ブラックホール
この話は前回の続きです。
後にドルグ帝本人から聞いた話なのだが、彼は帝都に戻ってすぐに、新しく兵を出したらしい。
私が食い止めていた3万の敵兵はその敵国の主戦力だった様で、本国がかなり手薄になっていたため、無理をして攻撃をしたようだ。
そんなことは露にも知らない私は、今まで使ったことのないような派手で強力な魔術を振るっていたわけだ。そうしていると、今まで私を包囲していた敵が慌ただしく撤退しだした。ドルグ帝が敵国に侵入した時間とちょうど重なる。
そうして、ドルグ帝の起点による絶妙なカウンターは見事に成功し、その敵国を征服し属州とした。
ここまではただの結果報告なのだが、ドルグ帝は他にも私の予想の及ばないことをしていた。
『今回の勝利は、アレックが敵の主力をたった一人で国境まで誘い出し、空になった敵国を私が制圧できるようにしたこの戦いの立役者だ』と、市民に誇大にも程があることを公表していたため、当時の私にとっては、全く訳のわからない形で英雄と呼ばれるようになっていた。
私にとっては、光栄な部分と納得のいかない部分の半々を合わせ持つ『英雄』という称号は、ガイロニアの兵士たちに自身を持たし、たった5年間で、セドリア大陸の北方を支配する大帝国へと急激に変化さした。
そしてさらに5年後。
ガイロニアの周辺諸国も十数年前の落ち着きを取り戻し、帝国の内政は安定していた。
そんな平和な時期に、小事件は付き物なのだが、今回の事件は少し毛色が違っていた―――
冬季を向かえ肌寒くなってきたガイロニアの王城にいる私とドルグ帝の元に、一人の兵士が慌ててやって来た。
「ベイルか、どうした? 何かあったのか?」
私がベイルと呼んだ兵士は、この寒空にいるとは思えないほどの汗をかき、肩で荒く息をしていた。
彼は呼吸を整えると一息に言った。
「アレック将軍。先ほどガイロニア極東の港町『ストックバク』にて、正体不明のブラックホールが現れたようです!」
ベイルの報告に私は耳を疑った。ドルグ帝も、あまりの唐突さについていけていないようだった。
「ブラック…ホールだと…? 規模はどのくらいなんだ」
かろうじて開いた口もうまく動かず、聞きたいことも頭に浮かばない。
「出現時は約5メートルだったブラックホールは、2時間たった現在、直径500メートルの黒穴へと巨大化しており現地では、軍が避難勧告が発動しています」
なんて大きさだ…こんなことが自然現象とは思えない。まさか、このガイロニアに私以外の魔術師がいるのか?
「ドルグ帝、この国に魔術を使えるものが私以外にいるのか? いるとしたらおそらくそいつが……」
「おちつけアレック!! 話を聞いただろう。人々が町ごと危機に晒されているのだ、犯人探しは事態が収束してからにすればいい」
ドルグ帝に言われ、我に返った私は自分があせっていることにやっと気づいて申し訳なくなった。
そんな私に比べ、ドルグ帝はなにより人々のことを考えている。
やはり彼は、王にふさわしい人物だ。
ドルグ帝への尊敬を再確認した私に、彼は言った。
「アレック。お前の言ったとおり、魔術師でもないとこの異常事態は起こせないだろう、だが逆に魔術師のお前にしか止められん事件だ。ブラックホールは任せたぞ、英雄」
そういうと、グッと親指を立て、光る歯を見せ付けるガイロニアの皇帝。彼は、職務をがんばろーと完全棒読みで颯爽と部屋を出て行った。
取り残される兵士と私。
…くそっ! 無邪気に笑って、全部こっちに丸投げしやがった。誰だよあんなやつ尊敬しなおしたの! …自分か。
「だが、本当に一刻を争う緊急事態。 こうしてる今もブラックホールは広がっている」
ドルグにはぐらかされ、気が抜けたが、そんなことは関係ない。すっと目を閉じ、その場で魔術を行使する。
バシュッと、空気がはじける音と共に、私はストックバクへ飛んだ。
王城の白い壁から一転、ストックバクの上空へ飛んできた私の目の前には、決して小さくない港町を丸ごと飲み込む真っ黒なブラックホールが広がっていた。
報告に聞くのと実際に見るのとでは、全然違う。
光すら吸収するそれは逆に、見ている者へと絶望を放出している。
出現から2時間と30分。直径2キロを超えるブラックホールは、ストックバクを飲み込んで、ガイロニアを窮地へ陥れる。