27.ゆうしゃは過去の物となり
当代の聖女様は癖のない灰銀色の髪を軽く束ねた細身の女性である。美少女かと言われると三割くらいの者が疑問符をつけるが多くの者に親しまれている。
とある口の悪い異世界人達(ヤマトニホン系異文化圏出身)に言わせれば
「美少女コンテストには入選しないが普通に良い子として爺婆連中にかわいがられる子。」
「ベストテンから外れるけど付き合うならばこんな子って感じじゃない。」
「そう、それだ!エプロン姿で迎えられたいなって…………」
「うんうん、わかるわかるぞ。でも【聖女】だぞ、エプロン姿で迎えられるのって………」
「そこそこ、酒飲みながら馬鹿話している異世界人共。一応、君達は平民で聖女様は【神殿教会】の重鎮だぞ。そこらの町娘みたいに言うでない。不敬である。」
「「「はーい、すいませーん。」」」
「あと、エプロン姿でって件はどのような意味かね?」
「え、えっと………俺はエプロン姿で『ただいま』って迎えられたらいいなぁと憧れで。」
「エプロン云々言ってないですけどちょっと台所に立っている姿になごんだり、そんな彼女がいればいいなぁ………」
「お前ら二人は…………同じ男として判らんでもないが一応場所を弁えろ。」
「「神殿兵長さんすいませんでした。」」
異世界人二人のお辞儀は90度綺麗にそろっていた。
「で、お前は何を言いかけていたんだ?」
「え、えっと…………【聖女】様って…………料理の腕前が飛ぶ鳥が落ちると言うか………あまり得意でないそうですから…………あの、その………ご相伴にあずかるのは………先日の説法会ですごい回れ右してるから………」
「ちょ、おまえ………」
「友よ、召喚前から考えると長い付き合いだったがお別れの時が来たようだ………」
「流石に飯マズだけで女の子を貶すのはどうかと思うぞ、俺だったら聖女ちゃんが作ってくれた飯だったら劇毒物でも平らげる自信はあるぞ。」
「おまえら…………全員不敬罪だぁぁぁぁ!」
口の悪い異世界人達はしょっ引かれた。罪状は【不敬罪】【機密漏洩罪】
「不敬罪は兎も角、機密漏洩罪は違うだろぉぉぉぉぉおぉぉぉぉぉぉ!」
「機密でも何でもないだろぉ!暗黙のお約束じゃなかったのかぁぁぁぁぁ!」
「俺、飯マズとか飛ぶ鳥を落とすとか神々もさじをなげるとかいってないだろうぉぉぉぉぉぉぉぉぉっぉ!」
はいアウト………
玉章庶子の元に色々依頼が来る。主に菓子作る神官を称する性悪異世界人勇者(笑)が仕事を修行の名目で押し付けるからである。交渉事は美味い飯を出す店を用意して勝手にやってくれと……因みに飯がまずくするような真似をしたら店を出禁にすると言い含める。
【聖徒】は美味い店が少ない…………単純に材料不足というよりも住民が清貧思想に毒されて切磋琢磨する事を忘れている所なのだろう…………他所では普通の店が美味として持て囃されているのがその証拠だと師匠である菓子作る神官や彼の弟分である『注文の多き料理店』の料理長が言っているので間違いない。
「こっちの二方には………『喧騒酒場』で席だけ用意して存分に喧嘩してもらって……ご婦人方がいる場での食事には酒を入れたら………某伯爵夫人も某伯爵令嬢も酒乱で戦闘狂の気があるからなぁ…………物理説得なんてされたら色々な意味で問題あるから………なんで、私こんなことしているんだろう………」
玉章庶子は年に似合わぬため息をつきながら淡々と処理していくのである。
傍から見れば異世界人よりもチートっぽく…………やらかしているのに本人は気が付いていない。
縁故でなんとか誤魔化していると本人は言うだろうが、その誤魔化しが出来る者と言うのはなかなかいない物である。
先日の聖女に対する菓子制作依頼の営業も純粋に【聖女】の名誉の為に良い物を用意した方が宜しかろうという提案だったのだが聖女個人に対する人格攻撃になってしまったのは悲しきすれ違いである。
「うーん、聖女様に対して詫び何を用意すればいいのかな?」
そこで悩む彼は年相応の顔であった。
そんな彼に【神殿教会】からの便りが
『【聖女】様に対する不敬表現で異世界人への罰は何が宜しいのか?』
思わず彼がツッコミ入れてしまうのは悪くない。
「何で私がこれを捌かねばならないんだ。」
師匠である菓子作る神官とその類縁に聞いても
「聖女様関連はお前の担当だ。」
「別に無視してもいいんじゃない?」
「料理が下手だからってここまで言うのは叩いて再教育しないとまずいんじゃない?」
「当代の聖女様ってそこまで料理がダメダメなのかした?」
「浮草、聖女様は経験がないだけで下手ではないぞ。玉章が食べているけど生きているではないか。」
「師匠、食べたら死ぬのは下手以前の問題でしょうが!」
「おにーちゃん、聖女様不器用なだけで飯マズじゃないから………」
「遅き約束嬢、腕を振るって聖女様の心へし折って言うセリフでは……………」
「…………うん、あれは悪かったって思ってる。」
「それ自体は経験の差だと説明したんだけど【神殿教会】から『飯マズじゃない聖女様を』なんて声があって………次代の候補に挙がっているんだけど………どう断れば…………前世は【導きの死霊っ子】で神々の覚えめでたくて、神々ですら一目置く師匠の秘蔵っ子って扱いで、聖女としては最上の素材じゃないですか。その次の聖女は可愛そうですけど……………」
「ちょ、ちょっと!なんであたしが………」
「それはやめた方がいいとは言っておいたけど、なんか大変そうで………教えの再編がとか対【魔王領】との在り方がとか………ほとんど師匠のせい…………」
その師匠は顔を背けて誤魔化している。
苦労性が染みついている玉章庶子は件の異世界人に対しては
『私がちゃんと料理を教えているから飯マズではない、食べさせて教え諭せばよい。』
と返答する。ついでに聖女様に
『料理が不得手なのは知っているけど人々の口に挙がるほどほどひどい物ではない事は私が知っている。神々ですら飯マズなどと謡う事があっても私はそれに対して反論いたしましょう。美味しい物を食べさせたいと願う貴女の心は一つ一つ作る度に善き物になっているのですから。』
と文を綴り、気晴らしになれば宜しいのですが貴女の為にと一輪の花を模した焼き菓子を用意する。
「玉章、それ少し気障すぎない?」
「でも、師匠はこれをやって姐さんに鼻で笑われているから大丈夫でしょう。」
聖女様は玉章庶子の手紙と菓子を受け取って、自分お菓子がまずい等と言ってくる声に対して世界を相手に反論してくれるとちょっとうれしくなってにへらと笑みがこぼれる。
「聖女様その菓子って」
「玉章の子が私の為だけにって………」
「まぁ、それって……」
「羨ましいですわ、恋愛感情抜きであっても世界を前にして貴女を守るって言いきって貰えるなんてすばらしいですわ。」
「そして飯マズと言ってくる無粋な異世界人に対して味で黙らせろなんて、聖女様の事を信じてなければ言えませんわね。」
誤解が加速しているのは気にしてはいけない。どうせ自爆するのは玉章少年なのだから。ちなみに聖女、『私の為に』であって『私だけの為に』ではないぞ…………
多分その声は聞こえていない気がするが。(by極北神)
でもこの菓子だけは『彼女の為だけに』用意されたものでありましょう。(by極光神)
あの型枠だけでも用意するのに結構掛かっているぞ、『彼女の為』に用意するっていうのも甲斐性がないとできないと思うが………(by鍛冶神)
むしろ、ちょっと落ち込んだ女の子(?)の為に前々回の【紅鮭港国金貨祭】の上位優勝者の型枠用意するなんてどんだけよ。(by小寒神)
その型枠を頼むときに『これを頼めるのは貴方しか知らない…………』と願いこんだのはすごいわね。職人某が無茶ぶりと金貨に驚いているは面白かったわ。どうしてという声に『傷つけた女に詫びに行くのに花を携えるのが嗜みだが、ただの花だと面白くないだろう………どうせならば世界にただ一つの花を用意するのが男というものだ。』とか言って職人某の遊び心を出させて『その花を送ったことで色々後悔するくらいのものを用意してやる。色男、捕まったり刺されたりするなよ!』『でもうちの師匠は菓子の花を送って奥さんに鼻で笑われていますよ?』『どこのへぼに型枠を頼んだんだ?それ?』なんて熱いやり取りがあったわ。(by恋愛神)
でも本人には純粋に謝罪の意味合いで恋愛感情がないと…………(by大寒神)
そんでね、件の職人某、玉章の真似をして小さな銀細工の花を用意して気になる女性に『馬鹿ね、あんた。』って気持ちごと受け取ってもらって新婚さんよ。なかなか気障じゃない、見た目鍛冶倭人なのに………(by恋愛神)
そこは祝ってやれよ、恋愛神…………(by鍛冶神)
「きいてよぉ!玉章!聖女様ったらあんたにもらった菓子を散々に惚気ているのよ!周りも盛り上がって大変よ。」
「それ本当ですか?あの菓子の型枠を利用して女性相手の交渉事の場を盛り上げようと思ったのに…………もう一度型枠を依頼するか………それ以前に少し神殿周りに近づくのは控えるか………街に戻ろうかな。」
「色々手遅れな気がするし覚悟決めたら?逆玉の輿よ。」
「【聖女】の引退後って形ばかりの年金と神殿の閑職が普通だから逆玉の輿と言えない気がする。結婚引退する人も多いらしいが…………角の酒屋の大女将も元【聖女】だし、西南門子爵の奥方も【聖女】の肩書をいただいているんだが。」
「なんか【聖女】って良い所の御嬢さんの箔付けに使われてない?」
「お付の御嬢さん達も半分以上は権威づけなのは否定しない。色々学んでおいたり人脈作ったり、男性陣も【神殿】関連で修行してからという流れになっているしね。光の神官様のそばに控えている若い神職達はほとんど貴族の坊ちゃん連中、平民出身もいるけど実務方に流れているね。そんで目ぼしいのが貴族連中が陪臣に取り立てるとか言って引っこ抜く。」
「引っこ抜くって大根じゃないんだから………そうなると孤児院で孤児っ子抱えていた某貴族様も」
「うちの孤児院も【神殿協会】の施設の一つと思われているんでしょう。師匠も仮にも神官様ですし………」
「仮にもって師匠でしょう。神官様らしいところ見たことないけど………」
古い付き合いである死霊っ子(元)にも言われていればどうしようもないことである。翌日、料理の指導とご機嫌伺いに言った二人は聖女様や光の神官様に雑談としてその話をしたら
「えっと………菓子作る神官様は祈りを捧げるお方ではありませんから、行動で示されるのでございましょう………と思いますわ。」
「彼は神々の接待役と言う重要な役割があってだな。見た目は肥えた生臭坊主で実態もやはり生臭坊主だが、世を善に導いているのだから神官としての役割を果たしているといえるだろう。こっちにも神々来てもらえるように願ってくれとか少し儀式を格式ばってくれとか、司書嬢をかばうのはそろそろ限界なのでそっちで引き取ってくれとか、数字に強い子をもっと寄越してくれと文官と軍部から突き上げ来ているのに寄越してくれないとか…………玉章君、君神殿に来てくれないか?遅き約束嬢も大歓迎するぞ。君達ならば即『祭司』か『教導師』、遅き約束嬢ならば【聖女】でも………」
「光の神官様?少し話が…………」
「おっとすまない………まぁ、考えてみてくれ。後君達の弟妹分でよさげなのも見繕ってくれると嬉しい。」
「神官様、なんか義姉がすいません。まさか第二伯爵家のご子息を叩きのめすなんて…………」
「不正を持ちかけて返り討ちにあうのは自業自得であるが、せめて奇妙な縛り方で股間に『椎の実』と書いた紙を張り付けておくのはやめてほしかった。下品だと老女(ここでは女性達の束ねを意味する)が卒倒して大変だったんだ。」
「重ね重ね済みません…………」
「第二伯爵家のほうも件のご子息殿が引きこもったまま出てこないのだよ…………と苦情が出ていたり会計部門から復帰を求める声が………嫁の貰い手無いからここで手に職つけろとか説得したのが即座に沈められたが。」
「でも、よく生きてましたね?義姉は前に素手で聖騎士さんを沈めたことがあったんですけど………」
「……………えっと、なんで司書になりたがっているのか疑問だが。」
「義姉曰く本の匂いがたまらないし文字に囲まれているだけで幸せなんだとか………会計業務で切れたなんて事は………」
「あははははっ……………そ、そんなことはないだろう。それとなく聞いてみるが………」
菓子作る神官の養女、通称:鉄拳司書嬢は現在傷害罪で奉仕作業の罰を受けております。数日後、伯爵家との示談が成立したということで自由の身になる。
「ねぇ、地の文がうまいこと言ったとドヤ顔しているのが感じるんだけど、自由の身ってそっち?」
「義姉さん、普通、お偉いさんと揉めて仕事そのまま続けられるって方が難しいから……」
「しくしく、しばらく家事見習い………」
「それは無職って言うんだ。無職!」
「義弟が冷たい…………」
話は戻って光の神官様曰く
「それはそうと先日、うちの聖女が飯まずだと馬鹿話をした異世界人がいてその処罰をどうすればよいかと…………意見を聞きたいと手紙を出したのだが考えてきてくれたかね?」
「私って飯マズの印象が拭えないんだわ。こんなに頑張っているのに遅き約束ちゃんにも負けて………」
「いや、彼女本職ですから普通に負けて当然…………」
「実際問題聖女様が飯マズでも問題はないのだが、それを公共の場でバカにする者がいるという事実が問題なんだ。で、玉章君の意見を聞きたい。」
「実際の話罰としては数日の奉仕作業とか銀貨数枚程度の罰金が相場だったと思いますが、普通に聖女様の手料理を食べさせて改心させる方が外部の受けが良いのではないでしょうか。」
「ふむふむ、少なくとも信徒達の好感度が上がり慈悲深さを演出する上でよい案だ。勿論、色々策を隠してあるのだろう。」
「策と言えるものはないんですけどね、異世界人の出身がうちの師匠とほぼ同郷らしいから懐かしい味を用意して食べさせてあげるというのはどうでしょうかね。一応、彼等とも話を通しておいて公の場で発言を撤回する段取りはつけますけど…………」
「うわぁ、この男二人汚い………」
「私の飯マズが政治に利用されてしまうのですね…………」
「汚いとは失礼な。朝に水浴びしたばかりだ。」
「この私が指導したのに飯マズなんて言わせるわけないでしょうが。聖女様、貴女の作るものは未だ精進と途中であることは否定致しませんが絶対飯マズではないことを指導役である私が神々に誓って断言いたします。それに相手のことを思いやって色々用意するのは良い事でありましょう。神々の教えの一つ原典は忘れましたけど『相手の立場になって考えてみましょう。それは幸いの道。』と説かれております。聖女様相手に失礼すぎることかもしれませんね。」
「そうなのね、相手のことを調べたりするのは喜びを与えるために必要なのですわね。」
「そうです、聖女様は無知なる異世界人共を教え導くのです。噂に惑わされて女性を傷つける愚かさと貴女の料理の素晴らしさを………」
「なぁ、遅き約束嬢。この聖女様、箱入り過ぎて心配になってきた。」
「性根は良い方ですから周りが支えればいいんじゃない?それに今まで年頃の女性扱いされてないからかもしれないけど玉章に絆されてない?周りもなんかそういう生暖かい目で見ているようだけど………むしろ彼が刺されないか心配ですね。」
「うーむ、良い所の御嬢さん(婚約者付)が多いから男性との接点が少なかったのがまずかったか………後で老女(女性達の束ね役を指す)とも相談してみよう。」
「あたしそういう相談受ける柄じゃないんだけど……………」
そして公開説法日、神殿の司会が
「この善き日に皆々様におかれましてはご参加頂きまして厚く御礼を申し上げます。今日は愚かしい事に聖女様の作る料理が不味い等と不届きな事を申し上げる不埒者が居りましたので彼等の舌でその真偽を知らしめんとこの場を用意させていただきました。確かに歴代の聖女様方の中には料理が不得手な方が……………居られたかも知れませんが、それでも全ての聖女様が料理が不得手、作るものが劇物な訳御座いません。当代の聖女様は料理経験が乏しいかもしれませんが決して飯マズではございません。とはいえ、百の言葉を尽くすよりも一つの料理にて示した方が愚か者達にもここに参加されておられる方々にもわかりやすいと思われます。聖女様も『私がそのように思われていることはとても悲しい』と仰られておりますが愚かな者に厳罰を与えることは良しとせず教え諭されるために御出で為られました。皆様方の眼で以てどちらの言が正しいのか見極めてください。」
司会の口上に色々思うところがある信徒達は心に棚を作るのであった。
件の異世界人三人組が引き出され聖印の前で祈りを捧げる。
聖女様は大鍋に用意された煮立っている中身に茶色い粉末を入れる。そして味を見て刻んだ葱と乳脂をいれてひと煮立ちさせてから器によそり差し出す。
「さぁ、温かいうちにおあがりなさい。」
ぷわぁん
立ち上がる汁物の香りに誰だろうか
ごくりっ
とつばを飲み込む音が響く………
ずずずずずっ…………
器から汁をすする音が響いて…………
器から顔を上げた異世界人達は
「うめぇ…………」「この味…………二度と会えないもんだと思ってた。」「かあちゃん………」
泣いていた。
異世界人達は泣きながら食らい食らいながら泣く、たった一杯の汁物が彼らの中の懐郷を引き出している。
程無くして器が空になってのを見て聖女様は
「お替りは?」
「「「いただきます!!!」」」
異世界人達は器を掲げて即答した。
おかわりが注がれると同時に玉章庶子が
「お前らにはこれも必要だろう。」
と白米の飯を山盛りでだした。
「「「ごちになります!」」」
と一口汁をすすっては山盛りの飯に挑む、その姿は絶食の後のようでありはしたないと思うものがいるだろう。飢えているかのように食べる姿に眉をひそめる者がいるのを気が付くと玉章庶子が
「皆々様にちょっと考えて欲しい事があります。皆様方の多くが聖女様は料理が不得意だとうわさを信じておられたと思います。その事を信じて彼女の用意した菓子を避けておられた方、勿論菓子が苦手な方もおられましょう、清貧を旨として辞退されるお方もおられましょう、でもまずいという噂だけを信じて自らの舌で確かめることもせずに認識する。その事は貴方が聖女様の立場ならば貴方はどれだけ悲しく思われるでしょうか、どれだけ悔しく思われるでしょうか…………懺悔の言葉は要りません、それは貴方方一人一人の心に深く刻み込んでおいてください。聖女様はお優しいお方です、人は皆間違える事があるものである事を知っていて皆様をお許しになられるでしょう。聖女様は気高き心を持たれるお方です、料理が不得手で飛ぶ鳥が落ちるという雑言でさえ自らの技量を高め払いのけるのです。とは言え料理自体はつい最近まで経験されたことがないそうでひと月前でしたら飯マズと言っても………」
「ちょっと!そこばらさないでよ!」
「おっと、失礼いたしました…………」
信徒達の間から思わず笑いがこぼれる。
「話がそれましたね、私は教えを説くことが出来るほど年齢も経験も積み重ねておりません。わが師である菓子作る神官の教えに触れることが人より多かっただけの孤児であります。我が師はあまり覚えがよろしくなく素行もお世辞にも正しいといえない私に対して辛抱強く説かれました『誰かに殴られたら嫌だろう、誰かに良い事されたらうれしいだろう。だったら誰かも殴らずに大事にするのがよいね。』命令ではなくて問いかけでした。私はその時はよくわかりませんでした、今でもよくわからなくて考えることがあります。ちょっと考えてみてください、聖女様が飯マズであるという噂は彼女に対して云われ無き暴力を振るっているのではないかと…………剣ではないから優しい、石もて打たないから問題ない、拳を振り上げないから暴力に非ず…………果たしてそうなのでしょうか?言葉には力があります、行いにも力があります。貴方方一人一人には力があります。少し考えてみてください、貴方が力を向けた先で誰かが傷つくことがないかを…………神々は貴方方に心と力をお与えになられました。思うのは自由、振るうのは自由、でもちょっとだけ考える時間をください。思いは力になり力は結果をもたらす、ほんのちょっとだけ優しい世界になれますように………」
玉章庶子の騙りは静かに静かに沁みていくのでありました。面白半分に噂に流されていた者達は優しい聖女様達(対外的表現)を苦しめていたのかとちょっぴりだけ反省したのであります。
そして異世界人達は
「「「申し訳ございませんでした。」」」
ときれいな土下座を決めるのであります。
「まさか、ここで味噌汁が飲めるなんて!」
「飯マズだなんて言って本当に申し訳ございませんでした。」
「ああ、帰りてぇなぁ…………懐かしいなぁ……。」
「本当に申し訳ありませんでしたぁぁぁぁあ!」
口々に詫びを入れる異世界人達に聖女様は
「女の子に飯マズなんて言っちゃ、メッだよ。」
と茶目っ気たっぷりに注意を与え許すのであります。
許しを得た異世界人達
「俺たちみたいなのが願うのはだめなんでしょうが………」
「なんですの?」
「後ろでじっと鍋を見ている子供達にもこの味噌汁分けてやってもらえませんか?」
異世界人達の優しき願いは正しくかなえられるのである。
聖女様は子供達を呼び寄せると鍋の中身を振舞うのであった。
むしゃむしゃがつがつ…………
一心不乱に食べる姿は愛いものであり善きものである。食べる元気のある子どもと食べさせる食べ物があるからである。
まぎれてご相伴にあずかっている玉章庶子は
「ふむ、もう少し大蒜を利かせた方が………でも、この場合だと生姜の方が………」
と料理の反省点を挙げ始め異世界人に
「なぁ、少年。聖女様の料理うまいじゃないかなんでだめだししてるんだ?」
「そりゃ、私が教えているからには飯マズを抜け出しただけで満足してもらっても………」
「本職の料理人を仕込んでいるつもりか!」
突っ込まれる。
「あっ、そういえば別に飯マズじゃないと証明できればいいんだっけ。」
「玉章、少し頭冷やしたら?疲れているんだよ。」
「うん、そうする…………」
死霊っ子(元)にダメ出しのとどめ食らって静かに退場するのであった。
そんな、玉章庶子と異世界人の事等どうでも良いかのように聖女様は子供達の幸せそうに食べる姿に満足している。それを見ている大人達は………この分だと俺たちに当たらないなとあきらめ顔である。
そして後日、
「玉章少年!『飯マズ』の噂が収まったけど『飯テロリスト』って噂が流れて悪人扱いされてるんだけど…………どうしよう!」
「そこまで責任持てません。」
「そんなぁ~」
聖女様は立派な『飯テロリスト』にジョブチェンジした。その様子を見ていた死霊っ子(元)はそういえば町の孤児院の看板に『飯テロリスト養成所』なんていうのもあったなと現実逃避するのであった。




