呪いの箱
「KBちゃん!」
建物の名前は〈極秘研究棟〉。
機械の国の中心にそびえるこの建物へ入り、エレベーターで五階を目指す。
長い廊下を突き当たりまで進み、左に曲がると――壁一面を覆うほどの巨大な扉が現れた。
その前に一人の人影が立っていた。
僕たちに気付くと、彼女は大きく手を振り上げて声を張り上げる。
「やっと来た!遅いよ、KBちゃん!」
[……あなたは。どうしてここに?]
「たいちょーに頼まれたの。KBちゃんの手伝いをしろって」
KBさんと人影――桃色の髪をした女の子は、楽しげに言葉を交わす。
僕はその後ろで、ぼんやりとやり取りを眺めていた。
腕の中のピービーは落ち着かず目をきょろきょろさせ、足元のクロもそわそわしている。
[あなた、ずっとここにいたのですか?]
「え?うん。そうだけど?」
[ならば、ここへロボットが来ませんでしたか?]
「ロボット?……ううん。来てないけど、どうして?」
首を傾げる女の子。
ロボットたちは来ていない――僕たちは顔を見合わせる。
もしかして、追い抜いてきてしまったのだろうか。
「それはそうと、この扉の中に例の箱はあるのかの?」
神様が問いかける。
[ええ。この中に厳重に保管されています。……シオン、この扉の前に]
「え?……あ、はい」
言われるまま、ピービーを足元に置いて扉の前へ進む。
次の瞬間、足元に魔法陣が浮かび上がり、ギギギと音を立てて扉が開き始めた。
「!」
やがてガコンと音を立て、完全に開ききる。
中は暗闇。
「光よ」
女の子が呪文を唱えると、部屋がぱっと明るくなる。
目に映ったのは中央に据えられた一基の台座。そして、その上には黒い箱。
表面には見たことのない文字や紋様が刻まれていた。
「これが……箱か?」
[ここ怖い。ボク帰りたい]
ジンの足元でピービーが震え出す。
僕は抱き上げて頭を撫で、落ち着かせようとする。
「大丈夫だよ。僕たちがいるから」
[うう……怖い、怖い。ケアテイカー、帰る]
[……おいらも。なんか嫌だ]
クロもぴょんと肩に乗り、身をすくませる。
震えが伝わってきて、僕は眉をひそめた。
「その子たち、震えてる。大丈夫?」
女の子が心配そうに声をかける。
「……たぶん、この部屋の“何か”を感じ取ってるんだと思う。クロもピービーも」
「何かって?」
「そこまでは……」
僕が答えると、彼女は「ふーん」と言いながらピービーの頭を軽くつつく。
「確かにこの部屋、なんか不気味だね。ゾワゾワする感じ」
「ゾワゾワ……はは、確かに」
不気味さの正体は――台座の黒い箱。
僕がじっと見つめると、彼女が突然慌てたように声をあげた。
「ちょ、ちょっと!今の何?」
「今の?」
「受け答え!すごく懐かしい感じがしたっていうか……」
「懐かしい……?ああ、ごめん。僕ね、記憶が戻ったんだ」
「え?」
「KBさんのおかげで。心配かけてごめんね、ファム」
「っ……え、ええええええ!?」
ファムの叫びが部屋中に響き渡り、KBさんたちにも聞こえてしまう。
「ど、どういうこと!?記憶が戻ったって!KBちゃん!?」
[手品の賜物です]
「手品?」
[はい。少し強引でしたが、彼の記憶を呼び覚ましました。嬉しいでしょう?]
「う、嬉しいって……」
肩をわなわなと震わせるファム。
「まぁ……嬉しい寄り、かな……でも、こんな急に……」
[ファムが喜んでくれて何よりです]
言葉に詰まる彼女を見て、僕は口元を緩ませた。
「ケアテイカー、その子と知り合いなのか?」
「うん。彼女は僕の友達なんだ」
そう答えて、ジンたちにファムとの関係を簡単に説明する。
「今は、あなたたちがシオンの仲間なんですよね。遅くなりましたが――ファム・フォオルといいます。よろしく!」
元気よく頭を下げるファム。
「これはこれは、どうもお嬢さん。わしは神様じゃ」
「で、こっちのお兄さんが……」
「あ、その人は知ってるよ。ジンさんでしょ?たいちょーの息子さん」
にこりと笑い、ファムはジンを見つめた。
「たいちょー?」
「うん。アルベール・レスターたいちょー。あなたのお父さん」
「っ……」
アルベールさんの名前を聞き、ジンは目を見開く。
「あなたのことも、たいちょーから頼まれてるの。守ってやれって」
「………」
「どうしてファムはアルベールさんのところに?KBさんもだけど」
「それは……」
[[ピー!!]]
「!」
ファムが答えようとした瞬間、耳をつんざく電子音。
前方から、ロボットたちがものすごい勢いで突進してくるのが見えた。
――やっぱり、追い抜いていたんだ。
[ピー!!]
[いけません!彼らをこの部屋に近付けないで!]
「任せて、KBちゃん!」
甲高い音を鳴らしながら迫るロボットたち。
ファムは素早く武器を顕現させ、それを一直線に投げ放った。
彼女の武器はチャクラム。円形の刃は、近接も遠隔もこなせる万能の武器だ。
飛んだチャクラムが一体のロボットを直撃し、弾き飛ばす。
「ジン!僕たちも!」
僕とジンも魔法を放ち、ロボットの進軍を必死に防ぐ。
だが、倒しても倒しても現れる数は減らない。次第に体力が削られていった。
「っ、これじゃキリがない!」
[シオン!箱に触れてください!]
「え?」
KBさんの声が響く。
[彼らの狙いはこの箱です!この箱がこの場にある限り、ロボットたちは限りなく向かってくる。ならば、あなたが触れれば止まるはずです!]
「KBちゃん……!」
「それ、どういう意味!?」
「箱に触れるって、大丈夫なのか!?」
[オススメしない!オススメしない!ケアテイカー、箱に触っちゃ駄目!]
神様の足元で、ピービーが必死に跳ね回る。
しかしその間にも、ロボットたちは増え続け、廊下は埋め尽くされていく。
[このままでは突破されます。……その前に!]
「………、…わかった」
僕は頷き、魔法陣を解いてKBさんのそばへ向かう。
確かに、このままでは持ちこたえられない。
黒い箱の正体はわからないけれど、もしロボットが止まるなら――やるしかない。
「シオン……っ」
[さぁ、シオン。手を伸ばして、目を閉じて]
その声を信じ、僕は箱へ手を伸ばした。
次の瞬間、箱は台座からふわりと浮かび上がり、くるくると回転を始める。
そして――ぴたりと動きを止め、僕の身体へと吸い込まれていった。
視界が暗転し、意識が途切れる。
僕はその場に、崩れるように倒れ込んだ。




