第五話 彼女-私=smiles
「ねえ、うさぴーって呼んでもいい? 私のことはゆうちゃんってよんでもいいからさ」
「……へ?」
それはあまりにも突然のことだった。「一緒にお弁当を食べよう」と言われたわずか数会話後のことである。
「だって名前的にも見ため的にもぴったりだからー、ね、いいでしょ」
分からない、全く分からない。
私のプランでは、「いいお天気ですね」、「ご趣味の方は」、と話をつなげていき、とどめに「私……いや、おいらー……オイラーの公式よりもお美しいですね」と軽い冗談でオチを付け、かつ落とす予定だった。
「やったー、じゃあこれからよろしくね。うさぴー」
それがこのありさまである。ここまで私は、あー、だとか、うー、だとかしか言っていない。しかし彼女はそれらの言葉――と言うよりも呻き声に近いのだが――を全て肯定の意と受け取り、ここまで話を発展させてしまったのだ。
「俺コミュ障だから、リードしてくれる女の子がいいな……デュフ」とかなんとか昔は考えていたが、そんなレベルを軽く超越したこの強引さは、四色問題の解法を思わせる。
「ほら、「わーい! 私もうれしいな! よろしくね、ゆうちゃん」っていうんだ。さあ、早く」
スーはさっきからこんな感じである。
「えっ、その卵焼きすごくおいしそう」
「う……うん。ひとつ食べる?」
「いいの!?」
言葉と共にゆうちゃんの箸は動く。スーは「そこはあーんするんだよ」とか言っているが、まあ無視で良いだろう。
箸で卵焼きを一つつかみ、ひょいと口へ運んでゆく。ただそれだけの動作。ただそれだけなのに、その一つ一つの所作が、まるでゆうちゃんの美少女性を体現しているかのようだ。すらっとした指先、艶めく唇。整った個々のパーツが、混ざり合っていく内に調和し、化学変化を起こして一つの芸術作品を作り出しているようだった。
「ねえ、どうかした?」
心配そうに私の顔をのぞいてくるゆうちゃん。
「あ……ううん、なんでもない」
相変わらず、情けない。
「すっごくおいしいよ、この卵焼き!」
とびっきりのスマイル。眩しすぎて目を逸らす。
「じゃあ明日からお弁当作ってきてあげるよ。って言うんだ」
……スー。ごめんちょっと黙ってて。
「あ……うん。よかった」
これが私にできる最大限の返事だった。
午後の授業中、私はうわの空、というよりも空ばかり見ていた。どこまでも続いていく青い空。それは果てしなく、そして遠い。手を伸ばしてみても、届かない……あれ? 空ってどこからどこまで?
そんな仕様もないことを考えながら、心はうわの空の更に高みを目指す。
はぁ……。本日何度目かもわからないため息。ゆうちゃんと話してみてよく分かった。きっとゆうちゃんと私は分数関数なんだろう。lim(x→0)1/x=∞で、近づけば近づくほど、ゆうちゃんとの距離を自覚してしまう。
ブルーな気持ち、それに同情してくれる空。ちょっぴりおかしくてふふっと笑う。
「なんで空は青いんだろう……」
投げやりな質問。誰に向けて言ったわけでもなく、答えを求めてるわけでもない。
「それは光の散乱が……」
とスーが懇切丁寧に説明してくれた。……いや、そういうことじゃないから。
ひっそりとタイトルを変えました。(2014/12/31)