婚約破棄してきた貴族の男は、魔法少女でした~前世レイヤーの私が可愛くプロデュースします!!~
「申し訳ないが、貴女とは結婚出来ない」
金の髪輝く真面目そうな美青年。
見目麗しい侯爵家のユーリ・クロウディスが私にそう告げた。
「婚約を破棄させてもらう」
そう言って、ユーリは自分の顎を人差し指で2回叩いた。
どうやら、彼が無意識にする癖らしい。
ああ、はいはい。
いわゆる婚約破棄ってやつね。
前世が日本のオタ女だけあって、見飽きた展開ですわ。
そう思っていた私、19歳の子爵令嬢アージリア・レイナウンは信じられない光景に目を見開いた。
「身勝手ですまないが、理由は何も聞かないでくれ」
ユーリが地面に頭をつけ、そう言ったのだ。
土下座だ。
DO・GE・ZA。
それも日本人だった私から見ても、見事な土下座。
「慰謝料はそちらの言い分払う。私の財産を全てを譲り渡していい」
ユーリはそう言って、さらに床に額をこすりつけた。
そして絞り出すような声で、こう続けたのだ。
「だから頼む。婚約破棄を受け入れてくれ」
「…………」
え? 婚約破棄って、こんなに下手に懇願してくるものだっけ?
っていうか、そんなに私との結婚イヤなの!?
と思ったが、ここまで必死にお願いされると断れない。
いや、元から断るつもりはなかったんだけど。
「あ……わかりました。あの~、慰謝料とか全然いいんで……」
こうして私アージリアと、侯爵家ユーリとの婚約は破棄された。
〇
「マジか~……うっわ、微妙に鬱だわ~」
思ったより婚約破棄のダメージを受けながら、私は馬車で帰路についた。
そして、前世とは似ても似つかない銀の髪を指でいじる。
すでに王都は暗くなっていた。
「はぁ……」と私は大きく溜息をつく。
たぶん婚約破棄を傲慢かつ大上段から言われてたのなら、ダメージはなかったろう。
あーはいはい婚約破棄ね、で終わった。
だが、あそこまで平身低頭に懇願されると──
「そこまで、私との結婚が嫌か? ってか私が悪いんか?」と思ってしまう。
まあいいや。
お互いの家の厄介者同士を、とりあえずくっつけた婚約だったし。
相手のユーリは、ただひたすら剣の道を極めていた三男坊。
見た目は眉目秀麗でイケてたし、誠実な武人ではあった。
しかし不愛想で無口、しかめっ面で愛嬌がない。
貴族の令嬢たちから────
「何を考えているかわからない」
「雰囲気が怖い」
「人の心とかなさそう」
「たぶん悪人」
「10人くらい殺してても驚かない」
と言われるほど、美しいのに怖い顔をしている男だ。
彼と真正面から向き合えた令嬢なんて、私以外いないんじゃない?
まぁ何度か会って話した限り、悪い人じゃあないんだけどね。
でも、きっと向こうもこんな陰気なデカ女を同じように思っていただろう。
前世の私は、小さいながらもスラっとしてて結構人気のレイヤーだった。
SNSでバズるたびに脳汁が溢れて、自己肯定感がマックスになる。
だけどある日、私の結構きわどい写真をAIが児童ポルノ判定してしまった。
それでアカウントがBANされ、私はそのショックで死んだのだ。
……我ながら酷い死に方だなぁ。
死の際に私は「もっと身体が大きければなぁ」と願った。
そのおかげか、転生した今は大きい。
少し大きすぎる。
身長178センチはある。
すらりとしてればモデル体型なのだが、あいにく肩幅もデカい。
ついでに骨太だ。
おかげで可愛い服が似合わなくて、日々悶々としていた。
そして自分の身体がコンプレックスで、あまり人と関われない。
嗚呼。
もう一度、レイヤーの時みたいにバズりたい。
そうすれば、脳汁と自己肯定感が溢れて人前で会話できるのに。
そう思い、私はソフトボールくらいの水晶玉を手に取った。
この世界、スマホはないがこの水晶で情報交換はされている。
画像や動画も記録できる。
ちょっとしたSNSみたいなものだ。
「ああ、この世界でもバズりたい~」
くっ、中途半端にこういうものがあるからバズりたい欲が……
そう思いながら、私は水晶を見る。
最近の話題は、王都とその近辺に謎の少女が出没するというものだ。
変な恰好の少女だが、とにかく強いらしい。
どんな悪党も、魔物も、たちまち倒してしまう。
そのおかげで、最近は夜間でも治安がいい。
犯罪者たちが、その謎の少女を恐れて活動を控えているからだ。
「うーん、どんな子なんだろう? 可愛い子だといいなぁ」
自分が可愛くなれないことはよく知っている。
なので、他人の可愛さで欲求を満たそうとした時──
大きく馬車が揺れた。
〇
奇妙な魔物だ。
直線で出来ており、生物というより機械のようなデザイン。
そんな現代アートの彫刻のような巨大な魔物が、馬車を持ち上げていた。
高さは、ゆうに15メートルはある。
とっさに御者は飛び降りたが、私は馬ごとビル4階分まで上げられる。
「……ギ……ギギ」
魔物の感情を感じさせない複眼が、馬車の中の私をじっと見ていた。
あ、殺される。
恐怖より先に、シンプルで残酷な言葉が脳裏に浮かんだ。
そして魔物が巨大で尖った四角推の脚を馬車に突っ込もうとした時──
「おるあああああああああああッッッ!!」
吠え猛る甲高い声が響いた。
獣のような声でもあるが、間違いなく少女のものだ。
謎の少女が、魔物の尖った脚を空中で受け止めている。
そして、小さな体の少女が魔物の脚を──
ブチィ
と、力づくで強引に引きちぎったのだ。
さらにそのまま少女は、千切った脚を武器として使う。
剣のように薙いで、馬車を掴む魔物の手を切断した。
「うわわっ!?」
自由落下する馬車の中で、私が下半身にひやっとしたものを感じた。
このままだと地面に激突する!!
そう思ったが、馬車はふわりと空中で速度を緩め、ゆっくりと止まった。
そして優しく地面に降ろされると同時に、少女の声が響いた。
「大丈夫か!?」
ピンクの髪の少女が、馬車の窓からこちらを覗き込んだ。
どうやらこの子が、空中で馬車を受け止めてくれたみたい。
って……う、うおおおおお!?
すっごい美少女!!
なにこれ、この世のものなの!!?ってくらい可愛い!!
マジ天使じゃん!!
おおおう、殺されかけたってのに可愛いモノ好きの感情が抑えられない。
少女は興奮する私が無事と確認すると、すぐに魔物へ向き直す。
「罪なき者へ害なす悪鬼外道!! この私が成敗いたす!!」
と、少女が見た目に似合ぬセリフを吐く。
そして、大きく飛び上がり武器にした魔物の脚を元の持ち主に叩きつけた。
ぐしゃり
と、幾何学的な魔物は、子供に壊されたおもちゃのように潰れる。
そして、光の粒になって闇夜に消えていった。
〇
「怪我はないか、アージリア」
少女が再び馬車の中で唖然としていた私に声をかける。
その言葉を聞いた時、私は思わず聞き返した。
「なんで、私の名前知っているの?」
「……あ」
その言葉に少女は、あからさまに「しまった」という顔をした。
「え、ええっと……それは……」
そう呟きながら、少女が自分の小さな顎を2回指先で叩く。
その動作に、私は見覚えがあった。
「もしかして……ユーリ様?」
自分でもバカなことを言ったと思う。
すぐに訂正しようとしたが、少女の反応の方が早かった。
「な、何故わかったのだ!?」
…………えっ、マジ?
この元の強面のユーリと似ても似つかぬ美少女が?
いやいや、まさかぁ。
でも、本人が認めちゃっているし……
私も自認ユーリの少女も、お互い困惑した顔で見つめ合っている。
すると周囲がざわつき始めた。
「魔法少女リリーだ」
「すげぇ初めて本物見た!!」
「きゃー、こっち向いてー」
騒ぎに集まってきた群衆が、そう歓声を上げながら水晶玉を向けてくる。
「……魔法少女リリー?」
自認ユーリがそう呼ばれていたことに、私が首を傾げる。
すると、その魔法少女リリーが私を馬車から引っ張り出した。
「御免!!」
そう言って、女性にしては大きい私をお姫様抱っこし、一気に跳んでこの場を離れたのだった。
〇
「どういうことですの、ユーリ様?」
どこかの屋敷の屋根の上で、私は魔法少女に尋ねた。
「その、見ての通り私は魔法少女なのです……」
と、正座をしながら申し訳なさそうにユーリ(?)が答えた。
「いや、それは見ればわかりますって!!」
「ですよね……」
「一体何故、こんなことになったんですか?」
そう私が強い語気で尋ねた時だった。
「その疑問には、ボクが答えよう」
と、魔法少女にはお決まりのマスコットがどこからか現れた。
それと見て、私は思わず声を上げる。
「うわ、出た」
「そんな害獣を見たような反応しないでよ……」
もこもこで真っ白な奇妙な小動物がしゅんとする。
ポメラニアンのような見た目をしていた。
「魔法少女って、わたくしもなれますの?」
「えっ、色々すっ飛ばしてそこから聞いてくるの?」
可愛いものになりたい私の切なる疑問に、マスコットが疑問文で返してくる。
「こんな可愛い魔法少女になれるなら、魂くらいでしたら余裕で差し出しますよ」
「ちょっと、もっと自分の命を大事にしなよ!!」
ふむ、魔法少女のマスコットのくせに倫理観があるわね。
変なの。
「とにかく慌てないで。自己紹介させてよ」
「すみません。わたくしも急ぎすぎました」
「ボクの名前はルーマロ。こことは違う世界から来たんだ」
「ふーん」
「反応薄いなぁ……」
ごめん。
私は別世界から来たどころか、別世界から転生してきたんで。
と、脳内で何の意味もないマウントを取りつつ私はルーマロの話を聞いた。
「ボクの世界から来た幻魔が、こちらの世界で暴れてるんだ」
「幻魔?」
さっきの幾何学的な見たこともない魔物のことかな?
そのあとのルーマロの話を聞く限り、おおまかにこんな感じらしい。
強力な精神体の幻魔には、通常攻撃や魔法は無効。
つまり、この世界の私たちにはどうしようもない。
だが、同じく精神体のルーマロが力を与えた者ならばダメ―ジを与えられる。
残念なことに、ルーマロが力を与えられるの者は滅多にいない。
これは私にとって、とても残念なことだった。
とにかくユーリは数少ない魔法少女になれる選ばれし者だったので、二つ返事で了承したそうだ。
「自分が誰かの役に立てるならば、と思った次第です」
正座したまま、元の貴公子とは似ても似つかぬ少女の姿で、かつての婚約者は真っすぐな瞳で答えた。
「牙無き人のために、我が身と命を賭すは剣士として当然!!」
「でも、なんでそんな姿に……」
今のユーリは女の私から見ても、抱きしめたくなる可愛さだ。
というか、今すぐ抱きしめたい。
「可愛さこそが、魔法少女の力だからだよ」
と、ルーマロが毛繕いしながら答えた。
そして、どこからかこの世界では普及している水晶玉を取り出す。
「正確に言えば、この水晶がより魔法少女の力を高めるんだ」
「というと?」
「簡単に言えば、バズるかだね」
「……は?」
私は思わず、間抜けな声を出した。
「ちょっと君の記憶から言葉を借りたよ」
そうルーマロが一言伝えてから、説明を始めた。
「この水晶で人々の心が繋がり、大きくバズった時……かわいい、応援したいって気持ちが高まった時に、魔法少女は力を増すんだ!!」
「マジですか……」
私は呆れていいやら、どうしていいやらわからなくなった。
〇
「すまないアージリア!! だからこのことは秘密にしてくれ」
ユーリが前に見たように、土下座をして私に懇願する。
「実は私が男だと知られたら、力を失うかも知れない!!」
まぁ、一部の熱心ファンはつくかもしれないけど、普通は引くわよね。
魔法少女の正体が、男でしたーなんてのは。
「顔を上げてください、ユーリ」
「アージリア……」
安堵の混じった声で私の名を呼び、ユーリがこちらを見上げる。
「お願い、お姉ちゃん……と、可愛くおねだりしなさい」
「……えっ?」
私の言葉は理解できていないのか、ユーリは少女の顔のままきょとんとした。
「早く!! 可愛くなりたいんでしょう!?」
「は、はい!!」
ユーリが再び頭を下げ、私に言った。
「お願い、お姉ちゃん!!」
「違う!! 可愛くない!!」
「なっ?」
ユーリが、どうしていいか理解出来ない顔をする。
そんな美少女を私は無理やり立たせ、ポーズを取らせた。
「こう手を合わせて、上目遣いで。そう腰をちょっと曲げて!!」
「は、はい!!」
「そう、そんな感じで!! それで可愛く、でも媚過ぎない声で!!」
「お願い、お姉ちゃん」
「よし!! ひとまず合格!!」
うんうん、と私は美少女化した元婚約者の懇願に満足する。
「じゃあ、私がユーリ……いえ魔法少女リリーの衣装担当になるわ」
「……え?」
本日何度目になるかわからない、困惑の声をユーリが漏らす。
「見たところ、いちおう頑張っているけど服が微妙にイモいわ。いや、そういうイモい恰好の美少女に熱心はファンがつくのは知っているけど、バズって大衆の絶対数を確保するためには、やはり服も可愛くしなきゃ!!」
「え、えっと……その……」
幻魔も恐れない魔法少女リリーが、少し私に怯えている気がする。
リリーことユーリが、助けを求めるようにルーマロに視線をやった。
「まぁ、いいんじゃない?」
そうルーマロが答える。
よーし、可愛い見た目でも所詮は人の心がわからぬ畜生マスコット。
自分の利になるなら、賛成すると思ったわ。
とにかく、こうして私は魔法少女リリーの衣装を作ることになったのだ。
いや、衣装だけじゃない。
仕草や何までプロデュースして、最高に可愛い魔法少女にするんだから!!
〇
こうして、私の充実した日々が始まった。
前世のレイヤー時代にとった杵柄、可愛い衣装を手縫いで作り上げる。
ミシンがないのは辛いが、そこは情熱とモチベでカバーだ。
〇
「はい、ワンツーワンツー」
人払いしたクロウディス侯爵家の鍛錬場で、ユーリにレッスンをつける。
可愛い仕草から、ダンスに歌を徹底的に叩きこむ。
このあとは、座学で言葉遣いも徹底的に可愛い女の子にする。
ユーリは魔法少女リリーの姿のままレッスンしていた。
私が頼み込んだら、聞き入れてくれたのだ。
めちゃくちゃ可愛い子が、私の指示で歌って踊る。
その姿を見ると、なんだか言い知れない快感が、私の心を満たしていった。
いや、これは純粋に成長を喜んでいるのよ。
プロデューサーとしての喜びよ!!
「はぁ……はぁ……こんなことになんの意味が……」
「笑顔を忘れてるわ!! どんなに辛くても、笑顔をキープしなさい!」
「は、はい!!」
「返事は『はい』じゃないでしょ!! 可愛く『うん』って言いなさい!」
「う、うん!! がんばるね、お姉ちゃん!!」
「よしっ!!」
指示にない一言まで付け加えるとは、やるじゃない。
ユーリも可愛い女の子としての自覚が出てきたわね。
〇
「凄いよ、今までにない力が溢れている!!」
魔法少女リリーがまた幻魔を倒した時、物陰から撮影していた私にルーマロが嬉しそうに語り掛けてきた。
「君の指導のおかげだよ、アージリアちゃん」
「ふふふ、そうでしょうそうでしょう」
魔法少女リリーは、周囲で見守る人々に
「応援ありがとー」
とハートマーク多めに手を振っている。
その愛らしい姿に湧く人々の歓声を聞きながら、私は水晶玉を見つめていた。
す、すごい……
めっちゃバズってる……!!
私が育てた魔法少女が、こんなに人気になるなんて。
めっちゃ自己肯定感が高まって、脳汁ドパってきちゃうわ!!
「ところで、アージリアちゃん。ひとついいかい?」
「ん?」
ルーマロが怪訝そうな顔で尋ねてきた。
「幻魔を倒したあとの、歌って踊るライブパートいる?」
「は? そこが一番重要でしょ」
まったく、これだから畜生マスコットは。
何もわかってないわね。
〇
「見て見て、ユーリ!! こんなにバズってる!!」
「わぁ、すごいすごい!!」
前もって決めていた人気のない場所で、魔法少女リリーのままのユーリと落ち合った。
そして、水晶玉に映る反応を見せる。
「わたしがこんなに応援してもらえるのも、お姉ちゃんのおかげだよ!! ありがとう、大好き!!」
と、言って魔法少女リリーが抱き着いてきた。
よし、常に可愛くあれという私の教えが生きてるな。
大好き、って言われた時、一瞬ドキっとしたけど可愛いムーブを徹底しているからよね。
うんうん、変な勘違いして厄介オタクになっちゃうところだった。
しかし、師を勘違いさせそうになるとは、成長が恐ろしいわ!!
「ユーリ、いえリリー……あなたは一生懸命で真面目で、素直だから呑み込みも早いわ。だからこそ、次のステップは厄介かも知れないの」
私がいつになく真面目な声でそう言うと、リリーはちょっとだけ不安そうな顔で上目遣いにこっちを見つめてきた。
くぅ、これこれ。
この表情がいいんだわ。
「今のあなたは完璧な可愛い動作をする、いわば可愛いマシーンよ!! でも、それだけじゃ真の可愛いには到達できないの!!」
「ど、どうすればいいの!?」
「あなたは完璧すぎて、ある程度予想通りの可愛いムーブしちゃうの。そこで、相手の予想や想像を超える『不意打ち』的なものが必要になってくるわ!!」
「ふ、不意打ち……」
リリーことユーリが、私が言った言葉を復唱して考える。
「不意打ちをされることで、胸が今までにないくらいにキュンキュンとときめくの!!」
「それって、どうすればいいのお姉ちゃん?」
「それは、私からは教えられないわ。自分で考えなさい」
私の言葉に、一瞬不安そうな瞳をしてすぐにユーリが決意したようにうなずく。
「とにかく、不意打ちを思いついたら私に仕掛けてみなさい。いつでも遠慮せず、どんと来てね」
一体どんな可愛い不意打ちをされるんだろう。
その期待に、私の胸はすでに高鳴っていた。
〇
こうして王都はますます平和になった。
そして、それ以外にも少し変化が表れ始めたのだ。
ユーリについての、周囲の反応だ。
〇
ある夜のこと。
どこかの結構偉い貴族の社交パーティー。
そこに、珍しく私も出席した。
ただ出たはいいものの、手持無沙汰だ。
これ以上大きくなりたくないので、食事制限してるから料理に手を付けないし、かといって誰かと踊れるほどアクティブじゃあない。
どうにも居心地が悪いので、壁のそばにあった私が両手でなんとか持てるくらいの大きさの花瓶の陰に身を潜めていた。
そんな退屈そうにしている私の耳に、令嬢たちの会話が聞こえてくる。
「クロウディス家のユーリ様、最近変わられたと思わない?」
おっ、ユーリのこと噂してるじゃん。
そう思った私の視界に、少し離れた場所にいるユーリが見える。
噂している彼女たちも、ユーリを見ながらしゃべっているようだ。
「ええ、前は怖くて近寄りがたい雰囲気だったのに」
「最近は優し気な感じになられて」
「ええ、あんなにも笑顔が素敵な方だったとは」
ふふーん、そうでしょそうでしょ。
彼女たちの言葉に、私は内心満足する。
確かにユーリは変わった。
魔法少女として可愛さを追求した結果、男の時でも物腰柔らかくなった。
そのおかげで、元々顔が良かったユーリは今では令嬢たちの話題に上がらぬ日がない。
「私、ユーリ様にお声をかけちゃおうかしら」
「ああ、でもユーリ様には婚約者が」
「それならもう破棄されたって話ですわ」
そんな声が聞こえた時、複数の視線を感じた。
ああ、なるほど。
こっちに聞こえるように言ってるのね。
あくまでたまたま聞こえてしまったんです。
お気を悪くされたら申し訳ありません、って感じの体にしてるのか。
この有力者のパーティー会場で、声を荒げたら理由はなんであれ悪者になるし。
「あのユーリ様から婚約破棄されるなんて」
「アージリアさんは、いったいどんな粗相をしたのかしら」
「体の大きいからですからね。色々がさつなんでしょう」
「…………」
ふん。
最近ちょっと自己肯定感高くなってたから社交界に出てみたけど……
やっぱ、こんなところ来なきゃよかった。
そう思って、私がその場を離れようとした時──
誰かに抱きしめられた。
「失礼」
ユーリだ。
久々に、男の姿のユーリとこんな近寄ったことに、私はちょっと戸惑う。
流石にデカ女の私より背の高いユーリが、噂好きの令嬢へ視線を向ける。
以前のような、怖いユーリの目だ。
令嬢たちは、首筋に剣を当てられたかのように震える。
「アージリアは、最高の女性だ。君たちに何か言われる謂れはない」
そうハッキリした声で、ユーリが言った。
「婚約破棄は自分の一方的な私情によるもの。そして明言しておくが……」
令嬢たちに向けては氷の刃ほど冷たく、私に対しては太陽のように温かい声で、ユーリが続けた。
「私はアージリア以外、愛するつもりはない」
……えっ、告られた!?
私の心臓が、信じられないくらい高鳴る。
顔を真っ赤にした私が、おそるおそるユーリの顔を覗き込んだ。
が、彼は困惑した顔をして何かを見ている。
「あ……あ…」
そんな女の子が聞こえて、私がそちらを向く。
すると、ユーリに睨まれた令嬢のひとりが粗相をしていた。
刃のごときユーリの眼力に、心の底から怯えたのだ。
骨盤底筋が耐えきれなかったらしい。
だが、当のユーリは「女性に対してやりすぎた」という顔をしていた。
まだ私たち以外気付いてないが、周囲が何事かと反応し始めている。
「……ふん」
次の瞬間、私は近くにあった大きな花瓶を手に取った。
そして花を抜き取ってばら撒き、中の水を漏らした令嬢にぶっかけたのだ。
「きゃあ!!」
周囲から甲高い悲鳴が聞こえる。
周りから見れば、私がいきなり令嬢に水を浴びせたようにしか見えない。
「わたくしに喧嘩を売るなら、いつでも受けて立ちますわ」
ひときわ大きな体の私がそう言うと、濡れネズミの令嬢をイジメてるようにしか見えないだろう。
周囲の目もそんな感じだった。
「あら、びしょ濡れでみっともない。さっさと着替えてくることね」
私がニヤリと、悪い笑みを見せつける。
「行こう、アージリア」
そんな私の手をユーリが引いた。
そのまま会場を立ち去ろうとする私の背に小さな声で
「ありがとう……」とずぶぬれの令嬢がつぶやいたような気がした。
〇
「あはは、初めて人に水ぶっかけたけど気持ちよかったー」
私とユーリ以外、誰もいないバルコニーで高らかに笑う。
「優しいんだな、君は」
そうユーリが、静かな声で言った。
「何が? 私はムカつく女に水ぶっかけただけよ」
ふん、と私はユーリから視線をそらしてぶっきらぼうに言う。
まぁ、漏らしたんじゃなくて私の水でびしょ濡れになったと思われるかもね。
「いや、君は心優しい女性だ」
ハッキリとユーリがそう言った。
「今回も令嬢もそうだし、婚約破棄なんてした私をずっと助けてくれた。ひどいことをした相手にも優しく出来る君は、本当に素敵な最高の女性だと思う」
「……ありがと」
ちょっと恥ずかしいけど、私は小さく礼を述べる。
ユーリは生真面目で、おべっかを使うタイプじゃない。
だから、これは彼の本心なんだろう。
まぁ、あと魔法少女リリーに協力してるのは、優しさというより趣味全開だからなんだけど。
「……ねぇ」
その時、私は今まで気になっていたけど言い出せなかった疑問を口にした。
「なんで、私との婚約を破棄したの?」
はっきり言って、婚約破棄の時はなんとも思わなかった。
その時はユーリの人となりがよくわかっていなかったからだ。
だから婚約破棄を告げられても、惜しいとも悔しいとも感じなかった。
でも最近、かわいいレッスンで一人の人間として長い時間接しているから感じるが、ユーリは悪意も私利私欲もない立派な人間だ。
一生懸命だし、不器用ながらも、人に対する思いやりもある。
魔法少女リリーとして可愛いからだけじゃない。
その純真な優しいひたむきさに、私は正直ちょっとときめいている。
なのに、何故私との婚約を急に破棄したんだろうか?
「それは……」
一瞬、ユーリが申し訳なさそうな顔をする。
が、すぐに意を決したように真っすぐな瞳を向けた。
「私は、魔法少女としてすぐに死ぬと思ったからだ」
「え……?」
意外な答えに、私はきょとんとしてしまう。
「今は勝てているが、異世界の奇妙不可思議な相手。いつか予想もつかない手段で、あっさり殺されてもおかしくない」
「あ……」
その時、私は前世が日本人だったからか平和ボケしていたことに気付いた。
魔法少女リリーは可憐な外見だけど、幻魔という得体の知れない相手と命がけの戦いをしていたんだ。
「ルーマロ殿も包み隠さず、その危険性を前もって何度も念入りに伝えてくれた。そのため、私以外の候補者はみな魔法少女にならず辞退したそうだ」
「だったら、なんで魔法少女なんかに?」
「私が貴族だからだ」
高潔さをそのまま音に乗せ、ユーリが答える。
「貴族が贅沢で恵まれた暮らしが出来るのは、非常時に命を懸けて戦い、人々を守る使命があるゆえ。そして魔法少女に私しかなれないなら、私しか幻魔から人々を守れないならば、その使命は私の幸福より、人生より、命より、何より優先される」
そのユーリの、真剣な言葉を私は黙って聞いていた。
「それに戦争による戦死なら遺族には保証が入るが、魔法少女として死んでもなんの保証もない」
あっ、そこはちゃんと現実的な考えに則しているんだ。
いやまぁ遺族補償は大切だしねぇ。
「だからアージリアが私と婚約しても、いつか結婚しても……必ず不幸にしてしまう。そう思って婚約を破棄したんだ」
そう言ってから、一度ユーリがうつむく。
そして、少し気恥ずかしそうにこっちを見た。
「だから、君に魅力がないわけじゃない。それどころか、会った時から誰よりも素敵な女性と思っている」
「えっ?」
「私に怯えなかったし、武一筋で口下手な私の話にも付き合ってくれた」
そして、次の瞬間には魔法少女の姿になる。
「それに、今の私に可愛さが何か教えてくれたよね」
まぶしくて可愛い、だけどどこか寂しそうな笑顔を向ける。
そして再び男の姿にユーリが戻った。
「君が好きだ、アージリア」
ユーリが、私の目を見つめてそう言った。
「しかし、だからこそ……君を不幸にしてしまう真似は出来ない」
「不幸って言ったら、もう不幸ですよー」
少しおどけた声を出す私に、ユーリがきょとんとする。
「今日は公爵家のパーティーだっけ? そんな中、水をぶちまけて台無しにしちゃった私は悪役令嬢の名を欲しいままにしちゃうよね。もう、嫁の貰い手なんてないんじゃないかなー」
「す、すまない。私があの令嬢を睨んだせいで……」
「悪いと思っている?」
「ああ、何でもする。腹を切れと言われば、この場でッ!!」
そう言ってユーリが腰の鋭剣を抜こうとした。
「わあああああ、そこまでやれなんて言わないって!!」
あっぶな。
魔法少女として可愛さを学んでも、根がガチガチの武人なんだよなぁ。
ユーリを落ち着かせたあと、私はイタズラっぽく微笑んだ。
そして、すぐにこんな顔じゃダメだと思い、真面目にユーリを見つめる。
「償いたいなら、婚約破棄を破棄してください」
そう真っすぐに、ユーリに伝えた。
その言葉を聞いてユーリの顔は驚き、そして喜び、最後に辛そうな顔に変化していく。
「だが、その場合だと私が……」
「私があなたを死なせないって」
ふん、と自信満々の顔を私はしてみせた。
「あなたを死なせないために、もっと可愛い衣装作るし、バズらせる。もう私はあなたの帰りを待つだけの無力なお嬢様じゃあないの。ユーリ、あなたの力を高める戦いの仲間だし教官なのよ。あなたが魔法少女として死ぬ結果も責任も、何もかも受け止めるわ。まっ死なせないけどね」
「アージリア……」
「もう、女の子にここまで言わせて、それだけ? かわいいレッスンのしすぎて、魂まで女の子になっちゃったの?」
「……そうだな。ハッキリと男らしく言わなければ」
ユーリが一度苦笑してから背筋を糺す。
「貴女と結婚したい」
私の眼前で跪きながら、ユーリがその言葉を口に出した。
「許してくれるならば君との婚約破棄を、破棄させてくれ」
「ええ、許しますユーリ」
私はうなずき、右手をユーリに差し出す。
すると彼はその手に、キスをした。
そしてユーリは私の手をとったまま立ち上がり、二人で見つめ合う。
お互いの距離が、どんどん近づいていく。
そして、唇と唇が近寄り、その距離がゼロになろうとした──
「大変だ!! 幻魔が出た!!」
──ところで、畜生マスコットに邪魔をされた。
こ、こいつ……ちょっと見ないと思ったら、このタイミングで。
「王都の南の方だよ。ほら、あっちあっち!!」
ルーマロが興奮気味に、テラスのフェンスの上で叫んでいる。
その背中をぶん殴ってやろうかと私が力を込めた手を、誰かに握られた。
「アージリア」
ユーリだ。
私の手を引き、振り返らせる。
そして……
「…………ッ」
私たちは、キスをした。
ルーマロに気付かれないよう、ほんの一瞬。
だけど、確かにキスをしたのだ。
ユーリなら絶対やらないだろうと思っていた、予想外のキスだ。
「不意打ちの行動とは、こんな感じかな?」
そう少しだけ照れながら、ユーリが小さく呟いた。
私は無言で、こくんとうなずく。
教え通り、私の心臓はめちゃくちゃ高鳴っている。
「さて、行くとしようか」
持ち前の整った顔に、凛々しいが恐ろしくはない笑みをユーリが見せる。
そして次の瞬間には、魔法少女リリーの姿になった。
「よーし、一緒に行こうよ!! お姉ちゃん!!」
可愛く、そしてあざとすぎない上目遣いで私を見る。
完璧に可愛い魔法少女だ。
「うん!! 撮影は任せて!!」
私が水晶玉を取り出して、そううなずく。
すると、世界一カッコいい私の婚約者で、世界一可愛い私の魔法少女が、私をお姫様だっこをした。
そして、二人で夜空を飛ぶ。
眼下の町の灯りが、まるで夜空の星のように光っていた。
熱くなってる頬に、涼しい夜風を浴びながら私は水晶玉を握りしめた。
「よーし!!」
これでまた、バズらないとね。
私の脳汁と、愛する人のために。
──終わり
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