03 モノホンのお嬢様
まばらに生徒が戻ってくるのを横目で見て、そんなに時間が経っていたんだとまず驚いた。
楽しい時間はホントに直ぐに終わるんだなぁ…。
「そろそろ休憩が終わるみたいだし、席に戻るよ」
風音ちゃんが少し寂しそうに頷く。うぅ、もっと此処に居たいよー離れたくないよー。
私は女子で出席番号二番だから、十二番の彼女とは列が違う。苗字に文句は付けられないなぁ…仕方ない。
後でね、と手を振ってから自分の席に座った。
俄かに教室が本来の喧騒を思い出したかのように騒がしくなる。
生徒同士の自己紹介に、趣味、只の噂話世間話。一つ言えるのは、外部組と内部組どうしではあまり喋っていないみたい。
外部組は何で入ってきたかとか、こんな挨拶時間があるなんて驚いた、だとかで話しているし、持ち上がりでは元々の知り合いと喋ったりこんな大きな学校だから、関わったことのないような人と挨拶したり、どこどこの家の方と話してたんだとかいう自慢だったり。
外部組はさすが金持ち校だなー、考えてることなんてわかんねーや!なノリに近いし、内部組はなんていうか…選民意識?かなんかあるのかな。分裂しなきゃ良いけど。皆仲良しが一番良いよね。
スピーカーの電源が入った時のかすれた空気音が鳴り響いて、一気に教室が静まり返った。うわぁ、流石にエリートと言われるだけある。
チャイムが鳴って、放送が流れる。
《__これにて小休憩を終わります。十分後にホームルームをしますので、新入生は各教室に戻ってください。保護者の方々は講堂に入って下さい__繰り返します、___》
あ、やっと終わったのか。
パッとスイッチが入ったかのように賑やかさを取り戻す。喧騒に耳を傾けていると、後ろから声を掛けられた。
「初めまして。見慣れない顔ですが、外部受験者ですか」
振り返ると、黒い髪が綺麗な清楚系美人さんがそれはそれは麗しいお顔で微笑んでいた。
うーん、キレーな笑顔だけど…ちと完璧すぎやしませんか?なーんて。目が笑ってないのは仕方ないよねぇ。
「はい、そうです」
「あら、それにしてはあまり狼狽えてないのですね。中に知り合いでもいらっしゃるの?」
うわあ、探るような目つきー。なのに笑顔のまま。これは相当場慣れしてらっしゃる。
受けて立とうかな?これでも私四大家の長子だよ、貴方に引けを取らない位には探るの得意。なんてね。
「ええ、まあ。貴方は内部の持ち上がり…ですよね、お名前を訊いても?」
「ふふ…名前を訊くならばまず自分から、でなくて?」
「(あーこりゃ無理だ)敵わないなぁ…。秋森彩香です。警戒を解いてもらえませんかね、」
敵わないとか適当なこと言っといて煙に巻いとこう。このひと、相当"上"の方だ。
あと美人に警戒されるのも距離を取られるのも寂しいんだものー。くすくすと笑う彼女はお姉さまタイプだ、たぶん。
警戒云々は綺麗な笑顔でスルーされた。うわあん。
「有山愛美と申します。秋森…といいますと、あの?」
「私みたいなのがそんなお嬢様に見えます?挨拶も回ってないですし」
「では、分家でしょうか」
嘘を言うつもりは無いので、曖昧に笑っておく。きちんと肯定と受け取ってくれたようだ。
というか、有山…ありやま、か。そういえば、春山家の側近的なポジションの家が有山だった気が。え、言うべき?
ちょっと迷うけど、そのまま話を続けるみたいだから良いや。
「分家と言えど四家縁となれば相当地位はあるでしょう」
「昔からそういった扱いをされるのが苦手で。この学校にもスポーツ目当てで入りましたし」
「変わった人なんですのね…では、下の名前でお呼びした方がよろしいでしょうか?」
っしゃキタ、上流階級らしくない馬鹿アピール作戦、成功!探る価値も無い人だって思わせれば警戒も解いてくれるだろう。
悪く言えば変人ってことだけど、悪い意味で馬鹿なことをしてるわけではないし。敬語は…取ってくれないのかな。
仕方ない…直で頼む?でもこういう人って駆け引きを楽しむ面を持ってる気がするし。私なら疲れるだけなんだけど。
「ええ、是非。家の名前で呼ばれるのは距離を取られたみたいで少し苦手なんです」
「ふふ、普通なら誇りに思うところなんですけれど…私もそういったことも一応あるんですの。有山のことはご存知?」
「どうおもいます?」
結局下の名前で呼んでくれる気は無いらしい。気疲れするなぁ…この程度で言ってちゃ駄目か。
くす、と笑って一応春山の御家に近しい家柄なんですと大分謙遜した言い方で教えてくれた。知ってるけどね…。嘘は言ってない。
それにしても、とようやく私から切り出してみた。
お互いに堅苦しい物言いは止めませんか?今後も仲良くしたいですし。こんな変わった考え方の私ですが。
訳すると、「そろそろ探るの止めたら?仲良くしたいしね、まあ家と仲良くするのに利用は出来ないけど」ということ。きちんと理解してくれるだろう、多分。
「私の口調は癖なんです。どうかお気になさらず、楽になさって?」
訳、友達にはなるけど、気を許したわけではないわ。ってとこか。
「ありがとう。どうも上流階級の会話は性に合わなくてね。そうそう愛美さん、と呼んでも良いかな」
「気を遣わなくても結構ですわ、どうぞ宜しくお願いします」
上流階級の友達ゲット。
ついでに名前呼びもオッケー貰っちゃった。
そろそろホームルームが始まりそうだったので、会話を中断して前を向く。
ちらっと周りを見渡したら、殆どの生徒が席に着いていた。うわ、会話に熱中しすぎたかな。