30.世界の中心であほと叫んだけだもの
【魔王軍】所属中隊長待遇、世界会議使節団護衛隊隊長である黒狼族の月喰は故郷を遥か離れて異境の地である【聖徒】にて一人懐郷の念に浸りながら杯を重ねる。
彼の故郷は【魔王領】の中でもさらに辺境にあり、世界の端から端まで移動した気分になる。これほどの距離を移動するとは人の欲と言う物に恐ろしさを感じたりもする。遥か父祖の代、彼等は【狭間】を踏み越え【魔王城】のそばまで踏破してきたのだ。そして今は、我等【魔王軍】が使節団を遣すのだから欲張り加減で言えば我等も大差ないのだろうなどと酔いに身を任せた考察をする。
「黒狼の旦那、お代わりは如何ですかい?」
「うむ、貰おうか。醸造酒というのは土地土地ごとに味わいに違いがあるものだな。」
「そりゃそうでしょうとも。取れる穀物が違えば水も違う、作り手も違えばそれだけで多種多様な物が出来上がりましょう…………旦那の国に所属する人外の種類を考えればそっちの方が多くの種類の酒ができないですかい?」
「そう言われればそうであるがな、酒は竜族に鍛冶倭人、鬼族の面々が買い占めるんで自分の所で醸した物くらいしか呑めぬのだ。【魔王城】に勤めた時には世界にはこれほどの酒の種類があるのかと驚いたぞ。それでも旅をしているうちに村々ごとに違う酒があるというのは面白いものであるな。所で主人、この酒はちと味わいが違うようであるがどのような酒であるか?」
「これですかい?【聖徒】の酒というにはちと違うのですがねぇ、旦那もよく知っている【菓子作る神官】様の奥方の片割れが【北国連合】風の麦酒の醸し手であるのはよく知られておられましょう。かの奥方がこの地において手慰みに醸したものがこれなのですよ。旦那も旅路に同道していたのに飲めなかったんですかい?」
「我はそれほど飲まないから機会がなかったのだよ。まぁ、我等が来訪する前から各国の外交官だのが屯していて供給量が追いついていなかったというのが正解なのだが。我等の中にも雷竜公だの巨人だのがいて奥方には苦労をかけてしまったかも知れぬな。」
実際、醸造所の増設を計画していたりするほどであったのは否定できない。
「となるとお歴々の方々が愛飲されていた貴重な物なんですねぇ…………孤児院の子達が小樽で運び込んでいたんですが…………」
月喰の時は静かに流れていく、姐さんの麦酒の他に雑穀の濁酒等もお気に召したようだ。
酒場には酒を運び込んだ醸造所の小僧共って孤児院にて見知った子達の面がいるのはなるほどと思う、それぞれに何かかきこんでいるのはご愛嬌ということか。運び賃かお手伝いのお駄賃かそれで普段食べることができないものを食べるという、子供らにしては大人の味を一足早く挑戦する冒険をしているのだろう。
店主の方も判っているのかいないのかほほえましげに眺めつつ、ついつい利益度外視で出しているのは良き話である。愛い子供達が食べているのは良い、幸せそうにがっつくのは健康な子供と食べさせるだけの食べ物がなければできないことなのだから。
群れの子供達を大事にする性質を持つ狼系獣人である月喰も子供等が大事にされていることに人族では分かりずらい狼顔を緩ませて幸いなる様を眺めている、だけど黒いもふもふ尻尾はゆらりゆらりと喜びを表している。この種族は尻尾を見れば期限がわかるから賭け事にはあまり向いていない。
とはいえ狼系を賭け事のカモにするものは【魔王領】には存在しない、それはとてもヌルゲー過ぎて楽しくないことである。まれに、それすら利用するつわものがいるから恐ろしいことであるが。
子供達のそばには屈強なる【極北戦士】が飲みに来たのか番をしているのかわからぬ酒盛りをしており【極北】の地では味わえぬ味を楽しんでいる。
孤児っ子達の方でも【魔王領】でも最近名前が挙がってきている若手調停者『玉章の子』が傍らにて子供達を見守っている。
「ねぇねぇ、玉章にーちゃん、この料理おいしいね。教母の作るごはんよりもおいしいよ。」
「そりゃ、本職だからね。教母様には言っちゃいけないよ。お前等のために色々頑張っているんだから、それに教母様の御飯がまずいわけじゃないだろう。」
「うん、こっちの方が美味しいけど。」
「今度は教母様を連れてみんなで行けるように頑張って稼ごう。」
「うんっ!」
玉章少年も含む子供達の微笑ましい様に月喰は相好を崩す、姿形は人族と違っていても彼は好漢の一人である。【魔王領】にも人族はごく普通に存在している、【魔王勇者戦役時代】立地条件側や交友関係から【聖王】と敵対せざる得なかった者の子孫や商売その他で移住してきた者もいる。居住地の制限とかあるがごくごく普通の国民としているのである。
他を見渡すと酔漢ばかりである。狼頭は珍しいのかじろりと見られるが話しかけるほど度胸のあるのはいないらしい。酒場で一人というのもさみしいものだと思いつつもそれなりの酒を楽しむ。
異国の酒場にて独り、杯を傾ける。次は酒好きな鬼族の部下でも連れて行くかとも思いながら紫色した濁り酒を飲む。そこに一人の若い女性が…………
「玉章しょうねーん!ひどいのよ、あの厨房魔導師が開発した【脂質燃焼魔力変換】術式!あれ女性が使うと胸部から脂肪が減っていくの!ひどいと思わない!」
ぶぶっーー!!
いつも冷静な玉章少年から飲み物が噴き出す音がする。酒場中の酔漢達も思わず聖女の胸を見る………
「なぁ、聖女様の胸って変わっているように見えるか?」
「いつもぶかぶかの法衣だからわからないな。」
「そもそも、あの服だと太っていてもばれないだろう。」
「それは言えてる。はははははっ!」
「そもそもあったんか?服屋のお前知ってるか?」
「おいおい、そんなこと言えるわけないだろうが。聖女様がかわいそうだ。」
無礼な事を言っている酔漢は聖女の睨みを受けてあわてて視線をそらす。
滅多な事では人族では表情の読めない狼頭でも狼狽の色が見える。彼も酔漢達と同じような不埒な考えをしたのだろう。
その間に噴出した飲み物を自ら拭いて冷静さを取り戻した玉章少年は
「何故、私に話してくるのですか?そもそもここは酒場で不特定多数の面々が屯している所ですよ、そんなところに供回りも連れずに単身乗り込むなんて何しているんです。」
「え、えっと…………」
「愚痴を言いたいならば聞くのはいいんですけど、普通に私が神殿に寄った時でも構わないでしょうが、明日にでもよる予定でしたし………………」
「あ、あははははっ…………今すぐにでも聞いてほしくって………つい…………」
まさかの聖女様が説教されている場面に酔漢も酔いがさめている。孤児っ子達の一人が気を利かせてか【神殿協会】まで迎えをよこすように走っていくが、すぐに護衛と付添いの女性神職を連れて戻ってくる。
その間にも
「聖女様、最後に聞きますけどどうしてあの術を使われたのですか?【脂質燃焼魔力変換】の術は命を削る危険性のある危険な術であるのですよ。それを高々減量如きに使うなんて馬鹿なのですか命知らずなのですか!」
加速していく玉章少年の説教に うわっ!踏み抜きやがったよ…………と月喰は尻尾が丸まってきゅんとしてしまったのは仕方ないことである。
「え、えっと…………ちょっと、魔道具の魔力充填したら魔力が切れてしまって…………そんな時にお菓子作りで手を切って…………ちょうどよいかなぁって…………それでも減量如きっていうのは女の子に言っちゃいけないよ。」
「…………普通に傷薬使ってください!あの術は本当に危険なのですから!師匠だって死に掛けたんですから、それこそ丸々太っていたのが即座に骨と皮だけになるくらいに…………これから療養神殿行きますよ!聖女様の健康状態が心配ですから…………癒し手さん達にどれだけ馬鹿なことをしたかしっかりと説明して絞られてもらいましょう。」
「え、えっと…………私は大丈夫ですし…………そこまで大事にされるのも…………」
「ちょうど体を絞りたかったのでしょうからついでに絞られてきましょう。」
「ちょっと、その絞るとは違う気がしないでもないのかなぁ…………って、思うのですけど…………」
「そうですねぇ、最近菓子を食べすぎのようですから菓子の差し入れも………………」
「そ、それは…………最近の楽しみなのに………神殿の御飯美味しくないのに…………おねーちゃんにお菓子抜きなんて酷い事しないよね。」
「私としても心苦しいのですが聖女様の体重を増やして健康を損ねるなんてあってはならないことでありますから。摂生に努めないといけませんね。さぁ、参りましょうか………お付の方々も申し訳ございませんがお付き合いいただけませんでしょうか。」
いきなり駆け込んできて馬鹿な事を言っていた聖女の腕をつかんで療養神殿へと連行する玉章少年。
残されたのはぽかんとして酔いの覚めてしまった酔漢達と孤児っ子達であった。
「うん、飲みなおすか…………亭主、一杯もらえるか。」
黒狼族の月喰はどうでも良いなと飲みなおすのである。
後日、菓子作る神官の元に訪れた月喰は茶の用意をしてくれた死霊っ子(元)に
「……………という話が合ったんだよ。この術の存在を知った使節団の副団長である古妖精族の長老格が『なんて禁術!そのような命を使い捨てにする恐ろしい術は使用禁止にするべきだ!』と息巻いているし………なんかどっと疲れたよ、遅き約束嬢。」
「月喰さんも妙な所に出くわしちゃったんだねぇ…………どうりで最近玉章が食薬学(食事療法を主とする医療術)を学んでいたんだ………太らせてから痩せさせる………なんか乙女の大敵ね。」
「乙女の大敵か………そりゃぁいい。少年は様々な女性を連れているしな。ある意味否定できんだろう………で、お嬢さんは彼はどうなんかい?」
「………うーんとあたしは若返ったおにーちゃん(美化120%)ならばいいけど、ちょっと物足りないかな。よくよく考えたら聖女様のために学ぶなんて、聖女様も愛されてるね。これって一種の痴話げんか?月喰さん、食わないよね?」
「あほかぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!そんなもん食わんわ!それに俺は犬じゃなくて狼だぁぁぁぁぁ!」
魔王軍中隊長待遇、使節団護衛隊隊長月喰の叫びは【聖徒】の街並みに響くのであった。
狼の叫びを聞いて死霊っ子(元)はこれでタイトル回収とメタなことを………
「考えてないわよ。」




