プロローグ
目を覚ますと俺は美少女であった。それもうさみみである。
もちろん俺は正真正銘の男であったし、何か特殊な能力を持っていたわけでもない。少なくとも今朝までは、俺はどこにでもいる普通の男子高校生であった。いや、どこにでもいるわけではないのかな? 毎日一人で登下校し、休み時間は自分の席で寝たふりを、そして生まれてこの方彼女どころか友人というものに巡り合えたことの無い俺のような人間が、この世に何人もいてたまるかという話だ。淘汰されるべき劣等種などは、俺一人で十分なのだ。
はてさて、そんな非リア充の嘆きなどは、今はどうでも良い。ここで重要なのは俺がいかにしてうさみみ美少女になってしまったかである。思い当たる節ならいくつかある。
思い当たる節一つ目、朝登校するとき、食パンくわえた美少女とぶつかった。非リア充たる俺は無言で華麗に、ペコリと一礼した後、その場を立ち去った。
節二つ目、ぶつかった美少女が俺のクラスに転校してきた。今度は朝の二の舞になるまいと考えた俺は、無言の圧で存在感をアピールしておいた。さすがは俺である。
節三つ目、帰り際にクラスの女子どもに話しかけられた。これには驚きである。俺に話しかける女子など今後百年は現れないと思っていた。なんて言われたかって? もう転校生ちゃんのことを付け回すなだってさ。相手方は怖がっているんだと。こういうことには慣れているが、直接言われると腹が立つ。そこで俺は口角を少し上げ(この時、左側の口角を右側よりも少しだけ上げるのがコツである)相手の胸元あたりに目線をやり(直接目を合わせてはいけない)頭を十五度ほど前にうなだれさせて、「ご……ごめん、デュフ」と呟いた。これは俺にのみ許される秘儀、これを使うとその場にいる女子どもを蹴散らすことができる。
その景色は実に爽快であった。人類の頂点に立ちうるであろう俺のスマイルを見た女子どもからは黄色い歓声が上がり、興奮のあまり一目散に走り出す者や、常軌を逸した感動に泣き出す者、果てはその場に倒れこむ者まで現れた。三年ぶり五度目の秘儀炸裂であった。もちろん、大きすぎる力には代償を伴う。お前がNO1だ~などという自虐的ギャグをふと思いつき、思わず吹き出しながら、俺はハンカチで目元をぬぐった。俺にもあったんだな、特殊能力……。
本題に戻ろう、節四つ目、しゃべる猫らしき動物に会った。言うまでも無い、原因は明らかにこいつだろう。つまり今まで言った節一~三は、ただ俺の愚痴を言う場であったことを理解していただきたい。
開口一番、俺がリアクションをとるよりも前に猫はこう言った。
「ずいぶんと醜い顔だね。どうだい、いっそ魔法少女になってみないか?」
……俺の頭はついにイカレタのだろうか? いや、もしそうだとするなら「イカレタ顔×イカレタ頭=正常」にもどったといえるかもしれない。まあ、落ち着こう。仮に、あくまで仮にだが、今この状況を俺の妄想内だと仮定しよう。次に、あの猫。あれが俺の妄想の産物だとするならば、果たしてあんなことを言うだろうか。泣きっ面に蜂? 傷口に塩? 否、先程の奴の言葉は完全に俺にとどめを刺しに来ていた。差し詰め、「泣きっ面に蜂、更に蜂」といったところである。そこに塩を塗りたくろうが、アナフィラキシーショックの前では無力に等しい。それほどまでに棘のある言葉。俺の妄想内で存在しえるのだろうか? 否、それは無い。「現実より非情なことは、この世には存在しない」ということは自明の理である。故に仮定は誤りであり、あいつは俺の妄想内の生物では無い、ということが証明された。
つまりだ、あの猫の言ったことは一考に値する。順に吟味していこう。
――すいぶんと醜い顔だね――これは考えるまでも無い、事実である。考えたくもない。
――いっそ魔法少女になってみないか?――いっそというのは比較表現である。比較の対象は醜い顔をした現在と、魔法少女になった未来なのだろう。しかし、いっそという言葉にはマイナスの意味が含まれることも多い。だが、俺の人生こそが全人類の最底辺としたら? それ以上のマイナスがないとしたら? いっそという言葉の揚げ足を取ろうとするのは無意味と化す。
……声がのどに詰まる。意識とは裏腹に体は言うことを聞かない、ボッチ生活が長いと、思いを言語化するのに無駄に時間がかかる。言え、言え、と心の中で叫ぶのは簡単だ、だが精神世界の一歩と現実世界の一歩には絶大な格差がある。
無意識ながら手の平に爪は食い込む、痛覚が嫌というほどそれを意識化する。口は開いた、声帯の準備はとうにできている。息を吐くことなど容易い。あとは……心だけだ。言え、言え、言え、と再度心の中で呟く。しかし、今度は自身を諭すように……。
さあ、準備はできた。ただ「ああ」と言いさえすればよいのだ。より覚悟を厳格化するため、息を深く吸い込んだその時。
「どうやらおーけーみたいだね、助かるよ」
……好きの反対は無関心、じゃあ優しさの反対は……? 安堵と怒りと自責の念が入り乱れ、俺の心中では乱気流が起こる。やがてそれらが複雑に形を変え、バスタブの栓を抜いたがごとく渦を巻いて俺の意識と共に消え失せていった……。
そして、冒頭に戻る。
再度言おう。目を覚ますと俺は美少女であった。それもうさみみである。
P.S.しっぽはふわふわもふもふでした。