25.聖徒入りしても騒動は止まらず
【聖徒】からの召喚状はその街にいる外交系貴族達にも配られていた。言うなれば『いつまで、遊んでいるんだこのバカ!』といったところであろう。ここで色々済ませればいいじゃないと言いたい所だが【聖徒】で待ちぼうけを食らっているのもいるし、悪相卿の体調次第で滞っている部分が………
「世界は進んでいる、誰もその流れを止めることはできない。だけど、その流れを遅らせることはできるのだ………」
「師匠、何言っているんです?」
「おにーちゃん、どうしたの?」
「なんか言わないといけない気がして」
「世界の流れ滞らせたのは師匠なんだろうけど。」
「それをしなければ悪相卿というかじ取りがいなくなって世界は迷走するだろうが、世界も少しは考えてほしいものだ悪相卿亡き後のことを。」
「神官様、勝手に殺すでない。」
旅立つに際しては悪相卿をはじめとする貴族の面々は大したことはない、荷物をまとめて向うだけである。だけど根を下ろしている菓子作る神官こと勇者(笑)は残された子供達やら何やらの段取りをしなくてはならないのである。
「こっちの取引は大丈夫、毎年入金することが確認できたよ。」
「読み書きの方は町の神職さん達が持ち回りで手伝ってくれるって。なんかめぼしいのを狙っている商業神殿とかあるけど問題ないよね。」
「狙っていると言ったら伯爵様が文官ほしいって………それよりも………貴族様両脇の兄弟分抱えるのは!お持ち帰りはだめです!」
「ううっ、この子達がいれば当家はもっと栄達できるのに………」
「ちゃんと父上に確認を取ってください!って、お前等も素直に抱え込まれない!」
「だって、三食昼寝付きで一日銀貨一枚だよ。」「陪臣とは言え貴族籍貰えるんだよ。」
一番面倒だったのは菓子作る神官を父と慕い麦酒醸造家の姐さんを母と慕う子供達である。彼等は離れる事を厭い駄々を捏ねるのである。ある程度年齢を重ねた子供は兎も角、小さい子供達は受け入れがたいモノなのであろう。
それだけ親としての丹精をつぎ込んだかわかる話である。菓子作る神官こと小さな孤児院の代表であり孤児っ子と彷徨える死霊っ子の守護者として名を馳せる勇者(笑)は渋々子供達を旅に同道させることになるのである。子供等としても親を失って頼るべきところが彼等しかいないので離れるのはとても不安なのだろう。
「姐さーん!一緒に来てくれない。」
「あたしは醸造所があるから離れられないだろ。」
「それが赫々云々で…………」
「仕方ないわね。醸造所は職人達に任せるしかないね。」
「姐さんすまねぇ。」
「お人好しなあんたと一緒になったから覚悟は決めていたよ。まぁ、醸造所はあたしの代わりはいるけどチビ共には変わりがいなんだろ。考えるまでもないね。」
「うちの嫁さん達は男前すぎてちとつらい………」
「世の男共が根性無しなんだろ。」
その評価はちょっときついと思います。
「私としては夫である神官様がオカンすぎて立場がないんですけど。」
「浮草、君は子供達に愛されているのだからそれで十分であろう。」
【聖徒】への旅路はのんびりと始まる。平和の道筋が整えられている世界で利益調整以上の役割は余り求められていない。それが一番の仕事と言う話もあるのだが、話し合いがまとまるには時間が必要である。主に関係各所に説明する時間が………その仲立ちをしていたのが悪相卿で………真面目すぎる彼は真正面から相対して体を壊してたのは喜劇と取るか悲劇と取るか
勇者(笑)の養い子達は半数ほど同道する事を望んでいる。貴族共の旅路に細々とする事が出来る人員が多ければそれはそれで楽になるのだが如何せん幼い者が多すぎて………戦力にはなるのだが…………働きぶりを微笑ましく見られたりとかこんな幼い子を働かせてとか色々な評価を受けてしまうのは仕方がないことである。
とは言え、【荒野の民】が先導し【極北戦士】が護衛をし、【砂塵の民】が付き従い【人外】共が群れている一行を誰が襲うだろうか?否、そんな無謀な事をする者はいない。
そうして、彼等の旅は大した騒動もなく終えるのである。
「おにーちゃん、私もついてくる意味あるの?」
「死霊っ子(元)、家に帰りたかったか?それならば送ってくれるのを用意するが…………私としては一緒にいてほしいのだが………」
「おにーちゃん!」
「お前がいないとチビ共が寂しがるとか数字の面で差配するのに楽だとか………」
死霊っ子(元)にジト目で睨まれるがどこ吹く風で受け流す勇者(笑)、
「我が君、妹分に対して言うことでは…………」
「浮草、この宿六は照れ隠しに言っているんだよ。なんだかんだと寂しがり屋だからね。」
「まぁ………」
爺の照れ隠しなんて誰得なのだろう?
「ふんっ。」
【聖徒】に到着するや否や先触に呼応した【聖徒】政府や【神殿協会】の儀仗兵関係が待ち構えている。多くの国々の重鎮やら嘗ての敵国であった【魔王領】の面々もあるから適当に入るのは見栄えが悪いのだろう。彼らは【聖徒】の客人である。見栄えだけでも付き合ってあげるのが大人としての嗜みなのだろう。
【聖徒】の儀仗兵が【黒の都】の城門から堂々たる行進をする。そのあとに続くのは各国諸貴族家の一群である。彼等の後に続くかの如くに【魔王領】の巨人と竜が………
「あのぅ、城門狭くて潜れないんだけど………」
若き巨人が困った顔をしている。
「ふむ、われは【人化の法】で………」
古き竜はうまいことしている。そのまま巨人は置いてきぼりである………
「なんか寂しい………あっ、そこのオッチャンそこの果物一籠呉れ。」
「でかいの?巨人ってのは人を食わんのか?」
「さすがに俺にも人族の友人はいるし、肉よりも甘い果物が好みだ。」
「悪いこと聞いた。ほらよ、この一籠は俺のおごりだ。」
ごりごりごりむしゃぐしゃまぐまぐ………
「うむ、うまいな。そこの樽を持っているのは葡萄酒か?一樽呉れ」
「残念、林檎酒だ。一樽銀貨3枚だ。」
「二つ呉れ、これがお代だ。」
「おや、変わった模様だがこれ通用するんかい?」
「【魔王領】銀貨だが質は【人族連合】準拠だから通じるぞ。先年の【紅鮭港国】の【貨幣美術祭】で貨幣認定受けたんだが………限定鋳造品?」
「そんなの普通に出回らないだろうが!それこそ貴族様の収集品だから俺たちにわかるかい!」
「となると竜鱗貨でどうか?雷竜のだが………」
「そっちならば三枚でいいぞ。」
「商売成立だな、どれどれ…………」
くびくびくびくび…………
「ぷはぁー!うめぇぇぇぇ!」
「いい飲みっぷりだねぇ!一樽あけちまいやがったか。」
「巨人のあんちゃんよ、竜鱗貨まだあるかい?うちの療養神殿で備蓄が足りなくてさ融通してもらえないかい?」
「在庫はあるけどこういうのはないのかな?うちの郷で時期になると色々必要になるんだが」
取り残された巨人の若者は城門の前で交易業に転職するのだった。
都に入った菓子作る神官こと勇者(笑)一行、他国の王侯貴族に異形の戦士、人外諸種族、色々と濃い面子が揃っているので道沿いには見物の衆がぞろぞろと…………
あれは誰たこれは誰だという声がいろいろ………事情通(自称)が色々説明したりしている。ただ、その行列が無駄に長くのたくさとしているのにイラついている老婆が一人。先を急ぎたいのだろうか?それを見かけた【砂塵の民】の若き戦士が
「婆さん、何にらんでいる?」
「早く向こう側行きたいんだよ、初産の娘がいて面倒見なくちゃならないのさ。」
「おーい!ちょっと止まれー!この婆さん通してやってくれ!」
「どうした?砂塵の」
「この婆さん産婆なんだ!急いでいるらしい!」
「それはよくない!婆さん急いで!」
「婆さんは俺に背に乗って場所だけ指示しろ!そうすれば早いだろ!」
「道具とか大丈夫か?薬とか!」
「酢の実のお前何人か連れて婆さんを届けろ!」
「風のお前医術おさめてたよな。」
「ああ、馬や羊ならば何度も取り上げたことはある。付き合おう。」
【極北】やら【荒野】の戦士達は婆さんの付添としてついていくらしい。
「師匠、一応貴族やら国賓の行列遮るのは拙いのでは?」
「玉章、よく気が付いた!婆さん私は菓子作る神官として名乗っているものだ。私の祝福を受けてくれないか?」
「えっ!神官様で!とんだご無礼を!」
「無礼は致し方ない、子を想うそれこそが良き事である。汝と汝が取り上げる子に幸あれ!」
「我も一つだけ。我【ハザマ】の悪相である。【貴人聖域法】の法の下に貴人の列を乱せし罪を犯せし老婆を保護する。老婆よ、疾く行くがよい。汝を待つのは行列が通り過ぎる時間ではなく生まれ来ること母親の命であろう!」
「あ、ありがとうございます。貴族様に神官様。」
「礼はよい、ではこの婆さんを頼んだぞ。」
「「「「御意!」」」」
悪相卿の声に戦士たちは婆さんやら色々担いで駆け出す。
沿道の衆は神官様と悪相卿の宣言に沸き立つ。行列が途切れたことに気が付いた貴族達は状況を聞くと口々に
「医者と産婆は己が生業を第一にするのが当り前であろう。」だの
「無事赤子が生まれることを条件に我は許そう。」だの
「うむ、ここで文句つければ悪者になるではないか、別に礼儀上は問題視するが後で生まれた子を連れて詫びに来ればそれでよいだけのこと。」
「国の元は民である。民を蔑にするなぞありえないだろう。元気な子が生まれればよいが。なぁ、皆の衆、あの産婆が取り上げる子が無事生まれることを神殿に着いたら祈願せぬか?」
「おおっ!それはよい!」
「然り然り。」
「我らの祈りを受けるなぞ生まれ来る子はなんと幸いなことか。もちろん神官殿もおつきあいくださるよな。」
「この状況で否と言えるわけなかろう。今すぐこの場で祈りを捧げたいくらいだ。」
「それはちょっと、通行の邪魔なので……神殿の礼拝堂開けますから勘弁してください。」
「儀仗兵の隊長よ、それはちと無粋ではないか。」
「まぁまぁ、隊長殿は我等がこの場に留まる事によって民の生計に支障が出ることを憂いておるのだ。無粋というな。」
「だって、礼拝するとなれば半日は掛かるでしょう。」
「い、いや、そこまでは…………ほんの暫しの間なんだが………流石にそこまで本格的に」
「それでしたら此処に居るすべての者に声が決して祈りを捧げるくらいならば…………」
信仰厚き【聖徒】の民と他国の民の礼拝における温度差は………げふんげふん。
菓子作る神官の音頭で以てこの場にいるすべての者が貴賓関係なく祈りを捧げるのである。
「ところで神官殿、【砂塵の民】は信仰する神が違うのであるがよろしいのか?」
「ああ、かまわない。幸いを願う心に信じる神の差などあろうか。それにこの【聖徒】には祀られている神々は数多ある。一つ二つ増えたところで聞いてくれる神が増えるだけであろう。」
【砂塵の民】の問いに鷹揚な答えを返す菓子作る神官、
「ああ、ここにいる者たちもよく聞くがよい。今ここにいる者たちは国も違えば種族も違う、だけど誰かの幸を願う優しさを持つ者である。友となれれば幸いだ、共に杯を交わしあうのもよい………最もこの【極北】の連中とまともに杯で付き合うと潰されてしまうがな。」
様々な差を問わずに聴衆の笑いが聞こえる。
「…………まぁ、そんな戯言はさておき、我菓子作る神官は良き者と見える事が出来幸いである。汝らに祝福あれ。」
菓子作る神官が祝福礼をすると天から様々な色合いの光が降り注ぎ、この場にいる者に神々の祝福が与えられるのであった。
後で菓子を奉納するように。(by光明神)
われはまかろんとやらでよいぞ(by決闘神)
「しっ、神様方………それは裏で………」
なんか微妙な取引があったらしい………
「おにーちゃん。流石にそれは………」
遅き約束よ、誰も損しない良き取引だぞ。(by商業神)
その後神殿に入り到着の祈りと報告をする。この場においても【神殿協会】の神官達は産婆と生まれ来る命の為に礼拝の場を用意するのであったが、長時間過ぎてうんざりしてしまったのは内緒にしておいたほうがよいだろう。
数日が過ぎ、菓子作る神官一行の前に件の産婆と赤子を伴った夫婦と地域の顔役やら一族の長にあたる者達がぞろぞろと訪れるのである。
産婆を筆頭に一同の礼と詫びを受け、菓子作る神官は祝福を与え、貴族たちは自らの行列への乱入を鷹揚に許すのである。一応【聖徒】の治安関係者と東南門卿にも立ち会ってもらい罪科が無いことを確約してもらう。
高名な神官と各国の貴族達が穏便なる対応を願っているのであれば些細な無礼など貸しの一つにして目をつぶるのが良い事なのだろう。踏み倒されそうだが………
それにこれを罪に問うと町の衆の反発がすごいのでちょっとした罰金か奉仕作業で誤魔化すつもりだったのである。堅物の儀仗兵の隊長も子を想う産婆の願いを国賓の方々が聞き届けたので罪ではないと強硬に主張していたのであるから無礼を問うことがあっても罪に問うことすらできない。
「うむ、良きやや子だ。行列を遮る価値のあろう。」
「無事生まれて良きかな良きかな。」
「あらあら、愛らしいものですわね。」
「私ももう一人くらい……」
「さすがにね………ぐふっ!」
「愛い者であるな。息子よ、これが我らが守りたいものの一つだ。」
「なんか頼りなさげですね。」
「これこそが国の宝にして未来への導。我等が守らねばならぬのだ。」
「はいっ!」
「我等は民の牧人、守り導かねばならぬだぞ。」
「産婆よ、良くやった。」
「えっ!よろしいので?」
「良き子を取り上げた褒美である。」
「愛い子であるな、これは祝儀である。」
「ありがとうございます貴族様。」
産婆と赤子を連れた町の衆は祝儀として菓子を振舞われ、神官達の祝福を受けて家路へと着くのである。
幸いそうな親子の姿を見てちょっと寂しげな孤児っ子の姿もあるが死霊っ子(元)はそんな孤児っ子を静かに抱き寄せるのである。




