表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/4

変-かわる-

 人は成長していく。

 心も、身体も。




「ツァイト、どうしたんだよ?」


 コーヒーを飲もうと台所に来たケントニスは部屋の角で体育座りをしているツァイトを発見した。

 明らかにその一角だけ空気が重い。暗い。


『ブルーメに嫌われました』


 スケッチブックに力なく書かれたその字はツァイトの気持ちを十分に表している。

 ケントニスはツァイトの肩をポンポンとたたいた。


 ブルーメは最近反抗的になってきたのだ。1人でいる時間が欲しいと言ったり、家にいる時間が少なかったりしており、家族といることをしない。

 自分にもそんな時期があったなとケントニスは思っていたのだが、ツァイトにとっては理解できない事であるようだ。


「ツァイト。人は成長していくと周りがいろいろ言うのを嫌うんだ。分かっているのにどうしても感情的になって怒っちゃったり、小さい頃と同じように扱われたりするのが耐えられなかったり」


 ブルーメはきっとそんな時期なのだ。でも、ツァイトはまだよく分かっていない様子だった。


「それはね、人の成長の証なんだよ。大人になろうとしているんだ」

『そうなのですか?』


 おそるおそる顔を上げたツァイトは雰囲気が少し軽くなっている。


「だから本人が落ち着くまで見守ってあげるのが僕たちのしてあげられる事かな」

『私嫌われてはいないんですか?』


 ケントニスは笑いがこらえきれなかった。ツァイトは本当に生きているのだと感じる。

 ブルーメに嫌われる事を嫌がり、悩み。目の前であたふたしているツァイトを見ると子どもが1人増えた気がしてケントニスは嬉しいのだ。


『ケントニス?』

「ごめんな、つい。……お前は嫌われてはいないよ、安心しなさい」


 よろよろと立ち上がったツァイトは台所へ向かった。

 何とか元気になってもらって良かったなとケントニスは思ったのだ。

 ブルーメも生まれて11年になった。その事を思うと、時の流れを早く感じた。この間まで野原を駆け回り、泥んこになっていたなと、ブルーメの部屋のドアを見つめながらケントニスはそんな事を考えていた。


 と、目の前にマグカップが差し出された。


『これを飲みに来たのでしょう?』

「本当に気が利くよ、お前は」


 どうやらブルーメの分のホットミルクも用意していたようで、ツァイトは部屋に向かっていった。

 ケントニスはその背中を見ながら、止めようかと思ったが、出来なかった。


『ダメでした』


 すでにツァイトはブルーメに断られてしまっていたからだった。

 コーヒーは途中からカフェオレになってしまった。





 ツァイトは今日も元気がなかった。


 上の空で洗濯物を干している。おかげで同じところに服やタオルを重ねていっている。

 干場に洗濯物が積み重ねられていく。

 それはついにバランスを崩し、大きな音を立てて地面に散らばった。



「ツァイト!?」


 大きな音に驚きケントニスは家から飛び出した。


『すいません、驚かせてしまって』


 スケッチブックでそう言いながら、ツァイト散らばった洗濯物をまたかごに戻していった。

 ケントニスも手伝いすぐにそれらは片付いた。しかし、きれいになった洗濯物には土がついてしまってもう一度洗わねばならなかった。


『洗い直しですね』

「……どうしたんだ? ツァイトが珍しい」


 かごを持って立ち去ろうとしていたツァイトは歩みを止めた。

 うつむき加減でスケッチブックに文字を書いていく。


『ブルーメが泣きながら帰ってきたんです。心配で様子を見に行ったのですが、追い返されてしまいました』

「泣きながら? ……そうか、何かあったのかもしれないね。僕も様子を見てくるよ」


 一緒に洗濯物を洗い直してからツァイトに夕食の準備を頼み、ケントニスはブルーメの部屋のドアをコンコンと叩いた。

 返事はなく、どうしようかと迷ったがそろりとドアを開けた。

 ブルーメは机にうつ伏せになっていた。


「ブルーメ? 何かあったのかい?」

「……うるさい。出て行ってよ」

「そうか。じゃあ、話したくなったらおいで。いつでも聞くからね」


 ケントニスはそれだけ言って扉をしめた。


 ケントニスは頭をガシガシかいた。

 どうにも難しい年頃だとケントニスは感じる。見守ることも大切だとツァイトには言ったが、何か悩んでいる時はどうしても心配になる。親になるとはなかなか大変だと思った。


(女の子は難しいな。お前だったらどうしたか……)


 ケントニスはドアの前にしばらく立っていた。




 ツァイトと合流したケントニスは手でバツマークをつくった。それを見たツァイトはうつむき、また魚をさばいていた。


「どうしたんだろうなぁ」

『大丈夫でしょうか?』


 台所で2人並んでため息を吐いた。ツァイトもきっとそうだっただろう。

 やはり、話してくれない事にはどうしようも出来ない。

 その日、テーブルには1食分の夕食が残されたままになった。






 あの日、2つの命がそれぞれの道をたどった。


「昨日から出て来ないのか、ブルーメ」

『はい。折角の誕生日ですのにね』


 今日はブルーメの12回目の誕生日であるのだが、ブルーメは部屋にこもったままであった。

 何度か部屋を訪れてはいるものの、ブルーメは2人を追い返すだけだった。


 豪華な夕食とケーキが乗せられたテーブルを見て、ツァイトはガタッと立ち上がった。

 そのままブルーメの部屋に向かっていった。


 ノックをしたあと、ツァイトは部屋に入っていった。それを見てケントニスも慌ててブルーメの部屋に走った。


『どうして何も言ってくださらないのですか? 言葉にしなければ分からないこともあるんです。悩んでいても解決にはなりません。折角の誕生日なのですからブルーメには笑顔でいて欲しいのです』

「うるさい!」


 ブルーメはツァイトが使っているスケッチブックを放り投げてしまった。それはケントニスの足元に飛んできて、彼は驚き、我が子を見つめた。


「お母さんが元々いないツァイトに何がわかるの!? 私は、私はお母さんに会いたいよ! 周りの子はお母さんと買い物に行ったり、女の人同士でお話が出来るのに……!」


 ツァイトはそっとブルーメに手を伸ばしたがそれをはじかれた。


「構わないでよ! ツァイトなんか嫌い! 大嫌い!!」


 ツァイトに本が投げられた。


「ブルーメ!!」


 ツァイトの横を通り抜け、ブルーメは家を出ていった。


 ツァイトは己の手を見つめた。


 あんな表情のブルーメははじめて見たのだ。










 ツァイトは落ちている本を拾った。


「ツァイト、ブルーメを探しに行くよ」


 ケントニスはツァイトの手を取った。


 目にうつったのは、手に持つ本。


「……『不思議な泉』」




 ケントニスは薄暗い中、ツァイトとともに家を飛び出した。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ