表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/10

第六話 魔法少女が帰宅をするのは、家へ帰るためでなく、帰宅をするためである。

「ねえ、うさぴー。一緒に帰ろうよ!」


「……へ?」


 クラス中の視線が一点に集まる。ねえ、ゆうちゃん。それ絶対そんな大声出す必要なかったよね?


「だってさ、だってさ。昨日の朝ぶつかったってことは帰る方向も同じってことでしょう?」


「え? あ……うん」


 ああ、そこは記憶改ざんしてくれなかったのね。


「やったね、うさぴー。これはチャンスだ。過程なんて無視して一気に決めるんだ!」


 えーと、スー? あなたも私のことをそう呼ぶの? あと決めるって何を?


「やったー! 決まり! じゃあ早く帰ろー」


「あっ、ちょっ」


 待って、展開早すぎるって。


「よーし、決まりだね。さあ早く荷物まとめて帰ろう」


 え、あ。


「ほら、早くー」


「早くしないと、ゆうちゃん待ちくたびれちゃうよ」


 ……なんかもう、私居ない方がよくない?




 ――――校舎を出ると、赤く燃えた太陽が視界に入りこんできた。それを眩しく感じ、片手をかざす。隣にいるゆうちゃんも同様の動きをした。それを見て、なんだか可笑しな感覚を覚える。


 ゆうちゃんの「行こうよ」という言葉を始点にして、私たちは歩き始めた。


 長く伸びた二つの影が、付かず離れず、私たちの後を追いかける。それがなんだか気恥ずかしく感じて、少し俯く。それに伴いできた影も、顔の紅潮によって中和された。


 くすくすとゆうちゃんが笑った。理由は聞いても教えてくれない。けれども、今だ小刻みに肩を揺らしているゆうちゃんを見ると、不思議なことに私の体も共鳴を始めた。笑いの固有振動数が近いのかもしれない。


「いいねーその感じ。青春だねー。じゃあ、そこからそっと肩を寄せてみようか」


 ……スーは相変わらずである。




 影長がさらに伸びたころ、私たちはある交差点で足を止めた。


「ここ……だよね」


 ゆうちゃんがそう言う。私は「うん」と静かに肯定した。


 いつも見ていたはずの光景、通学路の一部。けど昨日の朝に限れば、それは違った。


「じゃあ、私こっちだから」


 と、一方の道を指差しながらゆうちゃんは言う。


「じゃあ、また明日ね」


 そう言って手を振るゆうちゃんは、くるりと振り返り、私に背を向けて歩き出した。


 ――揺れる黒髪、純白のセーラー服、こちらを振り返ることの無い後姿……。ゆうちゃんが二歩、三歩と歩を進めても、私は動き出すことができない。


 また明日……学校に行けば会えるだろう。きっと今日と変わらない、ゆうちゃんの笑顔を見ることだってできる。……でも、ほんとにそれで良いの?


 一歩、足を踏み出す。これで私の家からは一歩、遠退いた。


 私の背後でカラスが飛び立った。その鳴き声は明らかに私を馬鹿にしていた。……私がアホだってことぐらい、私が一番分かってる。


「ま、待って」


 ようやくひねり出した、精一杯の声。風に流されてしまいそうなくらい、弱々しい。思えば私から会話を切り出したのは初めてかもしれない。


 黒髪が一瞬大きく揺れる。先程とは打って変わって、ゆっくりと振り返っているように見えた。


「なに?」


 数秒前と何ら変わらない、優しい笑顔。西日が妙に眩しく感じる。


「送ってくよ」


 自分でも何言ってるんだかよく分からない。ゆうちゃんは首をかしげている。


「ほ、ほら。女の子一人じゃ危ないかなーってさ」


 続けて言ってみたが、完全に失言だ。


「ふふ、変なのー」


 ゆうちゃんは口元に手を当てて、笑い始めた。


 スーはこちらを向いて、ぱちりと1つウィンクをした。……ああ、居たの忘れてた。




 ――――後のことは容易かった。あんなに悩んでいたのがウソのように会話ははずみ、心は躍り、上り坂さえ苦にならなかった。時間は光の速度( 30万km/s)で過ぎていき、あっという間にゆうちゃんの家に着いた。


 結論から言うと、私は明日の朝、ゆうちゃんを迎えに行くこととなった。理由を言うならば、家が意外と近かったことと、スーが出しゃばったのを鎮めるためである。




 そして現在は帰途に就いている。ゆうちゃんと別れてから少しばかりの寂しさ、物足りなさはあるものの、それを埋め合わせるだけの満足感を私は持っていた。


 ただ、一つ気になったこともある。すれ違うサラリーマンが振り返ってきたのは、私が美少女であるが故のことなのか、それとも……。


「ずいぶんと良い笑顔じゃないか。さっきのサラリーマンでも落とそうとしたのかい?」


 ……考えるまでも無くこっちか。スーにしては珍しくまともなツッコミなので、何故だか少し腹が立つ。


「……ねえ、スー」


 あくまで平生を装って、私は言った。


「なんだい?」


「1番長い英単語って何だか知ってる?」


 この言葉を受け、スーは少し考えるようなそぶりを見せて、こう言った。


「さあ、分からないね」


 スーなら本当は知っていそうだけれども、空気を読んでくれているのだろうか。真意は分からない。


「smilesだよ」


「へーどうしてだい?」


 スーは口ではこういったものの、大して興味がなさそうである。


「それはね、sとsの間に1mileマイルの間があるからだよ」


 スーは「ふーん」と呟いて、それっきり口を開かなかった。


 私はとっておきの冗談が不発に終わったので、少し肩を落とす。どうも猫に冗談は通じないらしい。


 しかしまあ、こんな感じで笑顔でいれば、ゆうちゃんとの間に感じていた距離も少しはなくなるかな? ……1マイルほどには。




「さて、上機嫌なところ悪いけど」


 突然スーが口を開いた。家まであと100mの地点、夜の色が見え始めた時のことである。


「なに?」


 今度は私が訪ねる側に回った。


「今から魔法少女業務を行ってもらうよ」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ