間の話「ジンと死神」※ジン視点
酒場で出会った少年と、神と名乗るじいさんが戦闘を始める少し前。
俺はなぜか、隣に座っていた黒髪の女に物凄く睨まれていた。
切れ長の金色の双眸が鋭く光り、その女――死神は一言も発さず、ただじっと俺を射抜くように見つめてくる。居心地が悪いにもほどがある。
「……あの、何か?」
広場中央。ドーム状の結界が張られた魔法陣の中で、少年とじいさんが戦いを始めている。
視線をそらさないまま、恐る恐る声をかけると、死神の眼光はさらに鋭くなり、まるでその瞳から光線でも撃ちそうな勢いで口を開いた。
「貴様、よくも神の前で私にあんな恥をかかせてくれたな。あんな醜態を晒したのは初めてだ」
「は?……ああ」
心当たりはある。
おそらく、俺が魔封術で彼女の身体を縛り付けたことだろう。
魔封術――封縛。
対象に札を貼り、術の名を唱えることで発動する、もっとも基本的な封印術だ。
この魔封術は、古くから特定の国だけに伝わる、いわば“黒魔術”のようなもので、それを扱える者は総じて魔封術師と呼ばれる。
俺もその一人だ。
「悪かったな。痛かったろ?」
「負かした相手を気遣うな。私は怒っている。これが原因で神に嫌われでもしたら、貴様の魂を刈るぞ」
「………………」
怖ぇ。
魂を刈るなんて、人生初めて言われたわ。いや、誰だって初めてだろうけど。
どうやらこの死神、かなり根に持つタイプらしい。
「本当に悪かったって。俺、戦うのあんま好きじゃないんだよ。だから早く終わらせるには、ああするしかなくてさ」
「だとしても、私は女だ。女を縛るとはどういう趣味だ?……貴様、そういう趣味の男か?」
「は?」
一瞬、何の話か理解できなかったが、意味を察した瞬間、慌てて顔を向けて否定する。
「勘違いすんな!確かにあれは得意な術だけど、そういうのとは全然違ぇ!」
「………………」
「そんな目すんじゃねぇよ!」
冷え切った瞳で見られ、変な誤解をされたまま、俺は咳払いして顔を戻す。
すると、少年が連れていた黒猫――クロが膝に乗ってきて、「にゃあ」と鳴いた。
「……ああ。そうか、そうすればいい」
「ん?」
死神が小さく呟き、手元に槍を顕現させる。
次の瞬間、鋭い刃先が俺の喉元に突き付けられた。ほんの少しでも動けば血が出そうだ。
「っ……!」
「魂を刈ればいいのだ」
「……は?」
「貴様の魂を刈れば、この気持ちも多少は晴れるだろう。さあ、大人しくしろ」
「はぁ!?ちょっと待て!」
目を見開く俺。死神の瞳から光が消えていて、その一言が冗談ではないとわかる。
そのとき、轟音が響いた。視線を音の方へ向けると――炎が見える。
「神!」
慌てて死神がじいさんを呼ぶ。
クロも「にゃあ」と鳴いて魔法陣の近くへ駆けていった。
その隙に、俺は慎重に喉元から刃を遠ざけ、はぁ、と息を吐く。
「……縛ったのは本当に悪かった。根に持つのは勝手にしろ。ただ、魂はやめてくれ。怖ぇから」
「それは駄目だ。もう貴様の魂には予約を入れた」
「は?」
「遅かれ早かれ、貴様の魂は私が刈る。他の死神には邪魔させん」
「えー……」
よくわからないが、どうやら俺は将来的に魂を刈られるらしい。
死神は槍を消して立ち上がり、戦闘を終えたじいさんの元へ向かう。結果はじいさんの勝ち――全然見てなかったから何があったのか不明だ。
「覚えておけ。貴様が死ぬ頃、私は再び現れる。その時は喉元に槍を突き立て、生きたまま血を限界まで流させてから、ゆっくり魂を刈ってやる」
「………………」
本気すぎてヤバい。
この女、敵に回すと面倒なタイプだ。そう思いながら、強張った顔で死神の背を見送る。
その背を見つめて溜め息を吐き、俺も少年の元へ向かうため足を動かすと、そこでふと右胸付近が少しけ熱を帯びた。
黒いパーカーの内ポケットを探ると、入れていた数枚の札のうちの一枚に描かれた魔法陣が眩しい赤に染まり、熱を放っている。
「……安心しろよ。魂を刈るって言っても、きっと死んだ後の話だ。たぶん、な」
パーカー越しに札を軽く叩くと、魔法陣は徐々に熱を引いていく。
俺は再び歩き出し、少年の元へ向かった。
そして、この時の俺はまだ知らない――この無意味にも思える戦闘が、俺たちの旅の始まりになるなんてことを。




