機械だらけの宴・その後2 ※ジン視点
ピービーについて行き、たどり着いたのは制御棟からだいぶ離れた場所だった。
立ち止まって周囲を見渡すと、無骨なコンテナがいくつも積み重ねられており、迷路のように通路を形作っている。風が抜けるたび、古びた鉄の匂いと埃が鼻をかすめた。
[ジン。ジン。ここ。ここ]
コの字型に並べられたコンテナの凹みに立ち、ピービーはぴょんぴょんと飛び跳ねている。
どうやら、あそこに何かがあるらしい。
「ピービー、ここに何かあるのか?」
[ジン。ジン。足元。足元]
「足元?」
促されて視線を落とすが、漂う黒い靄に阻まれて何も見えない。しゃがみ込み、慎重に手探りすると、靄の奥に小さな穴を見つけた。恐る恐る腕を伸ばして探ると、指先に硬いものが触れる。
引き上げると、掌に乗ったのは白く小さな欠片だった。触れただけで表面が脆く崩れ、かすかに粉が舞う。
「何、それ?」
隣に歩み寄ったケアテイカーが首を傾げて問う。
ピービーは目を光らせて解析を始めるが、うまくいかずに目の上半分を隠している札をもぞもぞと動かした。仕方なくそれを外してやり、俺はその間、手にしたものをまじまじと見つめる。
札は古び、表面は汚れ、端は破れている。刻まれた魔法陣の形――これは、親父が使っていたものに間違いなかった。どうしてこんな場所にあるのか。胸の奥に重い疑問が沈む。
[解析。解析。完了。完了]
ピービーの声に、息を呑む。
[ジンの持つもの。それ、骨。骨。人間の骨]
「……は?」
言葉を失い、思わず眉をひそめる。
ピービーの説明によれば、それは数年前に死んだ人間の骨の一部だという。
誰の骨なのか――そう問いかけることを、俺はあえてしなかった。
[札と骨。Bが見つけた。ボク。ジン連れてくるように頼まれた]
「Bに?」
問い返すと、ピービーはころころと転がりながら繰り返す。
ちょうどその時、コンテナの影からBが姿を現した。彼女の両手には分厚いファイルが抱えられている。
[B。ジン連れてきた。連れてきた]
「ふふ。ありがとう、PB」
優しく礼を述べ、Bは俺の手元に目を向けた。
「B、これは一体?」
「……ジンさん。その札に見覚えはありませんか?」
真剣な声音。俺は札を見下ろし、ためらいながらも頷いた。
そして、それが親父の札だと口にする。
「……そうですか。やはり」
Bの顔に影が落ちた。眉をひそめ、視線は札に縫い付けられたように動かない。
「あの、B…さんは……親父を知っているんですか?」
自分でも驚くほど震えた声が出る。
Bは静かに頷き、言葉を紡いだ。
「ええ。知っています。貴方のお母様のことも、よく」
「っ……!」
胸の奥で何かが大きく揺らいだ。
「……貴方は、あの時の赤ん坊だったのですね」
Bは俺の動揺を受け止めるように、深く息を吐いてから言葉を続けた。
「ジンさん。このファイルを見てください」
「?」
Bは抱えていたファイルの一つを差し出す。重みを感じながら受け取った俺は、ゆっくりと表紙をめくった。
中には数枚の紙と、古びた写真が数枚挟まれている。そこに写るのは見知らぬ人物ばかりだった。だが――その中の一枚に、俺の目は釘付けになる。
そこには、親父と母さん。二人が肩を並べ、柔らかく笑っている姿が映っていた。
母さんの腕には、小さな赤ん坊が抱かれている。
[ジン。ジン]
「どうかしたのか?」
「ジンさん?」
写真を握り締めたまま固まっていたせいか、アルヴィスとシオンが心配そうに首を傾げる。
ピービーがぴょんと跳ねて、その写真を覗き込んだ。
[写真。写真。アルベール・レスターとセレーナ・ウールス。仲睦まじい写真。写真]
「セレーナって……」
ピービーの機械的な声に、ケアテイカーの瞳が大きく見開かれる。
セレーナ・ウールス。
その名を聞いて驚いたのは、ケアテイカーだけではなかった。
「セレーナ?」
「アルヴィス、知ってるの?」
「あ、ああ……セレーナは俺に魔封術を教えてくれた師匠だ」
アルヴィスが険しい顔のまま答える。
俺は、さらにファイルをめくる。そこにはセレーナの経歴を記した紙も挟まれていた。
「………どうして、こんな写真が?」
思わず声が漏れる。
Bは真剣な表情のまま、静かに言葉を紡いだ。
「貴方の母親は、故郷を離れたあとこの機械の国へ降り立ち、数年間ここで暮らしていました」
「え……」
「そして、おそらくその骨は、彼女のもので間違いありません」
「!」
[セレーナ。セレーナ]
言葉を失った俺は、震える指で骨と写真を交互に見つめる。
アルヴィスも顔を険しくし、地面の穴に腕を突っ込んで残りの骨を拾い上げた。黒い靄の奥から出てきたのは大小五つの欠片。手のひらに収まるほど脆く儚い。
アルヴィスは奥歯を噛み締め、その小さな骨をじっと見つめていた。
「……嘘は言ってないよな?」
[B。嘘言わない。言わない]
その声に場の空気が重く沈む。
俺はファイルを閉じ、小さく息を吐いた。
思い出す。
五年前――母さんが殺された、あの日のことを。
俺は街を離れて師匠と修行に出ていた。屋敷に帰ったとき、目に飛び込んできたのは、血を流して倒れている母さんとサリカ、そしてその傍らに立つ親父だった。
親父の手には札が握られていた。その札には血が付着していて――親父は冷たい目で俺を見ながら言った。
――俺が、セレーナを殺した。
耳を疑った。
信じられなかった。信じたくなかった。
けれど、その目を見た瞬間、嘘じゃないと悟ってしまった。あの絶望感は、今でも胸を締めつける。
母さんの遺体がどうなったのか。あの時、誰も教えてくれなかった。俺も聞けなかった。結局、俺は家を飛び出したまま戻らなくなった。
「……………」
顎に手を添えて考える。
親父の札と、母さんの骨。二つが同じ場所で見つかった。
その意味するところは……。
[アルベール。セレーナ。アルベール。セレーナ。セレーナの骨、アルベールがここに埋めた。埋めた]
ピービーが無邪気に跳ねながら告げる。
その言葉が、俺の胸を深く抉った。
「アルベールは彼女の骨を砕き、それをこの世界の至る所に埋めた。そして、その札で封じたのでしょう」
「………どうしてそんな事を?」
じいさんが問いかける。
Bは首を横に振り、答えを持ち合わせていないことを示す。
「お前は知らないのか?」
『俺様が知ってると思うのか? ま、知ってたとしてもてめぇにだけは絶対ぇ話さねぇけどな』
札の声も役には立たなかった。
……親父が母さんの骨を砕いて埋め、札で封じた理由。
本人に聞くしかない。だが、そんなことは絶対にしたくなかった。
[ジン。ジン]
「ん?」
[ボク、お家帰りたい。死神さん。クレイズ。怪我治ったか心配]
ピービーが俺の周りをコロコロ転がりながら言う。
「お家」とは俺の家のことを指しているのだろう。
「家に戻って大丈夫なのか?」
懸念されるのは黒い女の子の存在。この国に来た理由は彼女から逃げるためだった。他の国へ逃げたら彼女に居場所を特定されて危険だからと、この国を選んだ。
果たして、帰っても平気なのか。まだ不安は残っている。
だが、Bの側に立っていたKBは静かに頷いた。戻ったとしても長く留まらなければ問題はないだろう、と。
俺は札と骨をポケットにしまい、ピービーを抱き上げる。小さな体がぶるぶると震え、目を細めて笑った。
「ジン……」
「…………」
……そうだな。
一度帰ろう。整理する時間が必要だ。この黒い靄についても、考えをまとめなければ。
「……ほんと、この靄は何なんだろうな」
『それは俺様も知りたい』
俺の頭の上に、無数の疑問符が渦巻く。
今抱えている問題は、黒い靄、親父の札、母さんの骨。
すべてを片付けるには時間が必要だ。だが、ひとつずつ――必ず向き合っていくしかない。
そう胸に誓いながら、俺たちは一先ず機械の国をあとにし、俺の家への帰路についた。




