レアフィリスとセレーナ
レアフィリス・スォールは、神華城の廊下を歩いていた。
彼女にとってそれはただの退屈しのぎの散歩で、それ以上の意味はない。
「…………」
レアフィリスは考えていた。
これからどうするべきか。
これからどうしていくべきか。
「………?」
散歩を終え、玉座の間に戻ってくると、そこには見慣れぬ少女の姿があった。
黒い靄を纏った少女を視界に入れつつ、レアフィリスは自分の居場所である玉座まで歩き、そこに腰を下ろす。
[お久しぶりね。フィル]
「……何しに来たの?ここは、貴女が来るところじゃないのだけど?」
肘掛けに肘を置いて頬杖を付く。
少女の方に顔を持っていくと、少女は笑った。吸い込まれるような深紅の瞳がレアフィリスを射貫くように見つめる。
[私ね、最近とっても嬉しい事があったの。それを貴女に伝えたくて]
「……何?」
少女の言葉に眉をひそめる。
少女の名前は、セレーナ・ウールス。彼女は子供のように無邪気な笑みを浮かべ、言葉を続けた。
[あの子が私に会いに来てくれたの]
「あの子って……貴女の息子の?」
[ええ。凄く嬉しかったわ。元気に成長してくれたみたいで、思わず感動しちゃった]
「…………」
[…それで、相談なんだけれど]
ポツリと呟き、彼女は言う。
それがここへ来た理由か、とレアフィリスは息を吐いた。
[私、もう一度あの子に会いたいの。…だから、貴女の身体を貸してくれないかしら?]
「………」
[あ。もちろん、あの子に会えたらすぐに離れるわ。貴女に危害を加えるつもりはないし、一目見るだけでいいの]
「………」
[お願いよ、フィル。昔みたいに利害の一致ってことで、ね?]
首をこてんと傾けて、セレーナは言った。
その声音に、かつて共に動いた日々の残滓が滲んでいる。けれどレアフィリスは冷ややかに笑みを浮かべ、目を伏せる。
「……あの頃と今とを同じにしないでくれる?貴女の“利”は、もう私の“利”にはならない」
もちろん、断るつもりはなかった。
だが、彼女の言葉には果たしてどれほどの真実と嘘が混ざっているのか。
セレーナの口から紡がれる言葉は、半分が本当で半分が嘘だ。
今しがたの言葉を信じれば、レアフィリスに危害はないのだろう。だが、それすら欺瞞かもしれない。
考えるのはやめよう。
セレーナ・ウールスという人間……いや、“呪いそのもの”について悩むのは時間の無駄だ。
彼女は世界にばら撒かれた呪いの元。発生源。そんじょそこらの呪いとは訳が違う。
「……貴女の息子には1ミリも興味はないが……わかった。私の身体を貸そう」
[やった!だから貴女大好きよ、フィル!]
「それはどうも」
声をあげて、セレーナは喜ぶ。
そのあと一言二言会話を交わし、彼女はレアフィリスの前から霧のようにゆっくりと姿を消していった。
彼女がいなくなったのを確認し、レアフィリスはゆっくりと溜め息を吐く。
「……………」
玉座から立ち上がり、少し離れた位置にある窓から空を眺めれば、そこには人工月が昇っていた。
とても大きく、そして綺麗とは言い難い色を浮かべた人工月。レアフィリスはここから見える人工月が好きだった。
「……相変わらず、可笑しな色の月ね」
呟くように言い、レアフィリスは首もとに触れる。そこには1つのペンダントがぶら下がっていた。
少し錆び付いている銀色の月のペンダント。それは、先ほどの少女からかつて無理やり渡された誕生日の贈り物。
「……やはりお前は、どんな時でも強引なんだな」
レアフィリスは三度溜め息を吐いて、踵を返した。
+
「お前の息子に会いに行く」
「……………」
翌日。アルベールは呼び出され、玉座の間を訪れていた。
その後ろには白いローブの少年、カイスト・オベイロンの姿もある。彼はただ黙って立ち尽くしていた。
唐突なレアフィリスの言葉に、アルベールは目を見開く。
「……何故?」
「何故? ……そろそろ頃合いだと思ったからだ」
頬杖をついたまま、レアフィリスは冷え切った眼差しで彼を見つめる。
アルベールは眉をひそめ、その視線を受け止めた。
「それに、もう泳がせておくのも飽きた。そろそろ私自らが姿を現してやるのもいいだろう」
「……………」
「どうだ? お前も一緒に来るか?」
「……いや、遠慮しておこう。俺にはまだやることがある」
アルベールは視線をカイストに落とす。呪いに蝕まれたその身体に、もはや本人の意思は残っていなかった。
レアフィリスは二人を見やり、「そうか」とだけ呟く。
「ならば良い。今回は“私”だけで楽しんでこよう」
本音を隠し、淡々と告げる。
我ながら、よくもまあこれほど口から出任せが並ぶものだ――。
そう思いながら、レアフィリスは口元を歪めて笑った。
そして、アルベールとカイストが玉座の間を去ると、彼女はセレーナと合流し、足元に浮かび上がった魔法陣と共に神華城から姿を消した。




