Bと"シオンの日記" ※ジン視点
エレベーターに乗り込み、俺たちは三階へと辿り着いた。ここにも数え切れないほどのロボットが行き交っている。
その光景に、じいさんは目を輝かせて歓喜の声を上げた。
……この国に来てからというもの、じいさんのテンションは上がりっぱなしだ。このままじゃいつか倒れるんじゃないかと心配になる。
「バイオルームだから……あそこだな」
アルヴィスの言葉に従い、俺たちは奥へ進む。
扉の横に埋め込まれたコンピューターにカードキーをかざすと、低い音を立ててロックが外れ、扉が左右に開いた。
中に足を踏み入れると、そこには卵形の水槽がいくつも並んでいた。水槽同士は無数の太いケーブルで繋がれており、どこか不気味な静けさを漂わせている。部屋の奥にはコンピューターが鎮座し、その前には人影があった。
[B! B!]
ピービーがぴょんぴょんと飛び跳ねて転がり出す。声に気付いたその人物は肩をびくりと震わせ、振り向いた瞬間、胸に飛び込んできたピービーを抱き止めた。
「! PB……!なぜここに?」
ピービーは嬉しそうに笑い声をあげる。
……あれが、B?
「B」
「? あら、アルヴィス。こんにちは」
近付く俺たちに気付き、彼女――Bは顔を上げた。
茶色の髪に薄紫色の瞳。緩く結った髪を肩に下ろし、眼鏡を掛けた落ち着いた雰囲気の女性だった。
「珍しいわね。あなたがここに来るなんて」
「シオンがBに会いに行くって言うから、護衛がてらついてきた。あと、こいつらの案内」
「?」
Bが俺とじいさんを見る。
間近で視線が合うと、思わず胸がどきりと鳴った。
「初めまして、B殿。わしは神様と申す者。……しがない旅人じゃ」
「か、かみ……?」
じいさんは相変わらず大げさだ。嘘は言っていないが、自分で神様って名乗るか普通……。
「あー、その……じいさんの事は気にしないでください。ボケが始まってるみたいなので」
「はぁ……」
「俺はジン・レスターと言います。突然お邪魔してすみません。俺たちは、この国に観光で来ていて……」
余所行きの笑みを浮かべ、俺はこれまでの経緯をかいつまんで説明した。本当のことは隠しつつ、あくまで旅人――観光客として話す。
こういう場面で礼儀正しい態度が取れるのは、貴族に生まれてよかったと思う瞬間だ。
「まあ、そうでしたか。こんな所まで遥々ご苦労さまです。何もない所ですけど、ゆっくりなさってくださいね」
「はい」
[ぬ?……ジン。ケアテイカー居ない。KBも居ない]
俺が言葉を選びながら話していると、Bの腕の中で辺りを見渡していたピービーが声を上げた。
「本当じゃの。ここに居ると思うたんじゃが……」
「ケアテイカーって……まさかあなたたち、あの子のことを知っているの?」
「………え?」
Bの目が見開かれる。
あの子、という言い方をした。
[B。ジン。ケアテイカーの友達。友達]
「………友達?」
[うん。友達。仲間。旅仲間]
Bはピービーを見つめ、やがて目を細めて微笑んだ。コンピューターの上にピービーをちょこんと置き、深く息を吐く。
「……そう。あの子は無事なのね。良かった」
[にゃあ]
安堵の言葉とともに、シオンとシロが彼女に近付いた。
「B。シオンはもうすぐここに来るよ」
「え?」
「夢を見たの。彼らとシオン、一緒に旅をしていた。辛いこともあったけど、とっても楽しそうだった」
シオンの笑顔に、Bはそっと手を伸ばして頭を撫でた。
「それで、今はKBと一緒。KBとここに来るよ」
「……けー、……今、KBって言ったの?」
[KB。KB。ケアテイカーとここに来る。ここに来る]
「そう。なら、お迎えに行かないとね。PB、少し手伝ってくれる?」
[ん?]
ピービーがぴょんと跳ねる。Bはコンピューターのパネルを操作し、やがて近くの大きなガラス板に光の地図を映し出した。
以前ピービーが見せてくれた光の板と同じ仕組みだ。
「これは?」
「マシーナリーの地図だな。随分簡略化されてるが……」
「この、点滅してるのは何じゃ?」
「それは多分、俺たちじゃないかな? ここの四角が研究所だとすると」
アルヴィスが指で示し、説明してくれる。
線と点で描かれた単純な地図だが、むしろ複雑なものよりも直感的にわかりやすい。
「マシーナリーに居るすべての機械に告げます。識別ナンバー08K、名称KBと、識別ナンバー00A、シオン・アースビーを捜索。発見次第、私の元へ連れてきてください。繰り返します――」
Bがコンピューターに向かって指示を出すと、地図上の無数の点が一斉に動き出し、各方面へと散っていった。
「PB。記録を見せてちょうだい」
[ぬ]
カタカタとBがボタンを押す。
するとピービーの目が赤く光り、ピーッと電子音を鳴らした。
地図が消え、代わりに大きな板――モニターに、一冊の書物が映し出される。
表紙には、はっきりとこう記されていた。
"シオン・アースビーの日記"
「……なんだ?」
思わず首を傾げ、じいさんと顔を見合わせる。
[シオン・アースビー。地球歴初頭、小さな大陸の一軒家で生まれた男の子]
ピービーが淡々と語り始める。
その声に合わせるように、モニターの書物のページがぱらりと捲られていった。
中身は、どこか絵本を思わせるような色鮮やかな挿絵付きの記録だった。
「これは一体……?」
「これは……あの子の日記。あの子自身が綴った記録なの」
シオンが静かに呟く。
[……シオンは黒猫と旅をしていた。線の上を歩いて旅をしていた。ある日、シオンはとある国に久しぶりに降り立った。そこは緑豊かな、美しい自然の国だった]
ページが次々と捲られていく。
そこに描かれていたのは、茶色い髪に黒いマントを羽織った少年と、一匹の黒猫の姿。
その絵を見て、俺は自然と眉をひそめる。
[シオンは、そこで"十一日間の試練"を受けることになった]
[彼は酒場で出会った灰色の髪の青年と共に、その試練を乗り越えた]
[シオンは神に頼まれた。この世界に生きる四人の人間に宿る呪いを解いてほしい、と]
[そしてシオンは、灰色の髪の青年と、黒髪の女性と共に旅立った]
ぱらぱらと、一定のリズムで捲られていくページ。
やがてそれは、途中のページに行き着いたところで静かにパタンと閉じた。
ピービーの目の光が消え、映し出されていた日記もゆらりと溶けるように消える。
日記を見終え、Bは小さく息を吐いた。
[B。ジン。神様。ケアテイカーの友達。友達]
「ええ。どうやらそれは本当みたいね」
ピービーを抱き上げ、Bは俺たちに向き直る。
「ジンさん。PBを連れてきてくれてありがとう」
「え?あ、いえ……」
思わず戸惑いながらも、彼女の礼に軽く頭を下げる。
[B。ジン。神様。仲良し。仲良し]
ぴょんっと飛び降りたピービーが、俺の足元で転がりながら飛び跳ねる。
それを見て、Bはふふっと小さく笑った。
「B、さっきのは一体……?」
「……シオンの記憶よ」
「シオンの……?」
「ただし、あれは"あなたの知らない"シオンの記憶だけど」
「? それは、どういう……」
問い掛けるアルヴィスに、Bは少し考え込むように視線を落とし、やがて言った。
「……そうね。あなたにも、もう話していい頃かもしれないわ。あの子が来たら、全部教えてあげる」
「……、」
アルヴィスは言葉を失い、ただBを見つめる。
その瞬間――部屋の扉が、音を立てて開いた。




