第六話 魔法少女が帰宅をするのは、家へ帰るためでなく、帰宅をするためである。
「ねえ、うさぴー。一緒に帰ろうよ!」
「……へ?」
クラス中の視線が一点に集まる。ねえ、ゆうちゃん。それ絶対そんな大声出す必要なかったよね?
「だってさ、だってさ。昨日の朝ぶつかったってことは帰る方向も同じってことでしょう?」
「え? あ……うん」
ああ、そこは記憶改ざんしてくれなかったのね。
「やったね、うさぴー。これはチャンスだ。過程なんて無視して一気に決めるんだ!」
えーと、スー? あなたも私のことをそう呼ぶの? あと決めるって何を?
「やったー! 決まり! じゃあ早く帰ろー」
「あっ、ちょっ」
待って、展開早すぎるって。
「よーし、決まりだね。さあ早く荷物まとめて帰ろう」
え、あ。
「ほら、早くー」
「早くしないと、ゆうちゃん待ちくたびれちゃうよ」
……なんかもう、私居ない方がよくない?
――――校舎を出ると、赤く燃えた太陽が視界に入りこんできた。それを眩しく感じ、片手をかざす。隣にいるゆうちゃんも同様の動きをした。それを見て、なんだか可笑しな感覚を覚える。
ゆうちゃんの「行こうよ」という言葉を始点にして、私たちは歩き始めた。
長く伸びた二つの影が、付かず離れず、私たちの後を追いかける。それがなんだか気恥ずかしく感じて、少し俯く。それに伴いできた影も、顔の紅潮によって中和された。
くすくすとゆうちゃんが笑った。理由は聞いても教えてくれない。けれども、今だ小刻みに肩を揺らしているゆうちゃんを見ると、不思議なことに私の体も共鳴を始めた。笑いの固有振動数が近いのかもしれない。
「いいねーその感じ。青春だねー。じゃあ、そこからそっと肩を寄せてみようか」
……スーは相変わらずである。
影長がさらに伸びたころ、私たちはある交差点で足を止めた。
「ここ……だよね」
ゆうちゃんがそう言う。私は「うん」と静かに肯定した。
いつも見ていたはずの光景、通学路の一部。けど昨日の朝に限れば、それは違った。
「じゃあ、私こっちだから」
と、一方の道を指差しながらゆうちゃんは言う。
「じゃあ、また明日ね」
そう言って手を振るゆうちゃんは、くるりと振り返り、私に背を向けて歩き出した。
――揺れる黒髪、純白のセーラー服、こちらを振り返ることの無い後姿……。ゆうちゃんが二歩、三歩と歩を進めても、私は動き出すことができない。
また明日……学校に行けば会えるだろう。きっと今日と変わらない、ゆうちゃんの笑顔を見ることだってできる。……でも、ほんとにそれで良いの?
一歩、足を踏み出す。これで私の家からは一歩、遠退いた。
私の背後でカラスが飛び立った。その鳴き声は明らかに私を馬鹿にしていた。……私がアホだってことぐらい、私が一番分かってる。
「ま、待って」
ようやくひねり出した、精一杯の声。風に流されてしまいそうなくらい、弱々しい。思えば私から会話を切り出したのは初めてかもしれない。
黒髪が一瞬大きく揺れる。先程とは打って変わって、ゆっくりと振り返っているように見えた。
「なに?」
数秒前と何ら変わらない、優しい笑顔。西日が妙に眩しく感じる。
「送ってくよ」
自分でも何言ってるんだかよく分からない。ゆうちゃんは首をかしげている。
「ほ、ほら。女の子一人じゃ危ないかなーってさ」
続けて言ってみたが、完全に失言だ。
「ふふ、変なのー」
ゆうちゃんは口元に手を当てて、笑い始めた。
スーはこちらを向いて、ぱちりと1つウィンクをした。……ああ、居たの忘れてた。
――――後のことは容易かった。あんなに悩んでいたのがウソのように会話ははずみ、心は躍り、上り坂さえ苦にならなかった。時間は光の速度で過ぎていき、あっという間にゆうちゃんの家に着いた。
結論から言うと、私は明日の朝、ゆうちゃんを迎えに行くこととなった。理由を言うならば、家が意外と近かったことと、スーが出しゃばったのを鎮めるためである。
そして現在は帰途に就いている。ゆうちゃんと別れてから少しばかりの寂しさ、物足りなさはあるものの、それを埋め合わせるだけの満足感を私は持っていた。
ただ、一つ気になったこともある。すれ違うサラリーマンが振り返ってきたのは、私が美少女であるが故のことなのか、それとも……。
「ずいぶんと良い笑顔じゃないか。さっきのサラリーマンでも落とそうとしたのかい?」
……考えるまでも無くこっちか。スーにしては珍しくまともなツッコミなので、何故だか少し腹が立つ。
「……ねえ、スー」
あくまで平生を装って、私は言った。
「なんだい?」
「1番長い英単語って何だか知ってる?」
この言葉を受け、スーは少し考えるようなそぶりを見せて、こう言った。
「さあ、分からないね」
スーなら本当は知っていそうだけれども、空気を読んでくれているのだろうか。真意は分からない。
「smilesだよ」
「へーどうしてだい?」
スーは口ではこういったものの、大して興味がなさそうである。
「それはね、sとsの間に1mileの間があるからだよ」
スーは「ふーん」と呟いて、それっきり口を開かなかった。
私はとっておきの冗談が不発に終わったので、少し肩を落とす。どうも猫に冗談は通じないらしい。
しかしまあ、こんな感じで笑顔でいれば、ゆうちゃんとの間に感じていた距離も少しはなくなるかな? ……1マイルほどには。
「さて、上機嫌なところ悪いけど」
突然スーが口を開いた。家まであと100mの地点、夜の色が見え始めた時のことである。
「なに?」
今度は私が訪ねる側に回った。
「今から魔法少女業務を行ってもらうよ」