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線の上の冒険者ーSの日記ー  作者: aki.
最終章「箱詰め地球の呪い」
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真夜中の邂逅・2 ※ジン視点






[……あら、意外。この攻撃を耐えるなんて。さすが私のジンだわ]

「…………?」


 暗い夜の闇に紛れる人影。

 くすくすと笑いながら歩み寄ってくるのは、ひとりの少女だった。月明かりに照らされ、その姿が徐々に浮かび上がる。


 近付くにつれて、輪郭ははっきりとしていく。

 紫色の髪を揺らす、幼い少女――。


 先程の攻撃は、彼女の仕業なのか……?


「やはり、貴女の血を色濃く受け継ぐ男は違うということか」

「……あんた、誰だ」

「貴様に名乗る名などない。出会って早々だが、私たちと共に来てもらう」

「は……?」


 少女の言葉に、思わず立ち上がる。


 彼女は腕を伸ばし、黒い刃を無数に生み出した。攻撃する気満々――、あの一撃はやはり彼女によるものだった。


『気を付けろ。あの女は相当なバケモンだ』

「……知ってるのか?」

『ああ。……チッ。気配は感じてたのに、なんで気付けなかったんだ』

「あいつは何者なんだ?」

『……あの女の名はレアフィリス。簡単に言えば、てめぇらの旅の最終地点ってとこだ』

「は、……?」


 呪いの札が低く告げる。


『あの女はセレーナと同じように、呪いを喰らい、呪いを生み出す。奴が呪いの元凶なら、あいつはそれを撒き散らす種ってとこだな』

「!」


 息を呑む。


「それ、本当なのか?」

『……てめぇ、俺様が嘘を吐いてると思ってんのか?』

「そういうわけじゃないが……」


 少女の姿を見据え、眉をひそめる。

 彼女が――俺たちの旅の最終地点。


『悪いことぁ言わねぇ。すぐに逃げろ。てめぇじゃあの女には勝て――』

「………?」


 言葉が途中で途切れる。

 次の瞬間、全身に鋭い痛みが襲い掛かり、思わず膝をついた。


 何が起きたのかわからない。ただ、周囲を舞っていた呪いの札が、一瞬で粉々に砕け散ったのは理解できた。


 ……俺の左腕ごと。


「……っ、!?」


 声にならない叫びが喉から漏れる。かつてない激痛に、額を冷や汗が伝う。


 左腕――肘から下が完全に消え失せ、そこから滝のように血が流れ落ちていた。


「せっかく私たちが会いに来てやったというのに、お喋りは良くないのぉ」

「っ、……!」


 傷口を押さえ、必死に出血を抑える。痛みが酷すぎて、何も考えられない。


 少女は歩み寄り、俺を見下ろす。顔を上げて睨み付けると、彼女は楽しげに笑った。


「ふふ。とても良い顔だ。……たしか貴女も、そのような表情で私を見つめていた」

[そうだったかしら?覚えてないわ]

「は、……っ、ぐ……」


 少女の身体から、別の声が微かに聞こえる。

 ……誰と話しているんだ?


「そうだ。連れて行く前に、貴様も同じように殺してやろう。母子共々、同じ死に方ができるなんて光栄だろう?……貴女も、それでいいでしょう?」

[好きになさい。でも、殺すのは駄目。ジンには、これから大切な役割があるのだから]

「なんの……話をっ!」

「……ああ、そうか。貴様はまだ知らぬのだったな。ならば、私が直々に教えてやろう」


 くすくす、くすくす。

 レアフィリスは不気味に笑い、口を開く。


「貴様の母親――セレーナ・ウールス……いや、この場合はレスターか。セレーナ・レスターを殺したのは私だ」

「…………え、」


 一瞬、意味が理解できなかった。

 今……この少女は、なんて言った……?


「ふふ。訳がわからぬ顔だな。アルベールから何を吹き込まれているのかは知らぬが、あやつの言葉は真っ赤な嘘。真実は、常にこの私の手の中にある」


 またも不気味な笑みを浮かべる。


「お前が……母さんを……っ?」

「ああ。ふふ。あの時は私も少々昂っていてな。いつもよりも多く斬り刻んで殺してやった」

「!」


 そう言いながら、レアフィリスは頬を赤らめた。


「…………っ」


 痛みに耐えつつ、懐から札を取り出す。

 奥歯を噛み締め、残る力を振り絞り、術を叩きつけようとした――。


 だが、その瞬間。


雷鳴矢(サンダーアロー)!」


 轟音と共に、雷を帯びた矢が二人の間に突き刺さった。

 レアフィリスは素早く後方に跳び退く。その直後、矢を放った人物が頭上から舞い降りてきた。


 俺の目の前に着地したその人物は、矢を引き抜き、器用にくるくると回す。


「貴様は……」

「どうもっス、レアフィリス様」

「………」


 赤と黒のツートンカラーの髪が月明かりに揺れる。

 現れたのは――以前、親父と共にいた男だった。


「大丈夫っスか? ……って、大丈夫じゃないっスよね、その腕。すげぇ痛そうなんですけど」

「あんた……確か、親父と一緒に……」

「タルオスオールっス。君のお父さんの部下ってとこっスかね。でも今は君たちの仲間っス。よろしく!」


 言って笑う、男――タルオスオール。


「貴様、どういうつもりだ」

「? どういうつもりも。俺はただ、隊長の命令通りに任務を遂行してるだけっス」

「任務だと?それは何だ?」

「内容は秘密っス」

「……裏切るのか?」

「……さぁ、どうなんスかねぇ」


 二人の会話が続く。


 その声を聞きながら、背後のティタニアに目をやる。

 相変わらず彼女は小さな声で「ごめんなさい」と呟き続けていた。


「……まぁいい。裏切るような事があれば、貴様も同じように殺すだけだ」


 ふふ、と笑う。

 裏切る、という言葉が出てくるということは、つまりこいつらは仲間同士。


 タルオスオールは自分を親父の部下だと言っていた。だとしたら親父も彼女の仲間なのだろうか。


「黒の刃たちよ。奴らを八つ裂きにしろ」


 そして再びレアフィリスは腕を伸ばし、黒い刃を無数に生み出して勢いよく放つ。

 それらは物凄いスピードで俺たちに向かってきたが、それを見たタルオスオールは慌てる素振りもなく筒から矢を取り出し、結界を張った。

 バチバチと音を鳴らしながら、結界は黒い刃から俺たちを守る。


「……………」


 雷の結界。

 頭上に放たれた矢が花火のようにバチンと弾けて、その弾けた矢の一片一片が雷を帯びた線で無数に繋がり、対象の人物を包み込み守る術。


 魔封術とは違う、未知の魔術。

 話には聞いていたが、実際に見るのは初めてだ。


「………興が削がれるな。つまらなくなってきた」

「お。じゃあ帰っていただけますか?」

「……そうだな。このままでは貴様に邪魔をされ続けてイタチごっこになりそうだ」


 すん、と表情を無にしたレアフィリスは腕を下ろし、肩を落とす。


「だが、このままでは私は満足しない。……ここはひとつだけ土産を貰っていこうかの」

「?」


 土産……?


「闇の霧よ。この場に居る我が刃を受けた者どもから魂を取り上げろ!」

「「!」」


 言って、レアフィリスは手を頭上に掲げる。


 直後、住宅街の方向からいくつもの悲鳴が聞こえた。

 夜の闇に、光る何かが空に向かって昇っていくのが見える。


「あれは?」

「……! あれは、まさか」


 空に昇るそれを見つめ、タルオスオールは目を見開く。

 その時、背後でティタニアの苦しそうな声が聞こえて、俺は彼女の方に顔を向けた。


「……っ、くる、しい、……たす、け……っ!」

「ティタニア!」


 ぎゅっと胸を押さえ、ティタニアは苦しそうに身をよじる。

 どうかしたのかと肩に手を置いた瞬間、彼女の背中から光る球体のようなものがゆっくりと抜け出していった。


 それはふよふよと宙に浮かび、夜空へと昇っていく。

 球体が完全に抜け出た瞬間、ティタニアは糸が切れた人形のようにその場に崩れ落ちた。


「ティタニア……っ!」


 慌てて抱き起こす。けれど、その瞳は虚ろで焦点を失っている。

 体温は急速に失われ、抱いた腕の中で冷たさばかりが際立っていく。

 胸に耳を寄せても、鼓動が聞こえない。


「…………、」


 まるで死人だ。

 いや――魂を奪われた今の彼女は、本当に死人と変わらない。


「ふふ。ふふふふふ」


 レアフィリスは不気味に笑った。


「あんた、……一体何したんスか」


 タルオスオールが眉をひそめ、怒気をにじませる。

 だが、レアフィリスは愉快そうに答えた。


「言っただろう?土産を貰っていくと。私の刃にかかった者は全員、魂を抜き取られ“私の人形”となる。……その娘も例外ではない」


 ティタニアの冷たい手を握りしめる。

 返事はなく、温もりもない。

 その現実が胸をえぐり、どうしようもない虚無感だけが広がっていく。


「今しがた空に昇っていっただろう?あれは全部、人間の魂だ」

「は、……?」

「ふふ。この魂たちはこれから私の食事となり、私の力となるのだ」


 レアフィリスはくすくすと笑う。


「良い収穫だ。……謂わば、これはジン・レスターの代わりだ」

「代わり……?」

「っ、レアフィリス……、あんた」

「ふふ。貴様が悪いのだぞ? 本当ならばジン・レスターを連れて帰る予定が、貴様の横入りで狂ってしまったのだからな。この結果は貴様が招いたのだ。………ふふふ。それじゃあ、ジン・レスター。私たちに会いたくなったら、いつでも神華城へ来るがいい。貴様の母親共々待っておるぞ」


 そう言い残し、レアフィリスはゆっくりとその場から姿を消した。


 代わりって……何だよ。


 思わず持っていた札を力任せに握りしめ、それによって生み出した光の刃をレアフィリスが居た場所めがけて思い切り投げる。

 当然、レアフィリスが居なくなった後なので、刃は何もない場所を虚しく飛んでいくだけだった。


「っ、たく。何考えてんだあの人……!」

「………………」


 前髪をかき上げながら、タルオスオールは舌打ちをする。

 しばらくの間、ぶつける場所をなくした怒りと痛み、いろいろな感情が渦を巻き、俺はその場から動くことができなかった。


 ようやく動けるようになったのは、それから数分後、死神たちが屋敷から出てきた時だった。




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