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26.料理が苦手な聖女様

【聖徒】に到着して早々、産婆の婆さんに遭遇した勇者(笑)一行。その鷹揚なる態度に民達の認知度とか色々上がっている。【人族連合】最古の民であり誇り高く【人族】全般の範であれと自ら律して…………等と言われているが実際の所どこにでもいるようなただの人である。

それでも知己を取り上げてくれた婆さん、若しくは自らを取り上げてくれた婆さん………縁は無くとも母子の為に駆け回る婆さんを是とする行いは善き物として受け入れられるのである。



「これは偽善じゃないか!」

等と言う酔漢もいるのだが

「人の為になる善と書いて偽善という!」

言った(つっこんだ)異世界人(ヤマトニホン系異世界人、勇者(笑)に非ず)がいたがそばに居た神職が

「異世界人さん、それ言語系統が違うから通じないよ………でもね、『やらない善よりやる偽善』そっちの方が通じるから。で、そこの酔っ払いさんは少々お酒が過ぎているようだね。菓子作る神官さんは甘いお人だよ。道をふさがれて難儀している婆さんがいるならば行列の一つくらい止めてくれたりするよ。一度戦争を起こそうとした国を叩き潰したの覚えている?」

「嗚呼、成程………神官さんのおかげで呼ばれたけどお呼びでないと…………俺勇者より成り上がりの方が趣味なんだからちょうど良かったけど」

「その割には安酒場でくだ巻いているのは」

「俺はこれからビックになるんだ…………」

「むりだね」

「だな…………でもよう、神職さんや神官さんは私欲のために止めてねぇか?名誉というよりも誰かの幸いの顔を見たいとか?」

「その私欲って問題ある?」

「うーん…………」

「私欲を押し通すだけの能力(ちから)があるってことかな?俺の壁か……」

「その壁大きすぎないか?」




多くの国の者達がこの地に訪れて話し合う、ほとんどが利害調整なんだがそれが一番大事である。面子を保たせる条件はいかほどなものかとか時間をかけて話し合う。平和とは戦いと戦いの合間の休憩時間であるなどというものがいたかもしれないが今回の休憩時間はまだ余裕がある。

場を作るのは菓子作る神官、振る舞うは菓子と茶、力で決着をつけるのならば戦以外の方法でやれと叩きつける………実にこの話し合いで利益闘争がないのは【魔王領】だったりするのはある意味皮肉である。

「まぁ、茶でもどうだ…………」

「いただこう…………」

「で、何が問題なのだ?」

「この地があれば我が国が飢えずに済む。」

「あの地があれば、もっと栄えることができるのに………」

「えっと、交易というのは?」

「それだ玉章庶子!」

「おいっ!大の大人が喧嘩でものごと決めるな!」

玉章庶子は某二か国から礼状を頂く事になったのだが………あまりの馬鹿馬鹿しい内容に焚き付けに使ったのは実に彼らしいことである。ここで出世なんかしたら実家の方が何と言ってくるか、一応は縁を切ったとはいえ面倒くさい事に………貴族にでも取り立てられた日には仕事押し付けられる………


「玉章のにーちゃん、手紙だよ。」

「…………この封蝋の紋は…………」

遅かったようである。手紙の方も長々しい挨拶やらなんやらを除くと

『上手い事やっているではないか、一口かませろ。』

であった。

「にーちゃん、頭痛いの?」

「ああ、頭痛が痛い。」

「そん時は姐さんママにお薬もらったら?」

「そうする。」


玉章庶子が姐さんに頭痛薬をもらいに行ったときたまたまいた菓子作る神官と悪相卿だの色々……

話を聞くなり


「一枚かませるに値する人材ならば幾らでも欲しいなぁ…………」

「この場においては様々な人材が欲しいところであるし書記とか、玉章の家だと書類に強かろう。」

「うむうむ、元々文を綴る家柄であったしな【聖王家】の祐筆だったかな。」

「そうであったな、即戦力が来るわけだ。玉章庶子、これこれこういう人材が欲しいと手紙を出すがよい。」

「存分に出世の材料を用意してあげるとしよう。」

「世に燻る人材の発掘も貴族の仕事であろう。」

「世のため人のためなりたいという申し出は無碍にできませんですから」

「そうであるな神官殿。善意の申し出はありがたく受けるのも度量というものだ。」


その後【聖徒】に送り込まれた玉章一族の若者達は世界平和の為の一助として多くの者を支えることになるのであった。

「うん、これで私はお役御免だ。」

「ああ、玉章君にはまだ仕事があるよ。孤児っ子達の束ねとかこっちの案件の立会とか………」

「…………悪相卿」

「将来的には私の跡を継いでほしいものだ。」

玉章庶子の未来は確定しつつある。



そんな日常を送りながらも菓子作る神官は地元の孤児院を訪問しては彼等に必要なものを融通するよう書類を綴ったり、教えを垂れたり………神官らしい事をしている。

「ねぇ、神官さん。俺ら【聖徒】で保護されたのにどうしてこっち来たんだ?」

「こっちにも孤児院立派なのあったよねぇ。」

「僕も神官様ン処行きたかったなぁ……」

「そういえば不思議だねおにーちゃん。」

「単純な話【聖徒】の孤児院収容人数が………少ないんだ。今建て増し中というか【聖徒】の郊外に土地を手に入れて建てる話が出ているんだ。千年も経てば壁の中だけで賄い続けるには狭くなるだろう。見出したのが今は亡き前東南門卿、美食剣士殿だ。かの御仁とは縁があってな狭き所に押し込められるより技を身に付けられるようにと私の所に送られたのだ。」

「なるほど…………」

「そのうち僕らも神官さん所にお世話になったりして………」

「あはははははっ、今でさえ私は引退寸前の老いぼれなのにそんなわけあるまい。」

「おにーちゃん、それフラグ。あたしだってそのまま転生の輪に乗れると思ったのに冥界神様にこき使われたんだよ。」


こき使ったとか人聞きの悪いこと言うな。(by冥界神)

でも事実である。


孤児院の方は元気に育っている。菓子作る神官が時折のぞきに着て目を光らせているし、うまく育った子を斡旋すれば小銭稼ぎにはなる。

少々設備が老朽化して手狭なのは致し方ないが元気に楽しく育っているのはよいことである。孤児っ子の守護者である菓子作る神官は毎日のように来訪しちょっとしたお菓子と色々な話をするのである。ついでに子供達の進路相談も受け付けていたりするのはご愛嬌。神官の縁故は大事である、職員達もそのおこぼれに預かって人脈を作ったりしているのは笑い話。


「師匠、【神殿協会】から説法の依頼が」

「うむ、一度くらいは受けておかないとまずいか。」

「なになに、先の産婆と母子が無事であることを…………なんか便乗して高感度をあげようとかというのが見え見えだが…………後、配る菓子の作成依頼…………こっちが面倒だな。うちの子達を連れてきて正解だったか…………作る場所が…………」


【神殿協会】からの説法の依頼は少々面倒であるが神官としての勤めを

「おにーちゃん神官だったんだねぇ……」

「おねーちゃん、それは言っちゃだめだよ。街の人だってお菓子屋さんの親方くらいにしか思っていなかったんだから。」

「孤児院の院長先生じゃ?」

「孤児院の先生ならば神官らしいことじゃない。」

「醸造所の所有者………は姐さんママか。浮草ママは剣と礼儀の先生だし………」

「神官ってどんなことするの?」

「なにするんだろう?」


子供達の疑問は【神殿協会】の神職さんにも回答が困難だったのは別の話。仕える神ごとに求められる役割が違うし兼業神官が多すぎるのである。

治療者や慈善事業、技術者に政治家、教師なんていうのはよく見かける話で売春婦の元締めやら賭場の親方なんていうのもいるのだからこの世界の神官は幅が広い。

そう考えると菓子作る神官の孤児院とか醸造所とか菓子店というのは普通………?


依頼を受けたからには菓子だの説法の原稿だの色々準備することがある。孤児っ子たちも準備に駆り出されるのである。【聖徒】の孤児っ子も便乗して手伝いに混じっているのはご愛嬌、おやつに釣られてとも言う。

そんなこんなで当日を迎え、件の産婆の婆さんと赤子を抱いた一家が地域の顔役に伴われて礼拝するための広場に呼び出される。

「うんうん、愛いものであるな。うちの子達はだんだん生意気になってきて手に負えない。」

「神官様の養い子達はみなかわいらしくてよい子ではないですか。」

「わしのところにも弟子として一人くらい融通して欲しいくらいだな。」

そんな中で【聖女】が挨拶に来る。

「菓子作る神官様、久しゅう御座います。こちらに来られないからすっかり神官としての勤めを忘れられているかと……って、すごくや………変わられましたね。」

「これはこれは聖女様、私のような隠居爺を捕まえて仕事しろとは………少々、勤めを果たし過ぎて痩せてしまったので養生したいところなんですがね。」

「あらあら、このやせ具合、ふた回りくらい違いますわ。後で教えてくださいませんか?」

「聖女様目が………本気すぎて怖いのですが。」

聖女様の本気の目は顔役達が引いているし、御付の女性達は私達もと真剣である。美容は女性の永遠の課題なのだなと赤子を抱いた母親は聞き耳を立てているのは笑い話としておこう。


そして礼拝と説法会………は恙無く終わり、赤子のお披露目と緊急時には産婆の道をふさがないようにとのお願いがされたりする。そんな最中に

「すまねぇ、婆さん来てくれ!うちのかかあが急に産気づいて!」

と産婆の婆さんが連れ去られるのは間が悪いというか………

「えっと、聖女様…………産婆の務めということは望まれてくる子供が生まれて来るということで目出度い事ですよね。」

「え、ええ…………出来れば正面切ってではなくて少し配慮が欲しかった気がしますが、動転しての粗相ということで笑って収めておきましょう。ということで来場の皆様、騒々しい闖入者さんの子が無事生まれますように暫しの祈りにお付き合いいただけますでしょうか。」

聖女の提案に否という声はなかった。


祈りの後で振舞われる菓子

「聖女様がご用意された菓子である。皆の者ありがたく頂戴なさい!」

と進行役の神職の声に誰も菓子を受け取ろうとしない。

「なにを遠慮しているのです?」

そんな中で一人の信者が

「えっと、聖女様の菓子ですよね…………だ、だいじょうぶなのでしょうか…………死霊も避けてという話が。」

「大丈夫だよ、うちのパパが作っているんだもん!菓子作る神官謹製だよ。」


ざざっ!


菓子を求める人の列がすばやく出来上がった。

「ちょっと!それってないんじゃない!私だって人並み程度には料理が出来る………はず。」

信徒達の顔をそらして視線が泳いでいる、実によく訓練された信徒達である。

色々ひどい信徒の対応に聖女様涙目である。


「おにーちゃん、この聖女様って料理できるの?」

「うーんと料理の腕前の話は聞いた覚えはないが………」

「パパ、何でみんな聖女様のお菓子を嫌がるの?」

「それはね…………」

菓子作る神官が子供の問いに数十年前の聖女が料理の腕前がひどくて死霊が冥界に逃げ出した話をする。

「じゃあ、それって今の聖女様のせいじゃないと思う。ひどいよいね。」

「ああ、まったくだ。」


「皆して酷いですわぁぁぁぁぁ!」

聖女様は涙目で叫んでいる。


あのときの聖女の菓子は酷かった。(by厨房神)

死霊たちが列をなしてくるから何事かと思ったぞ。(by冥界神)

一番酷かったのは最後の………(by光明神)


信徒達は聖女の叫びを敢えて聞かなかった事にして菓子を受け取るとそそくさと気まずそうに去っていく。


「神官様!私彼等を見返してやりたいですわ!料理を教えてくださいませんか!こんな汚名がついたままだと引退してからもらってくれるところが…………」

「聖女様おちついておちついて……………」


説法会自体は無事終了したのだが聖女の心に深い傷跡を残すのであった。





翌日から執務の合間を縫って聖女の料理修行が始まるのである。

「…………聖女様、それ入れすぎです。」

「っこの位で?」

「ドンだけいっぱい作るのですか!」

菓子作る神官が色々時間がないときは玉章庶子が指導役として教える側に回りなんだかんだと腕前が上がっていくのである。


「ところでなんで貴女達まで?」

「聖女様、あの菓子作る神官様の菓子でありますよ、覚えて置いて損はないじゃないですか!」

「花嫁修業できているんですからひとつくらい覚えていても。」

「ご一緒するのはだめですか?」

なんだかんだと女性神職やら貴族の子女も交えての菓子教室と化しているのはご愛嬌。そんな中で一番筋が悪いのは聖女様だったというのは救い所のない話である。


「家庭用ならば十分ですが外向きには私が作ります?」

「玉章庶子…………私の女性としての尊厳は?」

「料理の腕だけが貴女の存在価値ではないでしょう、日々心砕かれて世界の為に祈り行うのが貴女の素晴らしい点なのですから………料理くらいなんてことありませんよ。もし私がいれば作りますから」


腕前は悪くないんだが良くもない聖女様を慰める玉章庶子それを周りの女性陣は


「ねぇねぇ、これって?聖女様口説いているの?」

「うわぁ、玉章ちゃんちょっと若いけどいい男だし結構悪くないんじゃない?」

「うんうん、聖女様もそろそろ考えたい時期ではあるし………」

「神官様の縁故で各国のお偉いさんも認めるほどの有能さでしょう、これは私つばつけておこうかしら?」

「私も彼から乗り換え………えっ!目が怖いんだけど」

「あんた抜け駆け?彼がいるなんて………」

「裏切り者がいるわ。」

「そういうあんただって婚約者いるでしょう。」

「そういえばそうだったわ。」

「どっちもいない私って………」

「男なんて星の数ほどいるから………」

「どんまいっ!」


口説いているのかとなまらあったかい目で見る。


「私の為に菓子を作るって………それって………」

「はい、業務委託承ります。」

「…………うん、そんなことだろうと思ったわ。」



聖女は心の中で泣いた。周りの女性達もちょっと引き気味である。

「あれ?私何か間違った事言ったかな?」

「うん、間違ってはいないけど、間違ってはいないけどちょっと聖女様がかわいそうというか………」

「あとでおねーさんたちとおはなししようね。」

「えっと、なんか目が怖いんですけど。」

玉章庶子はおねー様方に説教されるのである。ちょうどこの場は神殿、説教部屋には事欠かないのである。


うん、これはないわぁ(by恋愛神)




この顛末を知った菓子作る神官と彼の奥さんたちは養子が将来刺されるんじゃないかと心配しながらつい笑ってしまったのは致し方ないことだろう。

とりあえず侘び代わりに次の聖女様の説法のときに菓子を共に作って聖女の菓子がまずいという汚名返上だけはしないと拙いかなと菓子作る神官は案ずるのである。

「師匠、私何が拙かったんでしょうか?女心とか言われたけどどこがどう拙かったのかわからなくて………」

「うーん、なんというかな。奥さんたちよろしく。」

「あんたねぇ………とりあえず、年頃の娘さんを無意識に口説かない!あとは…………」

「沿うねぇ、自分のためだけに何かして上げれうといった後で…………それが商売とあげて落とすのはかわいそうですわ…………」


その様子を見て死霊っ子(元)は血のつながりはなくても似ているところがあるのねと溜息をついた。




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