24.微睡を乱すもの
どっくん どっくん どっくん
眠れる神官の鼓動は幼子達の何かを落ち着かせる作用があるようだ。
「いきてるね。」
「ちゃんとドクンドクンいってるよ。」
「そのままご臨終じゃないね。」
「…………なぁ、ちびっ子共。勝手に殺したり死に掛けにしたりしないでくれるかな。」
苦笑交じりの養父である菓子作る神官、胸の鼓動を聞いてくるちびっ子共を抱きしめていく。
「「「うきゃーーーー!」」」
歓声だか嬌声だかよくわからぬ声が上がる。
「ばかだなぁ、私がそんな簡単にくたばるわけないだろう。特にお前、死にかけのチビ助、お前に命を分けたくらいでどうこうならないだろ。」
「でもでもでもでも………たおれるくらいだし、やせたっていわれてるし………」
「大丈夫だ、問題ない。」
「そのあとで、一番いいのを頼むなんて言わない?」
誰だ、妙なネタ吹き込んだのは。
「嫁さん嫁さん、最近子供達が私の事生きているかどうかを確認したがっているのはどうしたもんだろう。」
「仕方がないことですわ、あの状況を見て子供達が怯えてましたもの。大したことではないのでしょう。」
「程よく温まって寝入ろうとした時によく冷えた子供の頭が胸元にピタって……ビックリして目が覚めるんだけど。」
「それだけで子供等が落ち着くんだから諦めな。」
「奥さん達が冷たい………」
「あたし等だって時たま生きているのかと思う時があるんだから。」
「生きているから、生きているんだから!」
「そんな出汁殻みたいなんで?」
「あの時は私でも死んだと思いましたもの、弔い手は何処だろうと………」
この件に関しては誰も味方がいなかった。
その日とある飯屋
「…………と言う事があってな、何かにつけて生きているか確認したがるから大変なんだよ。」
「親父、暫くはあきらめたほうがいいんじゃないか?」
「死人返りじゃないかと【御霊送り】とか掛けてくる子もいるのはどうしたものだろうっか?」
「そこまでは面倒見きれない。って、俺の弟妹分どういう才を持っているんだ!神術使いなんて神殿行けば生計たてられるだろうに!それに親父だって使えないんだろ?」
「ふっ、そこは神様頼みとか力技で。」
そこは神々を脅すとか賄賂(お菓子とか酒代とか)であると訂正して欲しいものである。(by極北神)
あの異世界人は私利私欲はあっても妾が認めるに値するいい男だ。【よき飯】【よき友】【よき寝床】、彼は善き導き手となろう。(by極光神)
嗚呼、そこだけは我等極北諸神群は彼が願いを善き物として助力する事は吝かでは無いが、我が愛しき闇切り裂く光の舞踏よここの所力無きに涙流す異界の優しき男に菓子の融通を頼みすぎてないか?(by極北神)
極光神が冷や汗を流したかどうかは知らない。最も彼女が強請る菓子くらいは可愛いものだと老いたる異世界人は思っているのである。彼女の子である【極北戦士】達の齎す騒動と庇護せねばならぬ子供達の数に比べればだが……………
それですら必要な事なので文句は言いつつも子供等には出来うる限りの待遇を与えて送り出しているのだから彼も馬鹿なのであろう。
菓子作る神官と彼の子供達が莫迦な話をしているところに赤子の鳴き声が響いてくる。
「親父、俺の休憩時間は終わった。」
飯屋の主である若き父親は愛娘の泣き声にあわてて駆け込むのである。それを温かい目で見る老いたる神官と彼の義息子である町の小役人。そのまま嬰児を抱きかかえたまま席に戻る店主、仕事はどうしたとかというのはどうでもよい話である。って、どうでもよくないだろう!
抱きかかえられたままでご機嫌な嬰児をつついて遊びながら小役人は
「親父、嫌ならば一人で寝てれば?」
「結局子供等はいろいろ工夫して押し寄せるからなぁ……」
「なにそれこわい!」
そんな会話も適当に終わってしまうのは笑い話。元々は愚痴を言いたいだけの話であるのだし独身相手なしの小役人はともかく、嫁さんが時折潜り込んで来る飯屋の主はあるあるといった認識であるだけである。
今現在菓子作る神官こと勇者(笑)は若干時間に余裕がある。命を削って………削ったのは贅肉という説もあるが病み上がりの身でということでのんびりしているのである。悪相卿の体調も大分良くなっているし勇者(笑)の養い子達も玉章庶子を中心に手伝いをしているので事務処理の量も大分楽になっているはず………一つ所に腰を落ち着けているから各国からも応援の人員………見舞い客じゃなかったか?が集まっているので滞っていた部分も改善されている。
とは言え菓子作る神官として出来る事といえば旨い物と落ち着いて話をする場所を用意することだけなんだが………後は勝手にやってくれとばかりであるが意外と上手くいっているらしい。
冗談半分に紛争する代わりに人間将棋をしたらという意見を受け入れた某地域から戦見物相手の商売で結構利益が上がって紛争案件がどうでも良くなったとかと報告の手紙とお礼の品が届いていたりするのだが
「師匠、紛争解決のお礼だそうです。」
「人間将棋で紛争案件が吹き飛ぶなんて盤上自体ひっくり返ってないか?」
誰が上手いことを(略
「でも、変に拗れたり人死にが出るよりはよろしいかと思うのですが。御礼の品も現地名物の干し芋なんですけど如何して両地域同じ物で張り合うんですかね?」
「今度はどっちが旨いかで喧嘩したりしないか?」
「…………はははっ、師匠、そんな馬鹿な話はないでしょう。」
人それをフラグという。(by分岐神)
「話は変わるが、彼方此方からお前の引き抜きの話し来ておるのだがどうする?悪相卿も高く評価しておったぞ、『私の後継になれそうだ。』とか『人あしらいが上手いから揉め事を上手く収められそうだ。っていうか私のところに来る前に収まっているのがあったし若いのに見事なものだ。』」
「悪相卿の元にいたら苦労しそうですから、下手に実家より出世しても面倒くさいですし……」
「玉章、枯れてないか?何ならば少し休むか?」
「今休んだら………仕事が…………押し寄せてくる。」
勇者(笑)は彼の仕事ぶりを調べることに頭の片隅においておく、玉章庶子は師父経由で【魔王領】や【極北】、【南方】と縁がありその繋ぎを求められているのであった。【人族連合】諸国の連合外への縁故を持たない貴族にとって貴重な連絡役であったのだ。
後にそれを知った師父である勇者(笑)は彼がいれば自分は仕事が楽だ等と言って嫁さんに叱られてしまうのだがそれはちょっと後の話、順調に菓子作る神官の後継として認知されている。
「なぁ、にーちゃん。俺農家なのに読み書きそろばんいるのか?」
「今まで通りならば要らないだろう。地主さんに従ってあれこれすれば生活保障してくれるというならば………だけど、証文書くときとか読み書きできないと不利な文面入れられたり、そろばん出来ないとお金誤魔化されるぞ。それにお前は次男坊、家継げないだろう!手に職を持ってないと食ってけないぞ。」
「うわぁ!俺がんばらないと。」
「今なら読み書きできれば奉公先に困らないからな。」
「でも、鍛冶屋のとこに行った兄ぃみたいになるのは………」
「「はははははっ………」」
「農家の、そこに鍛冶屋の若い衆がいるんだが………」
「やっぱり勉強しないとこうなるという」
「うるさいわ!」「余計なお世話だ!」
「お前等は帳簿付けくらい出来ないと店番の小僧の下で働く羽目になるぞ。」
「それ、楽で………」
「ああんっ!」
街一番の菓子屋【甘い誘惑(仮名)】の庭では近所の子等や若い衆相手の読み書き講座が行われている。講師役としては菓子作る神官の養い子達が交代で行っている。孤児院だけで閉じこもっているから親のない子は云々と言う風評の元となる。交流があれば多少はそれが紛れるのである、この多少は大事である。
神官さんに金があるから出来ると言われればそれまでだが、街やら近隣の衆からは好評である。
因みに大人衆相手には『夜の文学講座』等と銘打って【性愛神殿】の綺麗所朗読による文字学習会が行われているのだが子供達は知らなくて良いのである。エロは偉大である。
それはさて置き、学んでいる子供衆やら若者衆を見て主催である菓子作る神官こと勇者(笑)は声をかける。
「皆がんばっているな。」
「はいっ!」「もっと文字が読めるようになったら本を読ませてもらうんだ。」
「ちょっと掛け算がわからないんだけど……どうして、アダムとアダムが………」
「ちょっと待て、その掛け算は違うだろ。」
生徒達は其々に返事を返す、なんか一部不安なことがあったが向学心にあふれているようである。話しかけてきたり質問したり、中には他の菓子店の見習いが菓子の作り方を質問したりなんて馬鹿なこともあったがそれはそれ。まじめに教える神官さんも大概であるが。
「お、おしえちまってええんかよ!」
「教えたところで物にするには大分かかるし、私に追いつくなんて何年かかるやら。」
菓子屋の見習いからその話を聞いた菓子屋の親父は奮起して徒弟達と共に追い越せ追い抜けと励んだりするのだが本筋には関係ない。
読み書きを教わった子供達は元の生家にて或いは奉公先にて重宝されているのだが、この地に集まってくる各国の外交官やら貴族達の現地雇いの小物(雑用係)として人気だったりする。雇い入れられる時は神官さんを経由して双方で不満が起きない様に話をまとめることは大事だったりする。
雇われた子供や若者(家を継げない者が多い)は優秀とまでは行かないが真面目に働き信頼を得ている。この地を離れるときにそのままお持ち帰りされた者は地味に重宝されているのでこの街は人材の産地だ等と誤解されるのは笑い話。
「神官殿、あっちの子を紹介して欲しいのですが。」
「あの子は街の鍛冶師の徒弟ですから駄目ですよ。あの子持ってかれたら街の鍛冶師がそろって業務不全に陥ってしまうし、【工芸神殿】が破門状を持って怒りの突撃をかましますよ。」
「ま、まさか…………」
「鍛冶の腕前は育ってないからなんとも言えぬが鍛冶師の工房の会計を一手に引き受けておるし、他の鍛冶師の若衆への会計指南が…………本人は一端の鍛冶になりたいみたいですが、変なところで能力見せてしまって修行もままならないとぼやいていますが。」
「ふっぷくくっ………不憫なものだな。」
「笑っちゃ悪いですよ。」
「で、いつ彼は修行できるのだろうな。」
それは神々ですら知らないことである。
様々な者が訪れる菓子屋、そのまま一時の騒動も飲み込んで微睡んでいるかのようである。
死霊少女(元)が菓子作る神官の元に届けられた手紙を渡したときに破られる。
「おにーちゃん、なんて書いてあるの?」
「【聖徒神殿協会】からの召喚状だ。そろそろ悪相卿とか連れてきてくれないかと………もともと、【聖徒】で話を進める予定だったからな。」
「おにーちゃんも旅に出るの?」
「まぁ、仕方あるまい。一緒に行くか?」
死霊少女(元)はどうしようか悩んでいたのだが行く羽目になるのだろう。




