記憶
ーー二時間前。
「……あの、KBさん。ここは?」
[ここはセキュリティルームです。この国を動かすうえで欠かせない場所ですね]
ジンたちと別れて、僕はKBさんに連れられ、このセキュリティルームという場所に来ていた。
ここは機械の国のちょうど中心部に建つ大きな建物の中にあった。
「……………」
首を巡らせ、部屋全体を見渡す。目の前には巨大なコンピューターと、壁一面に並んだ数え切れないほどのモニター。そこにはさまざまな形をしたロボットたちの姿が映し出されていた。
KBさんの説明によれば、あれは“監視カメラ”と呼ばれる機械で撮影された映像で、このモニターにリアルタイムで送られているという。正直、よくはわからない。けれど興味深くて、勉強にはなりそうだった。
[コンピューターの操作はできますか?]
「え? あー……えっと、たぶん?」
[なら、少し手伝ってください]
そう言ってKBさんはコンピューターの前に歩み寄り、慣れた手つきでキーボードを叩き始める。
その隣で、僕はモニターを見つめながらただ呆然と立ち尽くしていた。
足元にいたクロが、ぴょんとコンピューターの上に飛び乗る。
[なぁ、こんなとこで何するんだ?]
「うーん……」
ちらりと横目でKBさんを見やる。
Bという人のもとへ向かうと言っていたKBさんだったが、その前に“やらなければならないこと”があるらしい。僕にはまだ、その内容を教えてくれていない。
[準備が整いました。……そこの赤いボタンを押していただけますか?]
「赤いボタン?」
[これか?]
目の前の机にある赤いボタン。誤って押されないように、透明なカバーで覆われていた。
カバーを開けてKBさんの方へ視線を向けると、彼女は“早く押して”と言わんばかりにまっすぐ僕を見つめていた。
「…………」
このボタンを押したら、一体何が起きるのだろう。
少しのためらいののち、カチッと音を立てて押す。
その瞬間、モニターに映っていた監視映像が一斉に消え、代わりにそこへ一冊の大きな本が映し出された。表紙には、少し歪な文字でこう記されている。
ーー“シオン・アースビーの日記”。
「……シオン・アースビーの日記?」
[お前の名前じゃん]
[……………]
本が開き、ページがめくられる。
そこには子供が描いたような稚拙な絵と文章。日記と書かれてはいるが、これはきっと“絵日記”だ。
「KBさん、これは……?」
[見ての通り、絵日記です。……これを見て、何か思い出しませんか?]
「え?」
思い出す……? どういうことだろう。
「……………」
絵日記を凝視する。描かれていたのは、笑顔の少年と小さな黒猫の姿。
絵の横には二つの名前が記されていた。
ーーシオンと、クロ。
「クロの名前も……?」
[………?]
眉をひそめる。
ページをめくるたび、頭の奥が靄に覆われるような感覚に襲われて、胸の奥がざわついて落ち着かない。
それでも――どうしようもなく、この絵日記が“懐かしい”と思えてならなかった。
[やはり、これだけでは思い出せませんか]
「?」
[ならば、少し荒療治ですが……仕方ありません]
そう言って、KBさんは手を伸ばし、僕の額に触れる。
[記憶復元開始]
「!」
じんわりと微弱な電気が流れ、額を刺激する。
まるでマッサージのように心地よい……が、しばらくすると頭の中の靄が一気に晴れていく感覚に襲われた。
「……っ、!?」
そして次の瞬間、鈍器で殴られたかのような激痛が頭を貫いた。
立っていられず、その場に膝をつく。
[おい……!]
クロが慌てて駆け寄る。僕は痛む頭を両手で押さえながら必死に耐えた。
頭の中を、次々と映像が駆け巡る。
これまでの旅の記憶。出会ってきた仲間たち。訪れた国々。そして、そこで起こった数々の出来事。
そして――“僕自身のこと”。
[……大丈夫でしょうか?]
「……あ……」
[おい! これが大丈夫に見えるのかよ!?]
「……大丈夫だよ、クロ。もう平気だから」
[だけど……!]
クロの焦りをなだめながら、ゆっくりと立ち上がる。
モニターに映る絵日記を眺め、自然と口元に笑みが浮かんだ。
[……もう一度聞きます。大丈夫ですか、“シオン”?]
「………。はい。大丈夫です」
[!?]
自分の名を呼ばれ、思わずKBさんの方へ視線を向ける。
驚いたように目を見開くクロ。その表情が、すべてを物語っていた。
[おい、お前!こいつに何したんだ!?]
シャーッ!と今にも飛びかかりそうな勢いで、クロがKBさんに詰め寄る。
しかし、KBさんは落ち着き払った様子でクロの方に顔を向け、手のひらを見せて制した。
[ちょっとした手品です。まさか上手くいくとは思いませんでしたが]
[はぁ!?]
「クロ、ちょっと落ち着いて」
[落ち着いてられるか!何でお前はそんなに冷静なんだよ!?]
「……あ。というか、クロの言葉がわかるんですか?」
[すべてではありませんが、多少なら理解できます]
[おい!話を逸らすな!]
「クロ、うるさい」
溜め息を吐き、クロを抱き上げる。頭を撫でてやると、彼は眉をひそめながらも、なおKBさんを睨み付けていた。
別に傷付けられたわけじゃないんだから、そんなに怒らないでほしい。
「KBさん。クロの言葉に便乗するみたいですけど……。さっき、僕に何をしたんですか?」
[少し強引でしたが、あなたの頭の中に眠っていた記憶を呼び起こしました。これは必須事項でしたので]
「………」
KBさんの言葉を聞いて、そっと目を閉じる。
……そうか。僕は記憶を失くしていたんだ。
そしていつの間にか、その「記憶を失くしている」という事実さえも、記憶から抜け落ちていた。
残っていたのは、“シオン・アースビー”という名前だけ。
[できれば、クロの方の記憶も呼び起こしたいのですが……。時間がありませんので、そちらはご自身で頑張って思い出してください]
[はぁ!?]
「……………」
……頑張って思い出してくださいって。
ちょっとした記憶なら努力すれば思い出せそうな気もするけど、これはそう簡単じゃない気がする。
その時、天井に埋め込まれたスピーカーから声が響いた。
『マシーナリーにいる全ての機械に告ぎます。識別ナンバー08K、名称KB。そして識別ナンバー00A、シオン・アースビーを捜索し、発見次第、私のもとへ連れて来てください。繰り返します──マシーナリーにいる全ての機械に告ぎます』
「[!]」
スピーカーから流れる声に顔を上げ、僕は思わず眉をひそめる。
……この声──。
[こちらから出向くつもりでしたが、どうやら迎えが来るようですね]
「あの……。僕の記憶を呼び起こしたのは必要事項だって言いましたけど、それってどういう……?」
[……これから始まる、あなたの任務のためです。──ジン・レスターを守る、という重要な任務の]
「え?」
淡々とした口調で告げるKBさん。
その直後、セキュリティルームの扉が開き、数体のロボットがなだれ込むようにして僕たちを取り囲んだ。




