20.ゆるりとするはよくもあり
街行くは一組の男女、腕組み歩く姿は若き者達の羨望と年経た者達の暖かな笑みが降り注ぐ中軽やかに進んでいく。
男の方は神官位を表す法服を纏う黒髪の少年、美形とは言いがたいが穏やかな顔立ちは権威と無縁そうでだが法衣を纏うだけあって見かけだけではないのだろう。だがその表情は街の民が幸いそうであることを喜び市に立つ近郊の農夫の実りが豊かであることを心底喜ぶ善性の者である。
女の方は街娘の上っ張りにくるぶしまであるスカート、小奇麗な街娘さんといった風情であろうか。波打つ金髪は実った麦畑の様でもあり白き泡の下に埋もれた麦酒の様でもある。勝気そうな黒麦酒のような瞳は生気にあふれ、その整った顔は好みの差はあれ大半の者は美人と断ずるであろう。若さと喜びにあふれた彼女は連れである若き神官に腕を絡め町を楽しんでいる。
この二人は見慣れぬ顔でありながら古馴染みのように町を散策しているのである。
「ねぇ、あんた。新しい醸造所と水飴の工房が欲しいんだけど………」
「姐さん、久々の逢瀬で強請るのがそれかい……」
「ううっ、じゃあ玉座が欲しい!」
「……えっと椅子職人に頼んで玉座を………」
「そっちかい!」
「まさか、王妃様になりたいの?そんな柄じゃないでしょう!なるだけの方法のいくつかは心当たりあるけどあんな汚れ仕事の激務なんて全うな神経をしている者がやるもんじゃない!姫君の着るような服を着たいとかいうのだったら何とかするけど……」
「出来るんかい!冗談で言ったんだから本気にとるんじゃないよ!それよりも普通に国が取れそうなこと言っているんじゃないよ。」
「醸造所と工房ならば悪相卿が帰国したら特需が終わるぞ。」
若き二人は菓子作る神官こと勇者(笑)と姐さん夫婦であった。
「道端で国を落とすとか物騒なことを言っていると思ったら親父と新しい女?」
「小役人、養母の顔を忘れるなんてあんた薄情になったもんだねぇ?」
「えっ!お袋?なんてわか………げふんげふん、若返っているんじゃわからないよ。それにしても親父のその姿は先日見たがお袋も使えたんだねぇ………それ以前に魔力の消費が激しすぎて長時間の使用に耐えないんじゃなかったん?」
「ふふふっ!あたいの魔力はそれほどないけど隣にいるだろう魔力の塊、供給してもらえば18のころのあたしが出来上がりさ。」
「親父お疲れ………」
小役人が見た親父殿の姿(18歳バージョン)は心なしかやつれているようだ。
「嫁さんの可愛い我侭に応じるのも男の甲斐性だ、綺麗な嫁さんは好いものだぞ。お前のほうは誰か良い人いないのか?」
「なんか代官様とか領主様の方からこの子はどうかとか言ってくる話はあるんだけど、あからさまにうれのこ………げふんげふん、俺の趣味じゃないんだけど……」
「あそこの騎士様のところの出戻りかい?確かにあれじゃお前が尻にしかれるのは目に見えているね。」
「親父とお袋みたいに?」
「ああっ、なに言っているんだ。あたしはちゃんと立てているだろう。」
夜に神官さんの神官さんを立てておりますね。(by性愛神)
性愛神様下品です。
「でも珍しいな。親父とお袋が二人きりなんて。」
「たまには嫁さん孝行もせねばな。」
「可愛い子と楽しんだんだからこっちにも埋め合わせがあっても良いだろ。」
「ああ、遅き約束ちゃんと遊んでいたねぇ………となると浮草のお袋とも………」
「奥さんは平等に扱わないとだめだろ。」
小役人が養父を男として見直した瞬間である。だけど奥さんは一人でいいかななんて思ったのは内緒である。
「俺が邪魔しちゃ悪いかな。親父もお袋もごゆっくりぃ~。この分だと俺にも弟か妹の顔見る事出来るかな?」
「馬鹿いってんじゃないよ!」
ふざけた一言を残して消える小役人。
小役人と分かれた二人は見慣れた街を散策する。美人に腕を組まれている若き神官に対する嫉妬の視線は心地よく………彼女の正体をばらしたらどんな反応をするのだろうかと思ったりしたのだが
「あんた、馬鹿な事考えているんじゃないの。」
「うっ!何のことかな?きれいな奥さん連れてうらやましいだろこのもてない男共めとしか……」
「馬鹿なこと言っているんじゃないよ。」
どすっ!
姐さんの打撃はいつもよりテレが入っているようだった。それが分かるのは長年連れ添ってきた勇者(笑)だけである。因みにその打撃は竜族や巨人族ですら悶絶する事がある程度なのだが、可愛い照れ隠しと笑っている彼はどう考えてもおかしい。
「年々威力のあがる姐さんの打撃については誰も突っ込まないので?」
それについては返答を拒むと世界神様のお言葉がある。少なくとも自重という言葉を知らない異世界人には彼女のような良識的な者は必須なのである。少々拳で語る面があるかもしれないが彼女は見事な女なのである。死霊っ子(元)とかは外付け良心回路として機能していないし………
むしろその打撃に耐性が出来ている勇者(笑)の方がすごいと思うのだが
勇者(笑)は【打撃耐性(極)】を手に入れた。(by説明神)
なんか今更とってつけたような………
「道理で最近がけ崩れとか地すべりにあってもかすり傷で済むのか。」
いや、それで済む方がおかしいから。あと地の文に(略)
若い(見た目だけは)神官さんに抱き付く勝気で愛らしい娘さん(見た目だけは)。神官さんの方も古女房なんだが若返って(一時的に)張りのある感触を腕に感じてこれはこれでと幸せを感じている。いつも味わう女性の感触としては張りと言うよりも板?であるから…………抱き付いてくる相手は幼い子ばかりだし。柔らかい感触もある猫だけど………あれはあれで良い物であるが。
あれ?なんか私地の文宛に殺気が………はい、物語の運行に戻らさせていただきます。
街をぶらつき市を眺め思いついたかのように何か軽い物を買ってきては、二人で分け合っている。
そこだけ見れば幸せそうな若い恋人たちである。
「おや神官様?そちらは奥方の?」
「唄鶯か、見た目が変わって分かりづらいが金色の豊穣だ。」
「少々驚いておりますが顔の雰囲気が奥方の息女かお孫さんかと…………」
「娘までなら良いけど孫娘といわれるのはちょっと……」
「それは失礼。子供等に聞いたところこちらに居られると言う事なので、我が婚約者が到着いたしましたので挨拶にと。夜鳴鳥、神官様に挨拶を。」
「唄鶯の婚約者であります、桃笑王家の夜鳴鳥であります。以後お見知りおきを。」
勇者(笑)の前に到着したばかりだという婚約者を紹介しに来た唄鶯が現れる。勇者(笑)夫婦と違い正真正銘の若い恋人達である二人はちょんと指先を触れるか触れないかの距離で軽く触れるか触れないかの距離感がもどかしく初々しい。
「菓子作る神官です。良しなに願います。」
「神官様人々の口に上るお姿と比べまして………」
「若く痩せてるって言いたいのかな我が愛しき囀りよ。」
「えっと、その………」
18の姿でいる神官さん夫妻に失礼だなと思いつつつい疑問を発してしまう夜鳴鳥。その様子に苦笑しつつも突っ込みを入れる唄鶯。彼は高名な神官様がそのくらいでは怒らないと知りつつ答えを告げる。
「神官様と奥方は極めし魔道の力で若い姿を保っておられるのだ。」
いえ、冗談魔法です。(by魔道神)
「まぁ、なんと!それ私にも学ぶことができますでしょうか?」
「かわいい小鳥、君が必要となるまでどれだけの年月が必要になろうか?」
「その年月ですらすぐに訪れますわ。」
「覚えるのは簡単だが消費が激しいよ。お姫さんに使いこなせるのかな?」
「それはどれだけ激しいものでありましょうか?」
「ここにいる馬鹿魔力の塊は夫婦の分をまかなっても平然としているが、普通の人だと瞬きひとつ二つくらいで元に戻ってしまうさ。」
「恩恵を得ているのに馬鹿魔力の塊とか酷い言われようだ、魔術をきろ…………いえ、なんでもないです。」
さすがにこの場で術を切るのは自殺行為である。夫婦の間柄であってもやってよいことと悪いことがある。
たとえば妾の楽しみにしていたおやつを食するとか(by極光神)
…………(by極北神@黒焦げ)
「そのような術を二人分も流石は異世界より招かれし……これは明らかにするべきことではありませんね。」
「公然の秘密というものであるが今更持ち上げられても老骨に堪える。」
「そのお姿では説得力がございませんわ。」
「確かに………どう見ても我等と同年代であるし、働けと言われても否定する材料がなかろう。」
「実際の私を見たら周りの美化が酷いことをよく知るだろうさ。」
「そんなことはございませぬわ、神官様の成された事と優しき性根は慈雨のごとくに世界に染み渡り様々な者を育んでおられます。」
「久方ぶりに訪ねて来たらあまりの変わりように叫んだ娘がいたねぇ。」
「姐さんそれは蒸し返さないで。死霊っ子(元)に事あることに言われているんだから。」
「遅き約束嬢のことかな?そう言えば彼女は神官様に付き従う五つの死霊っ子の一人であったはずだが。」
「まぁ!『万霊の導』!数多の死霊と道の子(孤児の別称)を守り導いた伝説に出会えるのですね。」
「そんな大した者じゃないと思うんだけど、どこにでもいるチョッピリ優しいだけの娘っ子だよ。それ以前に彼女がそう語られている事を憂おう。」
「なぜですの?彼女は善い事を成されたのではないのでしょうか?」
「成した事は素晴らしい。だけど何故に彼女達は贄と成らなければいけなかったのだろうか?何故に導かれざる者や道の子がそのままであったのだろうか?何故に死霊っ子達が救うまで何も成されていなかったのだろうか?」
その答えは若き王族達には出せなかった。だが、その問いは彼等に深く刻まれていくのである。
戦士とは自ら動かぬことを喜び、勇者とは自ら市井に埋もれることを楽しむ。兵器は自らを振るわれぬ事無きよう世界に戒めの言葉を発し、無聊なるを善しとする。
そんな問いかけは取り敢えず置いといて男女二組街を楽しむ。図らずもダブルデート状態になったのはそんな事もあるのだろう。
「なるほど、これはそういう道具でこのように食するなんて始めて知りましたわ。」
「川にすむ貝類が食せるとは………」
「こんな大きな身で美味ならば人気が出るものだな。」
「これが季節ものだって言うのが残念だね。」
「むしろその季節の楽しみが増えてよいものだろう。」
「お客さん方、ここいらので出ないのかい?」
「ご主人、我等は【啓蟄】の出で」
「あたいは【寒鱈】の出で、連れ合いは………どこの出だっけ?」
「一応【聖徒】の出と言う事になっているかな。」
「神官さんはねぇ………貝のお代わりは?」
「いただこう。何というか姐さんの麦酒がほしくなる。」
「あんた嬉しくなる事を言ってくれるじゃないか。」
「姐さん?えっ!麦酒醸造家の?いい年した婆……げふんげふん……」
屋台の焼き貝売りは姐さん達の正体に気がついて目を白黒している。ある意味ドッキリである。
「女性に向かって婆とか言うのは宜しくないねぇ、しかもこんな若い娘に向かって。今日は機嫌がいいから許してあげるけど。」
「すいませんすいません、でも見違えすぎでしょう!なぁ、皆の衆!」
謝る屋台の男と若返ったり年取ったりとある意味正体不明な神官さんを見てその連れの正体に気がついた街の衆。女衆(年配者中心に)羨望と嫉妬の混じった目を向け、男衆は屋台の男と大体同意見なのだがここで言葉を発するなんて勇者でもやらない無謀な事をしたくないので顔を背けている。
「こらこら姐さん、可愛そうな焼き貝売りを睨まない。君の美しさを目の当たりにして動転しているんだから。」
「そういうあんたはどうなんだい?」
「君が美人である事はずっと前から知っているから慣れてしまったよ。美人な嫁さんをもらって私は幸せ者だね。」
「ふんっ、旨い事言っても何もでないよ。」
「そこで夜に醸したての冷たい麦酒が出てくれれば嬉しいんだけどねぇ。」
「あんた癒し手から『少し節制しな』と言われてるでしょうに。」
神官さんは上手いこと丸め込む。街の衆の間には上手く収めたなぁとかあんためもしときなとか言う声が聞こえたりもしたがどうでもよい話。
焼き貝売りの貝が気に入ったのか神官さんこと勇者(笑)は焼いていない貝をすべてお買い上げ、夜は焼き貝になるのだろうか?
「酒蒸しもあるだろう。そこであまった汁集めて雑炊するんだ、最後にねぎと卵で………」
勇者(笑)地の文に(以下略)、後その貝は美味しすぎで最後の汁まで孤児っ子達の胃袋に納まる予定である。世の中ままならぬものである。
「なんか夕飯の買出しになってない?」
「姐さん食べたいのある?」
「それなら………」
若返っても親である事から逃れられない二人である。
両の手に夕飯の材料を持ち家路へと向かう、夕陽が背中を押してくる家に帰れと押してくる。
市場の荷馬車も売り上げやら土産やら生活必需品を積み込んでゆるゆると帰っていく。
夜は家に帰る時間である、勇者(笑)の居た異世界ではまだまだ働けというのかもしれないが夜の帳は家族と過ごす時間を作るための壁なのかもしれない。都市部では灯りが闇の帳を駆逐してしまっているがそれでも夜の帳を一つの区切りとしている店は多い。灯りだってただではないのだから。夕闇にまぎれて色々致すと言うのも悪くはないがお互いに年寄りというかいたしている間に術が切れそうで(正確には術に必要な集中が)素直に帰ることにするのである。そのうちに件の魔道師殿に魔具にしてもらうとかできないか相談するとしてそんな事したら腎虚か衰弱死しそうかななんて内心苦笑いしている異世界出身の神官様がいるのはついでの話である。
家路へと向かう二人、街へと向かう馬車もある。隊商やら巡礼者、貴族の使者やらその関係者。【極北】の戦士達は菓子作る神官と悪相卿に敬意を表して訪れるし、【荒野】の騎馬戦士とその家族達は【綿羊国】の同属を訪ねるついでにこの街で全ての氏族の友である神官と語らい杯を交わすのを好む。未だ馴染みが薄いながらも少しずつ交流をしている【魔王領】の面々やら一旗挙げんとする【南方】の冒険商人やなんかも宿を求めてこの街に来る。
開明的と目されている神官さんのいる町は安心して夜を過ごせる場所なのである。年寄りや保守的な者の中には国外より来る者を不審に思っている面々もいるのだが宿を取りに来た旅人とか行商人と思って積極的に関わらずに買い物くらいの付き合いにしておけばと諭している。不審に思っている面々でも国外からの産物でそれぞれに好みがあるのは笑い話。
「菓子の雨降らす慈雨の君に挨拶を。我等【砂塵旅団】いずぞやの命の礼に参る。」
「そこまで堅苦しくなくても。食事は済ませかたな?」
「いえ、まずは挨拶をと思い………それに我等に対する配慮は」
「なにいっているんだい、旅路でちゃんと食べているんかい?命の礼とかいってもここで腹ペコのままで居ていい道理はないね。『よい飯』ちゃんと食ってるかい?まずは一緒に飯でもしようさ。あんたらの話を聞かせておくれ、礼というのはあんたらが幸いであることなんだから。」
「えっと、神官殿こちらの娘さんは?」
「私の連れ合いだろ、【砂塵の交易地」】で一緒に居ただろ。」
「えっ!あの時の………あの時は命を我等が一族のために貴重なる………」
「使いどころのないものをくれてやったまでのことさ。役に立って何よりだ、………」
「それでも【氷竜の角】を何の代価もなく我等の為にと用立てて下さるなんて………」
「馬鹿言っているんじゃないよ、旅の荷物が多すぎて邪魔だったんだよ。それにさ、病に倒れた子供を嘆く親を前にして病に倒れた親を前にして何とかしようと頑張るガキを前にして出来る手助けしないなんて女として間違っているだろ。」
「どうだ、砂塵の私の嫁はイイ女だろ。嫁金金貨25枚(通常金貨3枚)出したって安いもんだぞ。」
「ふんっ、その割にはあたいを結構ほったらかしにしていたくせに。」
「【砂塵の民】でも嫁金を用意することありますけど金貨数枚、通常は牛やなんかの家畜で代用しているんだが一番ウケがいいのはトリウマだな。この地には入ってくることはないが粗食に耐えて我等に良く着いてきてくれる。我が故郷に残してきたのは元気でしているかなぁ……と言うのは置いといて神官殿、良くそんな金が………」
「一応世界を平和に導いた【百悲万涙】の一つだぞ。其れに異世界から強制的に連れてこられた賠償とか各地での事業の報酬とか嫁さんと子供達を養うには十分な収入はあるつもりだが、そもそもあれを手に入れるために全財産費やすのは男なら判るだろう。うちの嫁たちはイイ女だ、この世界の男達は見る目がないのだろうかね。」
「あんた、馬鹿言っているんじゃないよ恥ずかしい。」
ごすっ!
菓子作る神官こと勇者(笑)は体をくの字に曲げていたが何もなかったかのように
「こらこら客人の前だ、恥ずかしい事はやめなさい。」
「我思う、敬愛すべき神官殿の受けた一撃と言うのは人がして良い曲がり具合ではなかった気がするが」
「砂塵の、神官さんは体が丈夫なんだ。竜や巨人が悶絶する一撃受けても大丈夫なんだ。」
「そう言えば、砂塵の天幕に招いたときに子供等の中に埋もれていても寝苦しそうにしていただけだった。中には死霊っ子が混じっていてこの世の風景ではなかったぞ。」
外野うるさい。
まぁ、のんびりしているのはよくある話。砂塵の民と外野含めて神官さんと姐さん夫婦はゆるりと世間話をする。逢瀬とは行かないがこんな時間も悪くない。
その夜、神官さんの家は砂塵の民を中心とする客人達で宴となる。
死霊っ子(元)は宴の裏方として忙しくするのである。




