アンドロイドヒロイン・アミカナの木曜日の朝:触ってみて
これは「時間戦士は永遠の夢を見るのか」本編の第8話「しおんの花言葉」と第9話「削られる日常」の間の出来事です。未来から来た女性タイムトラベラーであるアミカナは、自身がアンドロイドであることを隠して、大学生の志音と行動を共にしています。本編では描き切れなかった、互いに惹かれていく二人の心の触れ合いやすれ違いを描いています。本編未読でも、少しは楽しんで頂ける……ことを願っています。
<木曜日>
□□神社までの階段を登り切った志音は、激しく息を切らしていた。膝の上に手をついてかがむ。アミカナも、肩で息をしているようには見えたが、表情には余裕があった。汗をかいている様子もない。
「青少年は体も鍛えないと。勉強ばっかりはダメよ!」
彼女はからかうように言う。
「アミカナは鍛えてるの?」
「もちろん! 体を張った仕事だからね」
志音は胸を張る彼女を見上げた。決して痩せぎすではないが、筋肉質にも見えなかった。どこにそんなパワーがあるのだろう……
階段を登り切った少し先には鳥居があった。その前で、息を整えた彼はしっかりと背筋を伸ばした。
「入る前に、ここで立ち止まって……」
言いながら、隣にいるはずのアミカナを見たが、彼女は二、三歩後ろで立ち尽くしていた。鳥居の奥の巨大な御神木を見上げている。海から吹き上げる風が、四方に広がった枝をざわざわと揺らしていた。
「……何か……違うね……」
後れ毛を掻きあげて、彼女は呟いた。
……未来人でもそういう感覚があるのか?……いや、彼女だからなのか?……
「……分かる?……」
どうとでも取れるように聞く。この雰囲気が感じられる人なら、ここでの立ち振る舞いも分かるはずだ……
「ええ……私のルーツもこの国だから……」
彼女が答えて、彼は微笑んだ。彼女が隣に来るのを待つと、並んだ二人は、どちらからともなく、鳥居の前で頭を下げた。
鳥居をくぐると、志音は再び足をふらつかせた。
「ごめん、まずは休憩させて」
境内の端の藤棚の前にある自動販売機へと近づく。アミカナも後に続いた。
「アミカナは? 水でいい?」
財布を出しながら、彼は聞く。彼女は頷いた。
「イラッシャイマセ」
二人を感知して、自動販売機が声を上げた。
「こんにちは! 調子はどう?」
微笑みながら、彼女は答えた。
……え?……
驚いて志音は彼女を見た。これは、わざと?……それともマジ?……
自動販売機は沈黙を守っている。
「……答えねぇのかよ……」
笑顔のまま、彼女は悪態をついた。
……いや、答えねぇよ……
志音は心の中で呟いていた。
「……AIじゃないの?……」
自動販売機の方を向いたまま、彼女は彼に聞いた。
「……じゃないね。普通、AIは装備されてない……」
「……境内に誰かいる?……」
「……いや、誰もいない……」
辺りを見回した彼が答えると、彼女は息をついた。すがるような顔で勢いよく彼を見る。後ろでポニーテールが揺れた。
「……よかった! 恥ずかしくて死ぬかと思った……」
……まあ、そうだろうね……
「AIでもないのに、何でしゃべるの? もしかして、一言だけ?」
自動販売機を睨むと、彼女は聞く。
「さあ?」
「意味ないよね?!」
彼女は急に彼へと詰め寄った。思わぬとばっちりを受けた志音はたじろいだ。
「いや、ほら、しゃべったりした方が、機械の冷たさが薄れるというか……」
「……機械の冷たさ?……」
彼女は眉を顰めた。
「……機械の冷たさ、か……」
もう一度呟いて自動販売機の方を見る。暫くして、彼女は彼の方へと向き直った。
「イラッシャイマセ」
自動販売機と全く同じ声色で、彼女は言葉を発した。
「え?! 凄い! よく似てる!」
志音は声を上げたが、彼女は表情を変えなかった。
「どう? 暖かく感じた?」
奇妙な質問に、彼は面食らった。
「いや……そもそも、君は機械じゃないから」
「どうしてそう思うの? 確かめてもいないのに」
そういうと、手の甲を上にして、彼女は左手を差し出した。
「触ってみて」
「え?」
「いいから触ってみて」
有無を言わせない口調の彼女に促されて、彼はおずおずと彼女の指先を掴んだ。
……冷たい!……
志音が思った以上に彼女の手は冷たかった。しかし、直感的に、これは触れてはいけない事実だと感じた。触った瞬間の感情が顔に出ていないことを祈って、彼は鈍感な男を演じることにした。
「どう? 何か感じる?」
「……いや、別に何も……」
「本当?」
「……まあ、強いて言うなら……」
「……言うなら?……」
「……指が細い……」
志音が言うと、彼女は、彼の手の中から風のように自分の手を引き戻した。右手で隠す。
「変態か?!」
彼女に睨まれて、彼は苦笑した。息をつくと、彼女は探るように彼の顔を覗き込む。
「本当に、何も感じなかった?」
「ああ。何かあるの?」
平静を装って、彼は答えた。
「……志音……」
一度目を伏せた彼女は、顔を上げると、切なそうな表情で彼を見つめた。
「……実は私……」
ひとしきり風が吹いて、背後で御神木の枝がざわめく。そんな顔で、一体何を言おうというのだろう?……
「……凄く喉乾いている……」
「ああ! ごめんごめん!」
慌てた彼は再び自動販売機に近づいた。
「お湯ってある?」
彼女は聞く。
「いや、ちょっとないかも」
「じゃあ、いいわ。『つめた~い』ヤツで」
彼女は、『た』に極端な抑揚をつけて波線を表した。志音は苦笑した。
「『あたたか~い』はあるけど、『つめた~い』はないかな」
「ふ~ん。変なの……」
微笑みながら、彼女は呟いた。
お読み頂きましてありがとうございます。軽い感じにしようと思いましたが、そうでもなくなってしまいました。よろしければ、これからもお付き合い下さい。




