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美形の婚約者に婚約破棄されたので、復讐がてら弟に乗り換えました


自分のどストライクの顔のために、命懸ける女――


案外いるわよね?


私はずっと変わらない。

これからもきっと、そう――



「王太子殿下とイレイナ・バルネ伯爵令嬢の婚約を祝して――!」


拍手の音が高らかに響く。


今日は、王太子エヴラール殿下と新しい婚約者、イレイナ・バルネ伯爵令嬢の婚約発表の日。


「お似合いですなあ」

「殿下の笑顔がまぶしい。ようやく“我々の時代”が来たというわけだ」


列席していた新興貴族たちが、顔を見合わせて誇らしげに笑う。


王は近年、新興貴族との融和を掲げており――

その象徴として、この婚約が許された。

古い貴族社会の壁を壊す「改革の一手」だと、陛下は語ったのだ。


「――最愛の女性を正妃に迎えられて、これほど嬉しい日はありません」


舞台の中央で微笑む王太子は、誰が見ても絵になる美貌だった。

陽光を思わせる金髪に、澄んだ青の瞳。

その笑みは人々を魅了し、まるで光そのものが人の形を取ったようだった。


「身分や血筋よりも、心を信じる。

それこそが、新しい時代の王にふさわしいと信じています」

王太子の声が高らかに響く。


隣に立つイレイナは、愛らしい印象の令嬢だった。

淡い亜麻色の髪に、蜂蜜色の瞳。

その可憐さが人々の目を引いていた。

「殿下が……私を選んでくださり、嬉しいです」


新興貴族の娘としては珍しく、平民の血を引く。

もとは地方の商家の養女――それが社交界に現れたのは、ほんの一年前のこと。


「殿下と令嬢の馴れ初めを、ぜひ!」


「ある茶会でね。イレイナ嬢が不注意で花瓶を倒してしまったんだ。

でも、まっすぐに謝って――可愛らしかったから、つい助けたくなって」


「殿下がフォローなさったのですね」

「ええ。運命を感じました」


――ふたりは見つめ合い、会場に甘い空気が漂う。


「正妃教育は、どうなされるのかな?」


イレイナの養父であるバルネ伯爵が、少し汗をぬぐいながら答えた。


「えっと、その……これから、少しずつ」


「焦らなくていいよ」王太子が笑う。

「完璧なんて求めない。君の笑顔があれば、それでいい」

「それに――僕たちには強い味方がいるだろう?

クラリスなら、きっとイレイナの教育も手伝ってくれる」


「そうですね、殿下」

イレイナは照れたように笑った。


会場の空気がふわりと緩み、笑いが起きた。

「確かに! あの方は何でもそつなくこなされますからな」

「まこと頼もしいことだ。王家に仕えるに最良の助力者ですな」


新興貴族たちは満足げに頷き合い、誇らしげに笑う。

その声が大広間に広がり、勝者のような空気を作り出していく。


一方、旧貴族たちは静かに席に座ったまま、ただその様子を見ていた。

口元に浮かぶのは、笑いとも無表情ともつかない薄い影だけ。


伯爵は肩をすくめ、鼻先で笑った。

(“クラリス”が全部やってくれるだろう……殿下を溺愛してるからな)


ちらりと視線が、会場の端で静かに座るクラリスへ向いた。


(……相変わらず嫌味な女だ)


クラリス・エルヴァン公爵令嬢は、誰が見ても上質と分かる深紅のドレスを纏っていた。

王室御用達の絹を、宮廷仕立屋〈ル・クローネ〉が手掛けた特注品。

王族以外が纏えばぎりぎりの色味――それを堂々と、品格に変えていた。

照明を受けて金糸が淡く光り、まるで彼女の呼吸そのものが煌めいているようだ。


(あれを“礼装”の範囲で着ようと思う女など、そうはいない)


クラリスはただ、静かに立っていた。

特別な仕草をしているわけでもない。

それでも、まるで今日の主役は彼女だと言わんばかりの存在感。

周囲の貴族たちが無意識に視線を向け、空気が一瞬、張りつめる。


(王太子に婚約破棄されて、あの堂々さ……)

(どんな性格してるんだ?)

伯爵は苦々しく唇を噛んだ。


「クラリス。わざわざ来てくれたのか」

無感情な声音で、唇の端だけで笑っている。


「もちろんですわ、王太子殿下」

(……相変わらず、顔だけは完璧ね)


「君と別れて、ようやく肩の荷が下りたよ。

君は完璧すぎて、息が詰まるんだ。イレイナのような優しさが、僕には必要だった」


「殿下……」

イレイナは幸せそうに見つめる。


クラリスはゆっくりと扇を閉じ、穏やかな笑みを浮かべた。

「まあ。殿下らしいお言葉ですこと」


「わたくしも、そう思いますわ。

正妃教育も、王家の礼節も、すべて“重荷”と感じる殿下には――

何も知らない方のほうが、お似合いですもの。

それとも、いつまで“支えられる側”でいらっしゃるおつもり?」


ざわめきが、まるで風のように消え、

一瞬の静寂が広間を支配する。


王太子の表情が一瞬こわばる。

「……相変わらず、言葉がきついね。君はいつもそうやって、僕を見下ろす」


「あら、殿下――」

ゆるやかに頭を垂れ、微笑を深める。


「わたくしの言葉の意味を、ようやくご理解くださったのですね。

今までは一つひとつ、噛み砕いて説明して差し上げておりましたのに。

……成長なさいましたわ。嬉しゅうございます」


空気が凍る。


「なっ……!」


隣でイレイナが、殿下の袖をつかむ。

「ひどいこと言わないでくださいっ……!クラリス様は、そんな言い方――」

「イレイナ」

王太子が制止するが、その声は震えていた。


クラリスは静かに扇を閉じ、淡く笑う。

「まあ。優しい方……ですが、事実を申し上げたまでですわ。

――イレイナ様、ご理解できまして?」


 「っ……」

イレイナは言葉を失い、唇を噛んだ。


 「今回でわたくし、殿下に相応しくないとしみじみ思いましたの」


 一瞬の沈黙。


 クラリスは扇を軽く持ち直し、微笑を浮かべる。

「――ですので、このたび別の方と婚約いたしました」


「何だと?」


クラリスは振り返り、堂々と第二王子の腕を取った。


第二王子――ルシアンは兄とは対照的だった。

漆黒の髪に、静かな灰の瞳。

華やかさはないが、その穏やかな眼差しに理知の光が宿る。


「ご紹介します。第二王子ルシアン殿下ですわ」


「……は?」


「ルシアン殿下との婚約が、正式に決まりましたの♡」


会場の空気がひっくり返る。


「えっ!? 聞いてないぞ!?」

「今、言いましたわ」


クラリスはにっこり笑い、扇を軽く開いた。


「殿下との婚約を解消していただいたあと、正式にプロポーズされましたの」


「兄上には、感謝すべきなのでしょうね……まさかこんな形でとは思いませんでしたが」


「わたくしのことを、ずっと前から想ってくださってたのですって♡」


ルシアンが軽く笑い、クラリスの手を取る。

……が、わずかに顔が引きつっている。


「殿下のお祝いの席で発表すべきではなかったかもしれませんわね。

けれど――せっかく“婚約破棄”のご縁をいただきましたもの。感謝くらいは伝えませんと」


ぱし、と腕を組み、完璧な笑みで振り返る。


「殿下に、心より感謝申し上げます。

婚約を破棄してくださり……本当にありがとうございました」


ざわめきが途切れ、凍りついた王太子。

新興貴族たちは、まるで時が止まったように呆然と立ち尽くす。

その奥で――旧貴族たちが、誰にともなく薄く微笑んだ。


クラリスは背筋を伸ばし、扇を閉じて退出した。


(あー……すっきりした♡)

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