09 入部希望でヤな予感
体育館に入った瞬間、先輩方がこちらを向いた。
一瞬びくっとしたかもしれないが、彼女達の顔に浮かんでいるのが笑顔だということに気がついて少し気を緩める。
「失礼します!入部届けの提出に来ました」
始めに声を出したのは姉御系の子。どうしよう、自己紹介とかあればいいんだけど。
基本的に名前は聞くけど、顔はあまり覚えられないというか…大会に行くとチーム内だけでいっぱいいっぱいだったから、他のチームの顔はあまり見ていなかったんだよね。
名前さえ分かれば聞いたことがあるのかもしれないんだけど。
「…ああ、一年生ね。貴方達が最初だから忘れてた」
「ちょっとサキィ、それはなんでも失礼だよ」
うん?ちょっとゆるーい感じの先輩なのかな?
そう思ったのも束の間、サキと呼ばれた彼女はピシッと糸を張らせるかのように雰囲気を一瞬で変えた。
スイッチでもどこかに付いているかのような切り替わりだ。
「私たちから自己紹介するよ。3年、安藤咲。キャプテンやってる」
「あ、うち?うちは早坂李央だよ。一応、副キャプ?」
二人が自己紹介したところで、「後は一斉部会で」ということになった。一度に覚えられるわけでもないし、練習しながら徐々に覚えていく流れが殆どだそうだ。
次に、一年が自己紹介することになる。
その時に休憩が終わったらしく、他の二三年が練習を再開し始めた。
「あたしは清水翠って言います!○○県の麻宮中学校でSFしてました!」
「木野苺です。恐らく聞いたことは無いと思いますが、この近くの坂倉中のCでした」
「××県、元外海中の秋森彩香です。ポジションはあまり安定していませんでした」
へえ、この子は木野さんって言うんだ。この辺りの中学校なら確かに華季に早々に負けてしまうから無名だったのかな。でも中等部は強豪とはいえ高等部程飛び抜けているわけでも無いし…。
てか中等部は人数が揃わない時もあったらしい。スポーツ推薦は高等部からだから。
あ、ということは坂倉中も人数が居なかったっていう可能性もあるのか。でもポジションはあるしな。
うーん…、よくわからない。今度機会が有れば聞こう。
「よろしく。三人とも名前を聞いたことがある」
そう安藤先輩が言った。あれ?私が知らないだけ?
「清水ちゃんはスピードとテクニック、秋森ちゃんはデータを取らせないってよく聞いてたんだよー。木野ちゃんは女子じゃちょっとマイナーなんだよね。男子の中に入っても見劣りしないレベルだって」
早坂先輩が詳しく解説した。名前だけ聞いたことのある私とは大違いで、もしかして分析派なのかな。
木野さんの名前を聞いたことが無いのはそういうことか。多分、人数が足りなかったから男子チームの方に入っていたんだろう。女子が男子の中に入ることは申請さえすれば問題ないことも多いから。
私がデータを取らせないっていうのは毎回違うポジションだったからだと思うんだけど…。何か過大評価されてる気がするな。
「そうなんですか??」
「私のことを知っている方っていらっしゃるんですね、」
「注目されてたらしいことは少しだけ…。でも初めて聞きましたよ」
そう私たちが言うと、少し驚いたかのように先輩が目を見開いた。
「…今の二年生もそうだった」
「あー、自分の評価にキョウミ無いってコトね」
まあうちらもそうだったけど、と早坂先輩が言った。
周りの評価なんか気にせずに自分の好きなことを一心不乱にやる。
そんな人がここには集まっているということなんだろう。
現に、今練習している先輩方は集中して此方をちらりとも見ない。寧ろ、気が散るくらいなんだと思う。
私もそうだったから、よくわかる。
ああ、いい場所、いい環境だなぁ。
《同じ部活でチーム》という理由で一緒にいるのではなく、《一緒にやっている》からチーム。似ているようで全く違う。ここは、そんな雰囲気だ。女子特有の絆を確かめることなんてない。チームという繋がりを信じている。
「実力があればいい。今、私が一番巧いから私がキャプテン」
言葉少なにそう言った先輩の言葉が心に染みた。
口だけそう言っているところは沢山ある、でも結局妬みは存在する所の方が圧倒的に多い。
彼女は自分より上ならばいつでもその座を譲る。
それがここまで伝わってくる。その思いのなんと熱いことだろう。
そこまで考えて、唐突にその思考が打ち切られた。
「今日は練習していくの?」
一応そのつもりだということを三人とも答えると、早坂先輩はにんまりと笑った。
「ふふふふふっ!」
「え」
「は、い?」
「どういうこと?」
そう怪しく笑う彼女に嫌な予感がしたのは何も私だけではない、と思う。
清水さんは鈍感そうだから…あ、でも野生の勘は鋭そうだ。ちらりと横を見てみると、笑顔のまま冷や汗が頬を伝う木野さん。清水さんはいまいちよくわかっていないようだ。
先輩はひとしきり笑うと、「あ、ううん?気にしないで」とこれまたあくどい笑みを浮かべながら言った。気になりますよ普通なら。
若干不服な私たちを無視して彼女は後ろを振り返った。そして嫌な予感しかさせないある言葉を放ったのだ。
「一年生歓迎恒例行事、始めるよー!」と。
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