記憶と想像の世界 ※ジン視点
ーー数時間前。
「ん、……」
気が付くと、俺は暗闇の中に居た。
じいさんたちの姿は見えない。
「……………」
警戒を解かずに、辺りを見渡す。微かに、どこかから気配を感じる。この気配は――どこからだ?
[ジン。ジン]
「!」
足元で声がする。
顔を向けると、そこにはピービーが居た。ぴょんぴょんと飛び跳ね、俺を見つめている。
「ピービー!何でここに?」
[ピー]
ピービーを抱き上げる。
その時、目の前がじわじわと明るくなり、眩しさに目を細めた。
現れたのは、どこまでも広がる大地。足元には遥か彼方まで伸びる梯子のようなもの。
その異様な光景に、俺は目を見開いた。
「…………え、」
瞬きを繰り返しながら、ぽかんと立ち尽くす。
「…………」
辺りを見渡し、状況を把握しようと試みるが――やはりわからない。
眉をひそめ、顎に手を添えて考える。
……さっきまで俺は――。
「……うーん」
「…ジンさん?」
「!」
思考を巡らせていると、背後から声を掛けられた。振り向くと、そこにはひとりの女。
彼女は俺の顔をじっと見て、驚いたように目を見開いていた。
「やっぱりジンさん。……どうして貴方がここに?」
「……えっと?」
知り合いのように話しかけてきたが、俺には心当たりがない。
「……ん? あ、あー、なるほど。この姿だから混乱しているんですね。ごめんなさい」
女は白い長髪を揺らし、胸に手を添えて微笑んだ。
白髪紅眼、白いワンピース姿。俺より少し年上に見える、大人びた女。
「私はシオンです。こんにちは」
「…………は?」
名前を聞いて頭に浮かぶのは、あの子の姿。
だが目の前の女は似ても似つかず、俺の脳内はさらに「?」で埋め尽くされた。
「……、わからないって顔してますね」
「あー、悪い。理解が追い付かなくて」
ここがどこかも不明なのに、さらに知らない女から知り合いオーラで話しかけられれば混乱もする。
「……まぁ、それでもいいです。私がシオンだって事を知ってくれてさえいれば」
彼女――シオンは柔らかく笑った。
本当にあのシオンだとしたら、これはどういう状況だ? ケアテイカーと同じ年頃の少女のはずなのに、今の彼女はまるで別人。
「ここは、記憶と想像の世界。だから今の私は、私が思い描いた"私"なんです」
「記憶と、想像の世界?」
「はい。……ここは彼の――シオンの記憶で出来た世界。私たちは今、彼の記憶の中に居るんです」
「………は?」
「えと、わかりますか?」
「……うん、ちょっと待って。5分くれ」
[ピピピ]
俺は眉をひそめ、状況整理を試みる。
……俺は先ほどまで、制御棟の前でアルヴィスたちの戦いを見ていた。
その途中、背中のケアテイカーから気配がして、猛烈な眠気に襲われ……気が付けばここ。
「……んん?」
……ダメだ。整理してもわからん。
『はっ! てめぇ、こんな簡単な事もわかんねぇのかよ!? 相変わらず頭まで赤ちゃんだな、てめぇはよぉ!!』
「!?」
突然、パーカー裏に潜む呪いの札が怒鳴った。心臓に悪い。
「……、お前はわかるのかよ?」
『はん! 簡単だろ! 要はここは! 現実とは非なる! 異空間だっつー事だ!! んで、てめぇは、てめぇの能力で気付かねぇうちにこっちに来ちまったって話だよ!』
「…………はぁ?」
まるで派手な効果音でも鳴りそうな勢いで札はまくし立てる。
「俺の能力って……あれの事か?」
『それしかねぇだろ』
「でもあれは夢の中に入るヤツで、こことは関係ないんじゃ……」
俺のもうひとつの能力――他人の夢の中に入れる力。
役立ちようのない厄介な能力で、隠してきたものだ。まさか、それが勝手に発動したってのか?
『ここもある意味じゃ夢の中みてぇなもんだろ』
「いや。いやいやあり得ねぇ。俺、今寝てねぇし。発動条件は"俺が眠ること"だぞ? お前の勘違いじゃねぇのか?」
『おいおい。俺様嘘言わねぇ。呪い嘘吐かねぇ。てめぇは信じるしかねぇの』
「…………」
信じがたい話だ。
[ピー]
「……………」
目を細め、肩を落として項垂れる。
忘れた頃にやって来る、この能力……。
こいつのせいで、どれだけ苦しめられたか。
「……あの、お話は終わりました?」
『おう。悪ぃなネェちゃん。こいつ話わかんねぇ赤ちゃんだから大変でよぉ』
「あん!?」
「ふふっ。ジンさんには楽しいお友達が居るんですね」
くすくすと笑うシオン。
……いや、残念だが「友達」って表現は違う。
「……ん? こいつの声が聞こえるのか?」
「はい。聞こえますよ」
『おっ、マジか』
「マジです。ここはお札さんの言ったように異空間みたいなものですから、普通のルールは通用しないんです」
「……………」
シオンの言葉に唖然とする。
呪いの札の声は本来、俺にしか聞こえない。だが今は、確かにシオンに届いていて、普通に会話までしている。
「………はぁ」
……もう信じるしかねぇな。
「わかった。信じる。えっと……ここはケアテイカーの記憶と想像で出来た世界で、要するに異空間――夢の中、って解釈でいいか?」
「はい。だいたいそれで大丈夫です」
『んでよぉ。さっきから思ってんだが、ネェちゃんは何でそんな色々とデカイんだ?』
「…? ああ、この姿のことですね。これは、私が想像した“大人の私”なんです」
「大人の?」
「はい」
『なんでわざわざ?いつものチンチクリンでいいじゃねぇか』
「っ……こ、これには、その……事情があって」
「事情?」
シオンは顔を赤らめ、視線を足元へ落とした。
「その……私、早く大人になりたくて。それで、この姿を想像してしまうんです」
『早く大人に、ねぇ。理由はくだらなそうだな』
「あ、はは……はい。自分でもくだらないと思います。……こんなこと願ったって、あの人との差は埋められないですから」
「あの人……?」
何か深そうな事情がある。……これ以上は踏み込まない方がいいだろう。
「そ、それより!そろそろ行きましょう!」
シオンは慌てて話題を逸らし、俺の背後を指差す。
『んぁ?あっちに何があんだ?』
「あちらには“中心の塔”と呼ばれる場所があります。彼は今、そこに向かっています」
「中心の塔?」
「はい。この世界の中心にあるから、そう名付けられたみたいです」
『ネーミングセンス皆無だな。もうちょいマシなのなかったのかよ』
「私に言われても……」
「あいつも…ケアテイカーもそこへ向かってるって……わかるのか?」
「はい。私と彼は繋がっていますから。目を閉じれば、いつでも彼を感じられるんです」
『なんかそれエロいな』
「……要は、俺たちは中心の塔へ行きゃいいんだな?」
「はい。そこで彼と合流できます」
中心の塔――単純でわかりやすい名前だ。
そうと決まれば、善は急げ。
俺たちは歩き出した。




