美形の婚約者に婚約破棄されたので、復讐がてら弟に乗り換えました
自分のどストライクの顔のために、命懸ける女――
案外いるわよね?
私はずっと変わらない。
これからもきっと、そう――
◆
「王太子殿下とイレイナ・バルネ伯爵令嬢の婚約を祝して――!」
拍手の音が高らかに響く。
今日は、王太子エヴラール殿下と新しい婚約者、イレイナ・バルネ伯爵令嬢の婚約発表の日。
「お似合いですなあ」
「殿下の笑顔がまぶしい。ようやく“我々の時代”が来たというわけだ」
列席していた新興貴族たちが、顔を見合わせて誇らしげに笑う。
王は近年、新興貴族との融和を掲げており――
その象徴として、この婚約が許された。
古い貴族社会の壁を壊す「改革の一手」だと、陛下は語ったのだ。
「――最愛の女性を正妃に迎えられて、これほど嬉しい日はありません」
舞台の中央で微笑む王太子は、誰が見ても絵になる美貌だった。
陽光を思わせる金髪に、澄んだ青の瞳。
その笑みは人々を魅了し、まるで光そのものが人の形を取ったようだった。
「身分や血筋よりも、心を信じる。
それこそが、新しい時代の王にふさわしいと信じています」
王太子の声が高らかに響く。
隣に立つイレイナは、愛らしい印象の令嬢だった。
淡い亜麻色の髪に、蜂蜜色の瞳。
その可憐さが人々の目を引いていた。
「殿下が……私を選んでくださり、嬉しいです」
新興貴族の娘としては珍しく、平民の血を引く。
もとは地方の商家の養女――それが社交界に現れたのは、ほんの一年前のこと。
「殿下と令嬢の馴れ初めを、ぜひ!」
「ある茶会でね。イレイナ嬢が不注意で花瓶を倒してしまったんだ。
でも、まっすぐに謝って――可愛らしかったから、つい助けたくなって」
「殿下がフォローなさったのですね」
「ええ。運命を感じました」
――ふたりは見つめ合い、会場に甘い空気が漂う。
「正妃教育は、どうなされるのかな?」
イレイナの養父であるバルネ伯爵が、少し汗をぬぐいながら答えた。
「えっと、その……これから、少しずつ」
「焦らなくていいよ」王太子が笑う。
「完璧なんて求めない。君の笑顔があれば、それでいい」
「それに――僕たちには強い味方がいるだろう?
クラリスなら、きっとイレイナの教育も手伝ってくれる」
「そうですね、殿下」
イレイナは照れたように笑った。
会場の空気がふわりと緩み、笑いが起きた。
「確かに! あの方は何でもそつなくこなされますからな」
「まこと頼もしいことだ。王家に仕えるに最良の助力者ですな」
新興貴族たちは満足げに頷き合い、誇らしげに笑う。
その声が大広間に広がり、勝者のような空気を作り出していく。
一方、旧貴族たちは静かに席に座ったまま、ただその様子を見ていた。
口元に浮かぶのは、笑いとも無表情ともつかない薄い影だけ。
伯爵は肩をすくめ、鼻先で笑った。
(“クラリス”が全部やってくれるだろう……殿下を溺愛してるからな)
ちらりと視線が、会場の端で静かに座るクラリスへ向いた。
(……相変わらず嫌味な女だ)
クラリス・エルヴァン公爵令嬢は、誰が見ても上質と分かる深紅のドレスを纏っていた。
王室御用達の絹を、宮廷仕立屋〈ル・クローネ〉が手掛けた特注品。
王族以外が纏えばぎりぎりの色味――それを堂々と、品格に変えていた。
照明を受けて金糸が淡く光り、まるで彼女の呼吸そのものが煌めいているようだ。
(あれを“礼装”の範囲で着ようと思う女など、そうはいない)
クラリスはただ、静かに立っていた。
特別な仕草をしているわけでもない。
それでも、まるで今日の主役は彼女だと言わんばかりの存在感。
周囲の貴族たちが無意識に視線を向け、空気が一瞬、張りつめる。
(王太子に婚約破棄されて、あの堂々さ……)
(どんな性格してるんだ?)
伯爵は苦々しく唇を噛んだ。
「クラリス。わざわざ来てくれたのか」
無感情な声音で、唇の端だけで笑っている。
「もちろんですわ、王太子殿下」
(……相変わらず、顔だけは完璧ね)
「君と別れて、ようやく肩の荷が下りたよ。
君は完璧すぎて、息が詰まるんだ。イレイナのような優しさが、僕には必要だった」
「殿下……」
イレイナは幸せそうに見つめる。
クラリスはゆっくりと扇を閉じ、穏やかな笑みを浮かべた。
「まあ。殿下らしいお言葉ですこと」
「わたくしも、そう思いますわ。
正妃教育も、王家の礼節も、すべて“重荷”と感じる殿下には――
何も知らない方のほうが、お似合いですもの。
それとも、いつまで“支えられる側”でいらっしゃるおつもり?」
ざわめきが、まるで風のように消え、
一瞬の静寂が広間を支配する。
王太子の表情が一瞬こわばる。
「……相変わらず、言葉がきついね。君はいつもそうやって、僕を見下ろす」
「あら、殿下――」
ゆるやかに頭を垂れ、微笑を深める。
「わたくしの言葉の意味を、ようやくご理解くださったのですね。
今までは一つひとつ、噛み砕いて説明して差し上げておりましたのに。
……成長なさいましたわ。嬉しゅうございます」
空気が凍る。
「なっ……!」
隣でイレイナが、殿下の袖をつかむ。
「ひどいこと言わないでくださいっ……!クラリス様は、そんな言い方――」
「イレイナ」
王太子が制止するが、その声は震えていた。
クラリスは静かに扇を閉じ、淡く笑う。
「まあ。優しい方……ですが、事実を申し上げたまでですわ。
――イレイナ様、ご理解できまして?」
「っ……」
イレイナは言葉を失い、唇を噛んだ。
「今回でわたくし、殿下に相応しくないとしみじみ思いましたの」
一瞬の沈黙。
クラリスは扇を軽く持ち直し、微笑を浮かべる。
「――ですので、このたび別の方と婚約いたしました」
「何だと?」
クラリスは振り返り、堂々と第二王子の腕を取った。
第二王子――ルシアンは兄とは対照的だった。
漆黒の髪に、静かな灰の瞳。
華やかさはないが、その穏やかな眼差しに理知の光が宿る。
「ご紹介します。第二王子ルシアン殿下ですわ」
「……は?」
「ルシアン殿下との婚約が、正式に決まりましたの♡」
会場の空気がひっくり返る。
「えっ!? 聞いてないぞ!?」
「今、言いましたわ」
クラリスはにっこり笑い、扇を軽く開いた。
「殿下との婚約を解消していただいたあと、正式にプロポーズされましたの」
「兄上には、感謝すべきなのでしょうね……まさかこんな形でとは思いませんでしたが」
「わたくしのことを、ずっと前から想ってくださってたのですって♡」
ルシアンが軽く笑い、クラリスの手を取る。
……が、わずかに顔が引きつっている。
「殿下のお祝いの席で発表すべきではなかったかもしれませんわね。
けれど――せっかく“婚約破棄”のご縁をいただきましたもの。感謝くらいは伝えませんと」
ぱし、と腕を組み、完璧な笑みで振り返る。
「殿下に、心より感謝申し上げます。
婚約を破棄してくださり……本当にありがとうございました」
ざわめきが途切れ、凍りついた王太子。
新興貴族たちは、まるで時が止まったように呆然と立ち尽くす。
その奥で――旧貴族たちが、誰にともなく薄く微笑んだ。
クラリスは背筋を伸ばし、扇を閉じて退出した。
(あー……すっきりした♡)
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