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線の上の冒険者ーSの日記ー  作者: aki.
第6章「機械だらけの宴」
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機械だらけの宴・その後2 ※ジン視点





 ピービーについて行き、たどり着いたのは制御棟からだいぶ離れた場所だった。

 立ち止まって周囲を見渡すと、無骨なコンテナがいくつも積み重ねられており、迷路のように通路を形作っている。風が抜けるたび、古びた鉄の匂いと埃が鼻をかすめた。


[ジン。ジン。ここ。ここ]


 コの字型に並べられたコンテナの凹みに立ち、ピービーはぴょんぴょんと飛び跳ねている。

 どうやら、あそこに何かがあるらしい。


「ピービー、ここに何かあるのか?」

[ジン。ジン。足元。足元]

「足元?」


 促されて視線を落とすが、漂う黒い靄に阻まれて何も見えない。しゃがみ込み、慎重に手探りすると、靄の奥に小さな穴を見つけた。恐る恐る腕を伸ばして探ると、指先に硬いものが触れる。

 引き上げると、掌に乗ったのは白く小さな欠片だった。触れただけで表面が脆く崩れ、かすかに粉が舞う。


「何、それ?」


 隣に歩み寄ったケアテイカーが首を傾げて問う。

 ピービーは目を光らせて解析を始めるが、うまくいかずに目の上半分を隠している札をもぞもぞと動かした。仕方なくそれを外してやり、俺はその間、手にしたものをまじまじと見つめる。


 札は古び、表面は汚れ、端は破れている。刻まれた魔法陣の形――これは、親父が使っていたものに間違いなかった。どうしてこんな場所にあるのか。胸の奥に重い疑問が沈む。


[解析。解析。完了。完了]


 ピービーの声に、息を呑む。


[ジンの持つもの。それ、骨。骨。人間の骨]

「……は?」


 言葉を失い、思わず眉をひそめる。

 ピービーの説明によれば、それは数年前に死んだ人間の骨の一部だという。

 誰の骨なのか――そう問いかけることを、俺はあえてしなかった。


[札と骨。Bが見つけた。ボク。ジン連れてくるように頼まれた]

「Bに?」


 問い返すと、ピービーはころころと転がりながら繰り返す。

 ちょうどその時、コンテナの影からBが姿を現した。彼女の両手には分厚いファイルが抱えられている。


[B。ジン連れてきた。連れてきた]

「ふふ。ありがとう、PB」


 優しく礼を述べ、Bは俺の手元に目を向けた。


「B、これは一体?」

「……ジンさん。その札に見覚えはありませんか?」


 真剣な声音。俺は札を見下ろし、ためらいながらも頷いた。

 そして、それが親父の札だと口にする。


「……そうですか。やはり」


 Bの顔に影が落ちた。眉をひそめ、視線は札に縫い付けられたように動かない。


「あの、B…さんは……親父を知っているんですか?」


 自分でも驚くほど震えた声が出る。

 Bは静かに頷き、言葉を紡いだ。


「ええ。知っています。貴方のお母様のことも、よく」

「っ……!」


 胸の奥で何かが大きく揺らいだ。


「……貴方は、あの時の赤ん坊だったのですね」


 Bは俺の動揺を受け止めるように、深く息を吐いてから言葉を続けた。


「ジンさん。このファイルを見てください」

「?」


 Bは抱えていたファイルの一つを差し出す。重みを感じながら受け取った俺は、ゆっくりと表紙をめくった。

 中には数枚の紙と、古びた写真が数枚挟まれている。そこに写るのは見知らぬ人物ばかりだった。だが――その中の一枚に、俺の目は釘付けになる。


 そこには、親父と母さん。二人が肩を並べ、柔らかく笑っている姿が映っていた。

 母さんの腕には、小さな赤ん坊が抱かれている。


[ジン。ジン]

「どうかしたのか?」

「ジンさん?」


 写真を握り締めたまま固まっていたせいか、アルヴィスとシオンが心配そうに首を傾げる。

 ピービーがぴょんと跳ねて、その写真を覗き込んだ。


[写真。写真。アルベール・レスターとセレーナ・ウールス。仲睦まじい写真。写真]

「セレーナって……」


 ピービーの機械的な声に、ケアテイカーの瞳が大きく見開かれる。


 セレーナ・ウールス。

 その名を聞いて驚いたのは、ケアテイカーだけではなかった。


「セレーナ?」

「アルヴィス、知ってるの?」

「あ、ああ……セレーナは俺に魔封術を教えてくれた師匠だ」


 アルヴィスが険しい顔のまま答える。

 俺は、さらにファイルをめくる。そこにはセレーナの経歴を記した紙も挟まれていた。


「………どうして、こんな写真が?」


 思わず声が漏れる。

 Bは真剣な表情のまま、静かに言葉を紡いだ。


「貴方の母親は、故郷を離れたあとこの機械の国へ降り立ち、数年間ここで暮らしていました」

「え……」

「そして、おそらくその骨は、彼女のもので間違いありません」

「!」

[セレーナ。セレーナ]


 言葉を失った俺は、震える指で骨と写真を交互に見つめる。

 アルヴィスも顔を険しくし、地面の穴に腕を突っ込んで残りの骨を拾い上げた。黒い靄の奥から出てきたのは大小五つの欠片。手のひらに収まるほど脆く儚い。


 アルヴィスは奥歯を噛み締め、その小さな骨をじっと見つめていた。


「……嘘は言ってないよな?」

[B。嘘言わない。言わない]


 その声に場の空気が重く沈む。

 俺はファイルを閉じ、小さく息を吐いた。


 思い出す。

 五年前――母さんが殺された、あの日のことを。


 俺は街を離れて師匠と修行に出ていた。屋敷に帰ったとき、目に飛び込んできたのは、血を流して倒れている母さんとサリカ、そしてその傍らに立つ親父だった。

 親父の手には札が握られていた。その札には血が付着していて――親父は冷たい目で俺を見ながら言った。


――俺が、セレーナを殺した。


 耳を疑った。

 信じられなかった。信じたくなかった。

 けれど、その目を見た瞬間、嘘じゃないと悟ってしまった。あの絶望感は、今でも胸を締めつける。


 母さんの遺体がどうなったのか。あの時、誰も教えてくれなかった。俺も聞けなかった。結局、俺は家を飛び出したまま戻らなくなった。


「……………」


 顎に手を添えて考える。

 親父の札と、母さんの骨。二つが同じ場所で見つかった。

 その意味するところは……。


[アルベール。セレーナ。アルベール。セレーナ。セレーナの骨、アルベールがここに埋めた。埋めた]


 ピービーが無邪気に跳ねながら告げる。

 その言葉が、俺の胸を深く抉った。


「アルベールは彼女の骨を砕き、それをこの世界の至る所に埋めた。そして、その札で封じたのでしょう」

「………どうしてそんな事を?」


 じいさんが問いかける。

 Bは首を横に振り、答えを持ち合わせていないことを示す。


「お前は知らないのか?」

『俺様が知ってると思うのか? ま、知ってたとしてもてめぇにだけは絶対ぇ話さねぇけどな』


 札の声も役には立たなかった。


 ……親父が母さんの骨を砕いて埋め、札で封じた理由。

 本人に聞くしかない。だが、そんなことは絶対にしたくなかった。


[ジン。ジン]

「ん?」

[ボク、お家帰りたい。死神さん。クレイズ。怪我治ったか心配]


 ピービーが俺の周りをコロコロ転がりながら言う。

 「お家」とは俺の家のことを指しているのだろう。


「家に戻って大丈夫なのか?」


 懸念されるのは黒い女の子の存在。この国に来た理由は彼女から逃げるためだった。他の国へ逃げたら彼女に居場所を特定されて危険だからと、この国を選んだ。

 果たして、帰っても平気なのか。まだ不安は残っている。

 だが、Bの側に立っていたKBは静かに頷いた。戻ったとしても長く留まらなければ問題はないだろう、と。


 俺は札と骨をポケットにしまい、ピービーを抱き上げる。小さな体がぶるぶると震え、目を細めて笑った。


「ジン……」

「…………」


 ……そうだな。

 一度帰ろう。整理する時間が必要だ。この黒い靄についても、考えをまとめなければ。


「……ほんと、この靄は何なんだろうな」

『それは俺様も知りたい』


 俺の頭の上に、無数の疑問符が渦巻く。


 今抱えている問題は、黒い靄、親父の札、母さんの骨。

 すべてを片付けるには時間が必要だ。だが、ひとつずつ――必ず向き合っていくしかない。


 そう胸に誓いながら、俺たちは一先ず機械の国をあとにし、俺の家への帰路についた。



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