17、食卓外交は
外地に行って一番何が困るかといえば食べ物である。水回りとか寝床とかという意見もあるけどそれは認める。自国の外は地獄だったなんて言うのはよくある笑い話。勝手が違う他所でそれなりの暮らしがしたいとなれば色々必要なものが出てくるわけで……
外地に行って四苦八苦している方々の苦労が偲ばれ……
「ふむ、出来立ての食事は美味なるものだな。」
「なるほど野菜を加えることによって肉のくどさを抑えるというか、肉が固くない。」
「庶民の食べ方だと思っていたがこれはこれで理にかなっているのだな。手づかみで食べるのも面白い。」
「あなた、少々礼儀にかなわぬものだと思いますが?」
「一つ食べてみるがよい、我が妻よ。美味だぞ。」
「そ、そんな………えっ、こんなに美味しいの!でも、こんなはしたない真似が………」
「ほらほら、そんなことを言っていても体は正直だぞ!黒くて太いものがほしくないのか?」
黒くて太いものはそば粉のガレット(薄焼き生地)でくるんだ食事です。
恵方巻きでもできそうですわね。(by芸術神)
とりあえず下ネタは置いといて、悪相卿が倒れて療養しているこの地に見舞いの使者とか問い合わせる外交官達とか、小さな町なのでそのまま鉢合わせて挨拶がてらに色々情報交換だの交渉の約束だの………
交渉国が隣国なのにここで交渉とかといったどうなっているんだという変な話が
「で、旦那方の母国は隣同士ではなかったんですか?」
「両国の影響のない場所で冷静になって話し合うというのはよくあることだぞ。安全で快適で飯がうまい。ついでに母国で必要としている物資の買い付けに便利だからというのは無駄がなくてよいだろう。」
「少なくとも我々と直接利害関係がないから交渉の妨害とかがないのは助かる。下手すら国境地帯だと紛争状態だったなんて言うことも良くはないがあるからな。決して妻に頼まれた土産物を手に入れるのにこっちの方が安くて質が良いからではない。ところで悪相卿は如何しているかね?」
「この町では神官殿が睨み聞かせているから滅多な事はない。【聖徒】は食事が美味ではないからではないぞ、【聖徒】に用があるならば出向いても数日だしな。交易地だから情報も良く集まる。所でこの煮込みは美味なのだがもう一つもらえるかね?」
「はい、ただいま!」
「こっちはこの串焼きが気に入ったからあと六串もらえるか。」
「かしこまりました。」
「あんた煮込みと串が追加だよ!」
「はいよ!」
「この料理は美味だの、料理人はどこで修行したのか?」
「はい、料理人………店主は菓子作る神官様の養い子の一人で、あのお方に師事して基本は学んでおりましたそうで。」
「ふむ、ならば納得だ。当家に迎え入れたいがこの様子では無理だろうな。」
「今この町で美味なる飯屋というと数少ないから恨まれるぞ。」
「おにーちゃん、こっちの案件は?」
「それは当事者同士で話し合ってもらえ!いくらなんでも紛争の後始末なんて手に余る。境界線争いだろ!面倒くさいから酒合戦でも人間将棋でもして割合決めてろって言っておけ!」
「師匠、定食屋の兄者から貴族向けの料理を教えてほしいとか孤児っ子を何人か手伝いに寄越してくれとか!」
「料理は出来立てのを与えておけばいい!普通に美味だから見栄えとか気にしなければ受け入れられるんだ!孤児っ子の方は何人か皿洗いとか下処理に使えそうなのを送っておけ!」
「親父、お袋の麦酒が生産間に合わないって…………」
「極北の面々がいれば在庫は尽きるだろうが、近隣の酒造家に商売のタネがあると酒量の確保だ!他にも近隣の富農にもある程度の量を確保できるようにお願いしておくのだぞ。」
「わかりました、農園に行っている兄貴を通じて話を通しておきます。」
「それならば、あの勉強嫌いの三馬鹿が宿題出していないけど勉強しているか確認して来い!」
「それは勉強していないに決まっていると思うけど………」
「おにーちゃん、こっちは菓子の制作依頼みたい。街に集まっている婦人令嬢の皆様方がお茶会を…………」
「店に話し通してあるから大丈夫だ。死霊っ子(元)は浮草について行って楽しんで行って来い。玉章、お前もお付としていくか?」
「師匠、普通に給仕としてですか?」
「給仕とかでも良いが屋台あったろう。現地で菓子作りを見せるというのも面白かろう。名前売っておかないとお前も将来身を立てるときに苦労するぞ。」
「って、貴族社会に入る気はないのですけど………」
「悪相卿より『そろそろ仕事に戻りたいんですけど』と愚痴が」
「病床で多くの者と語り合って仕事して療養してないのが何を言っている!次仕事しているの見かけたら面会謝絶で軟禁するぞと伝えておけ!」
「南方商会連合から香辛料と薬剤が届いたー!」
「倉庫に入れておいてくれ、あと【療養神殿】と定食屋に入荷した旨伝えておいて」
「わかったぁ!」
「そういえば師匠、悪相卿の元気を取り戻した薬手に入らないかという相談が………」
「それは南方料理人へ直に言ってもらえ、というか無視しとけ!」
「それが某ご婦人からの依頼でして子供が出来ないとと涙ながらに言われまして………」
「お前涙にごまかされていないか?お前が南方料理人に強壮料理と子作りによさげな料理を見繕ってもらえ、ついでに茶会が開催されるから女性の薬師を派遣して旅路の労苦で損なわれていないか問診するという口実で一度診断した方が良いという流れを作ってもらうから。」
「いくつかの関係者を見繕ってそれっぽい名目で………」
お偉いさんが集まれば下々の者では応対できる部分とできない部分があるもので出来ない部分は必然的に地位の高い神官様に回ってくるのである。土地の領主?代官残して【聖徒】にいますが何か?代官にも涙目でお願いされて重い腰(太っているからではない)を上げて働いているのである。
紛争の決着として人間将棋を冗談半分で提案したら、両者共に真に受けてしまい実施されることに。そこで商魂逞しい者がいて紛争将棋と称して賭場を開くのである。暇と金を持て余した面々とかが戦見物とばかりに集まりだして大盛況、この経済効果の有用性を見た紛争当事者である貴族達は賭場の主を抱き込んで紛争を題材とした興行を執り行い、農業くらいしか産業がなかった地に観戦目的の観光客を誘致することに成功して微妙に発展するのである。
貴族向けの料理教室とか近隣の料理店やら宿からも依頼があったので説法のついでに軽く指南しておく。あとは、お前等の努力工夫次第であるといってみたら、神官様の菓子を仕入れて出せばとか神官様の養い子である彼の料理を購入してとか斜め下の行動もあったが概ね料理技術の向上を目指して行くか完全に平民向けの料理店として行くかの二極化することになる。貴族向けにしないのも事業としてありである。設備投資とか色々あるだろうしリスク管理から言っても対策ができないのに手を出すのは博打に近い。平民向けを目指していたのに美味と評判で貴族様が隠れて通う店になっていったなんて言う笑い話があったのは別の話である。その流れで様々な物資が街に流れ込んで近隣の農家も醸造所もその他諸々の第一次産業が栄えているのは良いことである。
ご婦人方の茶会に託けて女性の薬師を送り込んで女性の悩みについての健康相談を軽く開催するのだがその場に居合わせた玉章はあまりに生々しい話を聞かされて耳まで真っ赤にしていたのは初々しいものであるが、それに気が付いたご婦人達に餌食になったのは、合掌………
薬師を交えての話というのはなかなか説得力があり旅路で苦労していた女性の体の労わり方とかを知識として覚えることができたのは良いことである。その茶会に合わせて菓子作る神官こと勇者(笑)は件の貴族様を含む何名かと南方料理でも突こうかと誘い出すことに成功して精のつく料理を存分に楽しむのである。件の貴族様は精が付いたのか旅路での解放感からかご婦人と事に及んで、翌朝共に仲良さげな姿を見せるのである。同道者達も色々持て余して突撃とかとなったかどうかは知らない。その後数か月して懐妊の知らせを受けた時に
「やればできる!」
と微妙なことを言った生臭坊主がいたのはどうでもよい話である。
「あんた変なこと言わないの。」
「まぁ、変なことは言っているつもりはないんだが。子供が出来ないのっていうのは夫婦どちらかの体に異常がなければやっていないとか月の物への合わせ方が間違っているというのが………」
「えっと、我が君。その話は誰でも知っているので?」
「癒し手さんとか産婆さんならば結構知っているんじゃない。誰も相談しないから流れていないだけで………平民連中が相談しないのはあれを娯楽として始終しているからだろうし逆に避妊の相談の方が多いなんて言うし、件の夫婦貴族は出来にくい体質だったのかもしれないがやらなきゃできないだろう。」
「おにーちゃん、夫婦仲はいいの?」
「子供が出来てから仲が深まったとか書いてあるな。子は鎹といったところか。」
「ふーん、しっかしあんたは変な知識があるね。普通女性側の知識じゃないんかい?」
「まぁ、男には秘密の一つや二つがあるってことさ。」
「あら、あとどんな秘密があるのか聞かせてもらおうかしら。」
「それはお手柔らかに。」
精のつく料理とか男心をくすぐる物の話を聞いた男性貴族の面々。外交案件の話し合い序でその料理で舌鼓を打ち夜の街に溶け込んでいく。
「よぅ、兄弟!」
「今夜もどうだ?」
「わるくないな。で、今日はどんな案件で話し合うんだ?」
「それはな………」
外交案件がある程度片付いて勇者(笑)が一息つくころになると、何故か夜の街が活性化している。
その事に訝しんで調べてみると精のつく南方料理が派遣貴族達の間で流行っていて、その流れでという事らしい。夫婦仲が強まった数例をのぞけば街に金を落とす大多数、彼はそっと目をそむけた。
あれは確かに健康に良くて精が付く物だけど即効性がある物じゃないんだがなぁ………と遠い目をしてつぶやいているのを見た死霊っ子(元)
「これって、精が付いたと騙されているのかな?男って単純ね。」
と言って愛すべき太っちょ神官に苦笑されるのである。
「そう言ってくれるな死霊っ子(元)、騙されるのもそれは幸いだろう。」
死霊っ子(元)は良く判ってなかった。