬼と比べて仕込が良いと可愛がられる様になっている。多少のいたずら程度は近所の悪餓鬼と共にやるのだがそれはそれ。
そうしているうちにも目的の鍛冶工房にたどり着く。
「親方いるかい?うちの子の様子を見に来た。」
他所の子なのにうちの子扱いしている勇者(笑)の声に
「神官さん!」
と当の家出少年の声が応じる。
元気に働いている姿を見てほぼ目的は達している。
「店番を任されるようになるまで精進しているようで何より、元気にやっているか?」
「はい、まだ鍛冶場で作業はさせてもらってませんが兄ぃ達に研ぎとか道具の手入れとかも教わっています。」
「うんうん、華々しいところではないが道具の手入れは大事だ。よい道具というのは名工の手によってなされたものではなく善く手入れされて使いやすくなっているものだ。作られて直ぐに良い道具になるのではなく手に馴染んでこそ良い道具になるのだ。道具と共に研鑽していくことを忘れるなよ。」
「はいっ!親方ももう少ししたら一息つけることが出来る筈ですから、茶でも飲んで待ってませんか?」
「うむ、取り立てて急ぐ身でもないし邪魔するぞ。」
「「「おじゃましまーす。」」」
家出少年改め鍛冶屋の見習いはそばにあった火鉢で沸かしてあった茶を師匠と兄弟弟子達に振舞う。
少々熱いが歩いて喉が渇いたところに良い馳走である。茶請けも欲しい所であるが贅沢であろう。
一年近く鍛冶工房で勤めている見習い少年は道具の段取りとか客あしらいを覚えていてこれじゃ商人の義父の言っていたのと違わないなとぼやいてはいるが、その辺は親方に話してみるとしようと約束する。
本人の希望と現状との差というのは見習いのうちは良くぶつかるものである。どうして仕事を任してくれないのかと腐ってしまう若者のなんと多いこと多いこと。
そんなことを話している間にも客足は途絶えず少年は良く応対をしている。
剣を求めている騎士爵の子息にも臆せず親方と話すならば暫しお待ちいただけますか?と茶を振舞いながら待たせ
「私を待たせるのか?」
と意気こまれても
「申し訳ございません、鉄は熱いうちに打たないと良い仕事が出来ませんので。騎士様も剣の腕を鍛えるのによき時期というものがございましょう。お急ぎのようでしたら私がご用件を承りますが?」
とかわす。年下の少年が理にかなった返答しているのに無理強いをするのは宜しくないと騎士爵子息は
「では、暫し待たせてもらおう。剣が出来上がったかどうかを聞きに着ただけだ。おや、神官様何故にこちらへ?剣とか縁のないではないですか?」
「騎士爵殿の所の次男君か、私はそこの少年の顔を見に来ただけですよ。一応紹介した手前親方に迷惑かけていないかと心配になりましてな・・・・・・」
「少年ならば私に対しても礼に失することなく見事に捌いてくれていましたから親方の迷惑とはなりませんでしょう。私の従士としても欲しいくらいです。」
「彼に武技の才はないですから従士にはどうかと・・・・・・・・」
「武技の才だけが必要とされるものではないでしょう・・・・・・・・・」
と世間話を交わす。賢しい子という物は重宝されるものだ、賢しいと自信過剰は似ているようで違うから気を付けなければならないが。
子供達は子供達で店に飾られている武器を見て見習少年の誇らしげな説明に関心の声を挙げている。少々セールストークになりかけているのは見なかったことにしておこう。自分の作る物売る物に対しての知識がなければできないのだから。
暫し時は過ぎる。奥の工房からは焔の歌声に槌打つ響きが途切れぬことなく流れ、鉄焦がす熱と作品に向き合う職人達の熱気が伝わってくるようである。奥から伝わってくる熱気に襟元を緩める勇者(笑)に硬い所がある青年騎士は額の汗をぬぐうばかりである。
雑談を交わしながら更に待つこと暫し、鎚打つ音が止み工房から親方が出てくる。
「おぅ、待たせたなぁ。」
背は左程高くない物の長年の鍛冶仕事で節くれだってがっしりとした腕を持つ親方は客の姿を見るなり挨拶をする。職人仕事は途中で抜けられない事を知っている勇者(笑)や理解した青年騎士は気にすることはないとばかりに返す。
「今日はどんな用事だい?」
青年騎士の方は注文だろうが神官さんの方は茶飲み話にでも来たのかと思って質問する。
「次男君、君の方から用件を済ませな。私の方は本当の茶飲み話だから。」
「それでは失礼いたしまして・・・・・・・・・・」
青年騎士の用件はほんの一言二言会話する事で終わる。予め注文している物の状況確認なのでそれほど時間がかからない、彼にして見ても期日通りに物が納められれば十分なのである。早いことには越したことはないのだが・・・・・・・・・・・剣の方も良い出来になりそうという事で期待感を隠さないで
「では、よろしく頼む。」
と立ち去るのである。
「親父、騎士のにーちゃん新しいおもちゃを心待ちにしているみたいだったな。」
「実際新しい武具という物は心躍る物ですよ。」
「ずいぶん物騒なおもちゃだね。」
「これだから男って・・・・・・・」
「まぁ、そう言ってくれるなお嬢ちゃん。女だって服とか宝飾品とかに心躍るだろ。」
「そりゃ、そうだけどさ・・・・・・・」
「騎士の若いのが興奮して心ときめいてくれるおかげでわし等も飯が食えるってもんだ。」
子供達よ、武具に限らず。新しい道具とかって心躍る物だぞ。(by工芸神)
某騎士爵の次男坊君の興奮はさて置いて、神官さんこと勇者(笑)の訪問の理由を親方に説明する。
「此奴はよくやっているぞ。道具や注文をよく片付けてくれるおかげで作業に専念できる。」
ガハハと笑いながら見習の子の頭をガシガシ撫でる親方。可愛がられているようである。撫で方が荒くて頭がもげそうになっているのを除けば。
「お、おやかた。あたまがもげるもげる・・・・・・・・・」
「そういえばこの子の腕前とかはどうなんですか?」
「ふむ、下積みと店番ばかりさせていたからな、お前研ぎは欠かしていないな。」
「はい、親方。」
「では研いだ短刀を見せてみろ。」
がさごそと店の片隅をあさって一振りの担当を持ってくる見習。それを見分して親方・・・・・・・
「ふむ、明日から一つ打ってみるか。」
見習少年、喜色満面に
「はい!親方!」
師匠が一つ弟子の成長を認めた瞬間を見て勇者(笑)は目を細めて。
「良いのが出来たら私が一つ貰いましょう。」
と最初の客になろうとする。
良い職人は客によって育てられる。(by鍛冶神)
物を判っていないのだと職人が潰しかねないからな。
数日後、出来上がったかなと覗いてみると
不貞腐れて店番をしている見習少年の姿を見る。
どうしたのかと聞いてみると
「俺が技教えてもらえるのは早かれ遅かれ決定事項なんで兄ぃ達も含めて皆喜んでくれたんだけど、俺の代わりに店番を任されていた兄ぃ達、帳簿は計算間違いだわ、予約の記録は取っていないわ・・・・・・・・・・・挙句の果てに客と喧嘩するとか・・・・・・・・・・俺が店番してないと店が大変なことになると親方直々に頼まれて、俺技を学びに弟子入りしたんだよなぁ・・・・・・・・」
彼は腐っていた。
彼の話を聞いた義父(生母の再婚相手の行商人)は客あしらいとか経営に関して才があるんだなと自分の目利きを確認しつつ、同情するべき状況なんだが笑いが止まらなかったという事は後々の話。
意地になって彼が鍛冶仕事をする日は店は作業中と言う事で店休日となっているのは笑っていいのか良く判らない話。この提案は勇者(笑)が仲裁策として挙げたものである。そうでもしないと彼は他の親方の所に駆け込み弟子となってこの店自体が大変なことになると工芸神殿自体が泣きを入れてきたのである。
そんな笑える後日談を知らない死霊っ子(元)は弟分(になるのか不明)のちょっとした成長を
「ちゃんと頑張ってよかったね。」と勇者(笑)に言いながら帰るのである。




