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線の上の冒険者ーSの日記ー  作者: aki.
幕間・3
92/106

夢の中で





 ぷかぷか。ふわふわ。

 ぷかぷか。ふわふわ。


 ぷかぷか。ぷかぷか。

 ふわふわ。ふわふわ。


 僕は魂。小さな魂。

 魂はぷかぷか、ふわふわと移動する。


 どこへ移動する?

 それは誰にもわからない。


 ぷかぷか。ぷかぷか。

 ふわふわ。ふわふわ。


 ぷかぷか。ふわふわ。

 楽しいな。



「ねぇ」

「?」


 ぷかぷか。ふわふわ。

 呼び止められた。見ると、そこに女の子がいた。


 魂じゃない、女の子がそこにいる。

 女の子は四角い箱の上に座って、僕を見下ろしている。


「貴方は、誰の魂?」

「?」


 女の子は言った。

 誰の魂?僕は僕の魂。僕だけの魂。

 それ以上でもそれ以下でもない。


 僕は誰の魂?

 僕は、誰の魂……?


「自分が誰の魂かわからないの?」

「僕は僕の魂。僕だけの魂だよ」

「その“僕”って誰?」

「???」


 僕は、僕の魂。僕だけの魂。

 誰にもあげちゃいけない。僕だけの魂。

 女の子は不思議そうな顔で僕を見ている。


 僕の魂は、僕のもの。

 この魂だけは、僕の魂じゃないと駄目なんだ。


「やっと見つけた」


 すると、そのとき、どこからか声が聞こえた。

 声の人は手のひらいっぱいに僕を掴み、小さく息を吐いた。


 動くことができなくなった。

 ジタバタして抜け出そうとしても、ぴくりとも動かない。


「貴方は?」


 女の子が、声の主の方に顔を向けた。


 声の方を見ると、そこには男の人がいた。

 茶色い髪に、黒いマントを羽織った男の人。


「僕は、この魂の持ち主だよ。君は?」

「私は、ここの管理人ってとこかな」


 女の子は言って、箱から降りる。

 僕たちの方を向いて、口元を緩ませた。


「管理人?ここで?」

「そう。ここで、その子のように迷子になった魂を元のあるべき場所へ導いてあげるのが私の仕事なの」

「僕の、あるべき場所?」

「まあ君の場合は、導く前に持ち主が来ちゃったけどね」


 僕の魂。持ち主。魂の持ち主。

 僕の魂の持ち主は、黒いマントを羽織った男の人。


 僕の魂は僕のもの。

 僕の魂は、この黒いマントを羽織った男の人のもの。

 僕のあるべき場所は、この人のところ。


 僕は、この人のところに還らなきゃいけない。


「僕は、貴方の魂?」

「ああ、そうだよ」

「僕は、どこに行くの?」

「僕の中に還るんだ。そして、助けなきゃいけない人たちの元に戻るんだよ」

「助けなきゃいけない人たち?」

「うん」


 男の人は言った。助けなきゃいけない人たち。

 手のひらから伝わってきたのは、あたたかい想いだった。

 男の人が抱いている、やさしい気持ち。魂全体で感じるその想いは、とても心地よかった。


「その人たちはね、僕の大切な人たちなんだ。ずっと一緒に旅をしてきた、かけがえのない人たちなんだよ」

「……………」


 男の人の口調はやわらかく、おだやかな表情が続く。

 僕は男の人の顔を見る。浮かんだのは、ずっと前の記憶――僕が“いちばんの友人”だと言った男の子の姿だった。遠くて、でも確かな記憶。


「僕の魂が還れば、帰れる?」

「僕と来るかい?」

「……………」


 女の子を見る。女の子は笑っていた。


「……うん。それで帰れるのなら、僕は還る。貴方の中に還るよ」

「ありがとう、シオン」

「………。」


 男の人は笑った。


 シオン。それが、僕の名前。

 シオン、シオン、シオン。そうだ。僕の名前はシオンっていうんだった。


 シオン・アースビー。

 大切な人が付けてくれた、大切な名前。大切な人たちが呼んでくれる、僕の名前。


「シオン」

「?」


 女の子が僕を呼ぶ。振り向くと、そこには女の子のほかに男の子の姿もあった。


「!」


 赤い髪の男の子。男の子は目を細めて笑っていた。

 その男の子の顔を見ると、魂全体が震える。


「……、そうか。これは、君の記憶なんだ」

「僕の?」

「うん。ここにいる彼らは、君の記憶から生み出された幻影。魂に刻まれている記憶をこの空間が読み取った結果なんだ」

「……よくわかんない」


 難しいことは言わないで――と、僕は思う。

 男の人は眉を下げ、「ごめん」と笑った。


「彼らの名前、覚えているかい?」


 問いに僕はきょとんとする。女の子と男の子の名前を確かめようと、二人の顔を交互に見る。すると、少しずつ記憶の断片が浮かんできた。


 それは、彼らと出会ったときの記憶だった。


「……うん。アラタとアリス。どっちも、僕の大切な人だよ」


 アラタとアリス。僕は、ずっと、ずっと前に二人と旅をしていた。

 自由気ままで、行き当たりばったりの旅だったけれど、とても楽しかった。──大切な、僕の記憶だ。


「僕の魂は、僕のもの。僕のものは、貴方のもの?」

「そうだね。君は、僕の魂でもあるから、これは“僕の記憶”でもある。だけど、僕はあの二人のことはあまり知らないんだ」

「? どういう意味?」

「僕の魂はね、いっぱいあるんだよ」


 男の人は続ける。数百年分の魂がある、と。途方もない。


「その魂のひとつひとつに、その時の僕が出会って、見てきたものの記憶が眠ってる。記憶は頭にじゃなくて、魂に刻まれるものなんだ」

「魂に刻まれる?」

「ああ。……って、なに恥ずかしい事言ってんだろ、僕」


 男の人は照れたように笑う。僕もつられて笑ってしまう。


 魂に刻まれる記憶。あたたかい想い。魂全体が震えるほどの想い。


「……今の貴方の中にある魂にも、記憶はあるの?」

「? ああ。あるよ。深く刻まれてる。でも、この魂もいつか君と同じようにさまよってしまうんだろうな」

「………?」


 いつか、さまよう?僕と同じように?

 その言葉の意味が少し、不安になる。


「さて、じゃあそろそろ行こうか。君の記憶は戻った。この記憶はもうずっと、僕の魂に受け継がれ続ける。だから安心して、君は僕の中で眠っていて」


 そう言うと、男の人は僕を自分の身体の中へゆっくりと押し込んだ。

 淡い光が、あたたかい光が、じんわりと僕を包み込む。僕は彼の中に吸い込まれていった。



+



「……………うん。これで大丈夫」


 僕の全てが、淡い光とともに男の人の胸へ収まっていく。彼は小さく息を吐き、安堵のような柔らかい表情を浮かべた。


「シオン」

「!」


 呼び声がして顔を向けると、目の前にはあの二人──子供の頃のアラタとアリスが立っていた。

 小さな身体で僕を見上げ、嬉しそうに笑っている。


「へへ。なんかこうして話すのはずいぶん久しぶりだな。……ってか、お前デカくなったな」

「まあ、あれから結構経つからね。それに今の僕は魂だけの存在だから、ちょっとだけ大人びてるかな。身長とか、いろいろ」

「あーあ。俺もシオンと同じように成長したかったぜ。そしたらめっちゃイケメンな俺が垣間見れた可能性があるのによ」

「アラタがイケメンって、想像つかないんだけど」

「あん?」

「でも、もし私もそうだったとしたら、すごく美人になっていたのかもしれないわ」

「アリスが美人とか100パーねぇだろ」

「むっ」


 彼らのやり取りは、僕の胸に温かい波紋を広げる。

 今でもこんなふうに軽口を叩き合える仲だったのだと、心のどこかがふっと緩む。


 昔は僕も口出しをしていたが、当時の僕は今よりずっと口下手で、結局この二人が会話を回してしまうことが多かった。だから今も、二人の光景をただ黙って見ているだけで満たされる。


「……二人とも、ありがとう」

「「?」」

「ここにいる僕は、君たちの知る僕じゃない。けれど、君たちは間違いなく“僕”の大切な人たちだ。何もなかった僕に手を差し伸べ、色々なことを教えてくれた。君たちの存在があったから、僕は僕でいられる。感謝してる」

「「……………」」


 僕の言葉に、二人は顔を見合わせる。言葉に詰まった二人の表情が、子どもらしくも愛おしい。


「何言ってんだよ。恥ずかしい奴だな」

「それはこっちの台詞だって。私たちはシオンのおかげでここにいられるんだから」


 二人の声に、僕は照れくさくなりながらも胸が熱くなる。互いに相手を支え合ってきた時間の重さが、じんわり伝わってくる。


「……それじゃ、僕はもう行くよ」

「ああ。さっさとあいつらのところに戻ってやれ」

「『私』が迷惑かけちゃってごめんね」

「謝らないで、アリス。あれは呪いから生まれた別の存在なんだ。ここにいる君とは関係ない」

「そうそう。あのアリスはまったくの別人。気にすんなって」

「………、うん。ありがとう、二人とも」


 僕は彼らに背を向け、歩き出す。足元にはもう目的地らしいものはない。ただ、魂が導くままに先へ進むだけだ。


 街のざわめきも、遠い。時間はゆっくりと、しかし確実に過ぎていく。

 胸にあるのは、ほのかな焦り──タイムリミットは、すぐそこまで迫っていた。



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